20
「はぁ、はぁ……。この『深海の結晶魂(パック寿司)』を喰らい魔力を補充せねば、これ以上は身体が保たん……!」
やっとのことで帰宅した佐藤健二はアパートの食卓という名の「暁の拠点の祭壇」で、立ち寄ったスーパーで買った
半額シールの貼られた期限切れ間近のパック寿司を前に震える手で割り箸を構えていた。高熱と栄養失調により
彼の脳内では「醤油」はもはや調味料ではなく、高濃度の魔力が凝縮された「漆黒のマナポーション」へと変貌していた。
健二は小皿に溢れんばかりに注いだ醤油の中に、マグロの握りをドップリと沈めた。シャリの半分以上が黒く染まり
米粒がポロポロと箸から崩れ落ちる。
「ふん。食べにくいがこの漆黒の魔力を纏わせてこそ魂の奥底まで満たされるというものだ……」
しかしその時、健二はあることに気付いてしまう。
(……いや、もしかするとこれは上のネタだけ箸でつまんで、その部分にだけ『漆黒のマナポーション』を付着させれば
シャリが崩れないのではないか?)
そして、そこに気付いてしまった瞬間。健二の動きがまるで彫像のように止まった。
(……待て! 俺は今までこんな名案が思い浮かんだことはなかった。これは本当に俺自身の知識なのか?!)
彼の脳内で凄まじい衝撃波が走る。今の発想、あまりに理にかなったそれでいて2026年のこの世界の文明レベル(中世ファンタジー風世界)では
到達し得ないはずの高度な「効率的食事理論」。嘘だろう、これはまさか……知識チートか!
「……貴様。何時から俺の中にいた?! 異界からの転生者よ、その姿を現せ!」
健二は立ち上がり、椅子を派手に蹴り飛ばした。
「……何時からだ? 何時から俺の体は転生者に浸食されていた?!」
健二は発狂したように叫び卓上のパック寿司を払い飛ばした。
「この体から出て行け! ついに尻尾を出して『知識チート』を披露してしまったようだが、この勇者ケインの眼を欺くことはできん! この肉体は俺だけのものだ!!」
健二は床に散らばるマグロとイカに向かって叫ぶ。黒い醤油が床に飛び散り、まるで不吉な血痕のように広がっていく。
「……ふ、ふふふ。……なるほどな。俺はすでにこの世のものではない何かに置き換わっていたというわけか!」
健二は激しい咳と共に笑い声を上げた。老魔術師山岸の「攻めの医療」による魔力の高まりは、現実をファンタジーとして解釈するだけでなく
最も身近な存在である「自分自身」でさえも「異物」として排除しようとする、究極の孤立を健二にもたらした。
「救いはない……。この世界にはもう、俺という存在すら許されないのだな……!」
彼は床に散乱したパック寿司を睨みつけながら壊れた玩具のように笑い続け、そのまま夜の街へと飛び出した。愛用の「雷神の杖(ビニール傘)」さえ忘れて。
雨の降る中、佐藤健二は叫びながら走る。彼は自分こそが世界に抗う唯一の「存在」であると信じ込んでいた。しかしそれは儚い幻想であった。
佐藤健二の内なる魔力の高まりは、ついに彼に破滅をもたらすのか? それはまだ誰にも分からない。




