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「……ついに聖域の防壁が突破されたか」
佐藤健二は自室の「暁の拠点(六畳一間)」の玄関先でポストの中に突っ込まれた一通の封筒を手に凍りついた。
魔力の高まりにより彼の感覚は今や空気中の微かな静電気さえも「暗殺者の殺気」として感知するほどに研ぎ澄まされている。先日の
「黒塗りの高級馬車」の中での村田とのやり取りが、今さらながら呪詛のように彼の脳裏に響いていた。
『そんな簡単に正体バラしたらさ……どこで誰が聞いてるか分かんねえし『アサシン』とかが押し寄せてくんじゃねえの?』
「……村田殿の予言通りだ。俺の『真名』がついに奴らに捕捉された」
健二の手にあるのは過去にIT企業に勤めていた際に利用していた某クレジットカード会社からの「ゴールドカード入会のご案内」という名の
ただのダイレクトメールだった。だが彼の瞳に映るその封筒は漆黒の魔導紙で形作られ、表には「勇者:ケイン殿」と隠形インク(炙ると文字が出る)
で刻印された、禁忌の「招待状」に見えていた。
「……だが不可解だ。俺はこの現世では『佐藤健二』という仮の名で潜伏生活を送っていたはず。なぜこの特定の座標(住所)を紐付け出来た? どこに
情報の漏洩源がある?」
健二は震える手で封筒を開封する。中から出てきたのは光り輝く金色のカードの見本と華やかなパンフレットだった。
『佐藤様だけに特別なご招待。今なら限度額の大幅アップ!』
「…………ッ!!」
健二はその文言を見て椅子から転げ落ちそうになった。
「『限度額のアップ』……!? バカな! これは俺の『賞金首』としての金額が上がったという警告か!」
彼の脳内ではクレジットカード会社は世界を裏から操る「虚無の王」のフロント企業へと書き換えられていた。パンフレットに載っている
「優雅にプールサイドで寛ぐセレブ」の写真は、捕らえられた過去の勇者が洗脳を受け偽りの安寧に浸らされている「魂の監獄」の惨状に見える。
「恐ろしい……。奴らは俺を殺すのではなく、この『ゴールドカード』という名の呪われた魔導具を握らせることで俺の魔力を
吸い尽くすつもりだ! 何という狡猾な罠だ!」
健二は急いで部屋のカーテンを閉め部屋の隅に転がっていたシュレッダー(虚無の釜)を起動した。
「渡さぬぞ……! 俺の情報はこの世界のデータベースには渡さぬ!」
ガガガガ、と喧しい音を立ててゴールドカードの案内状が細切れの紙屑になっていく。しかし彼の不安は消えない。
(待てよ。なぜ奴らは俺が『勇者』であることを知った? 村田殿との会話が盗聴されていたのか? それともあのコンビニの面接で出した
『真実の書(履歴書)』……あれが魔王軍の諜報機関の手に渡ったのか!?)
彼は自分の伝声の魔石を睨みつけた。
(この魔石もすでに敵のハッキングを受けている可能性がある。俺の歩数計のデータから『行動範囲』が解析されているのか?)
そしてその時、タイミング良く携帯が激しく震えた。
『バッテリーの残量が非常に少なくなっています!』
「…………ッ!!」
健二は悲鳴を上げてガラケーを布団の中に放り投げた。
「見られている……! 常にどこからか見られている! 奴らは俺の『伝声の魔石』に蓄積された魔力量まで把握しているというのか!」
村田の言葉が現実味を帯びて彼を追い詰める。彼の世界はもはやただの退屈な日常ではない。全方位を敵の諜報員に囲まれた、
息の詰まるような「逃亡生活」の舞台へと変貌したのだ。
(山岸の老魔術師め……。封印を解けば自由になれると言ったが自由とはこれほどまでに孤独で、恐ろしいものだったというのか……!)
健二は部屋の明かりを消し、暗闇の中で「雷神の杖(ビニール傘)」を抱きしめて丸まった。
「……だが俺は屈しない。どんなに包囲網が狭まろうとも俺は……俺だけは、世界の真実を守り抜く。……来い刺客ども。勇者ケインの魂、安売りはせぬぞ……」
佐藤健二はついにただのバッテリー残量通知から「虚無の王の陰謀」を幻視し、自らを「国家的諜報機関に追われる英雄」へと
完全にアップデートしてしまった。
その夜。彼は一睡もできず、ドアの郵便受けから差し込む微かな月光を「敵スナイパーのレーザー照準器」だと思い込み、
夜通し回避行動(前転)を繰り返していた。




