14
「……座して死を待つのは勇者の道ではない!」
暗闇の中で佐藤健二の瞳が爛々と輝いた。魔力の高まりにより彼の脳内は全能感と急に訪れる被害妄想が奇跡のバランスで
同居していた。シュレッダーにかけられたゴールドカードの案内状。その断片から健二は敵の本拠地の座標――都心の一等地に
そびえ立つ「黒銀の魔塔(本社ビル)」を特定した。
「先手を打つ。奴らの防諜網が完成する前に中枢を叩くのだ!」
健二は「深淵の外套」を羽織り「雷神の杖(ビニール傘)」を背中に固定した。靴紐を締め直すその手は、
武者震いで小さく震えている。これはただの殴り込みではない。世界の命運を賭けた「奇襲」である。
地下鉄という名の「地底を這う大蛇」に乗り込み彼は決戦の地、港区のビル街へと降り立った。だが地上へ出た瞬間、健二は息を呑んだ。
「……なんという禍々しい輝きだ!」
そこには天を突き刺さんばかりにそびえ立つ巨大なガラスと鋼鉄の巨塔が幾本も並んでいた。夕闇の中、ビルの窓一つ一つが
「虚無の王」の監視の目のように発光している。
彼はターゲットであるカード会社の本社ビルを見上げた。地上五十階。鏡面仕上げの外壁は近づく者の魂を吸い込むような
瘴気(ビルの空調排熱)を放っている。入り口には自動小銃の代わりに無線機を手にした「黒鉄の重装騎士(警備員)」たちが、
油断なく目を光らせている。それを警戒して健二は植え込みの影に身を潜めた。
(馬鹿な……。偵察(DM)を送ってきたのはほんの末端の使い魔に過ぎなかったというのか。この要塞は守りが固すぎる……!)
彼の視界ではビル前を通り過ぎる無関係なサラリーマンが「量産型の戦闘用ゴーレム」に見え、エントランス(ゲート)は
「生体魔力を検知して侵入者を消滅させる古代の罠」へと書き換えられていた。
「……くっ、一人では……この『絶望の垂直迷宮』を突破するのは不可能か!」
健二は自分の「雷神の杖」を握る手が、先ほどまでの全能感とはうって変わって恐怖で震えていることに気づいた。
彼は勇者だ。だが今の彼はまだ社会というラストダンジョンの中では「レベル1の勇者」でしかない。一方、目の前の敵は
膨大な資本(魔力)を背景に持つ、ランクS級の巨大組織なのだ。
(1人で突っ込めば捕らえられ1階の受付という名の『処刑場』で俺の魂は晒し者にされてしまう。……俺には背中を預けられる志を同じくした戦友が必要だ!)
彼は先日自分を「馬車」に乗せてくれた村田の顔を思い浮かべた。
(村田殿……貴公は俺の正体に気づいていた。……否、あれは無謀な戦いを挑むなという警告だったのか?)
健二は悔しさに唇を噛み締めながら巨塔に背を向けた。これは逃走ではない。「戦略的撤退」だ。
「……待っていろ虚無の王の傀儡ども。次に俺がここへ来る時は伝説の四天王(家族や親戚)を揃え、貴様らの塔を根底から浄化してやる」
彼は眩いビル街の光に背を向け再び地下鉄の闇へと潜り込んだ。この戦いはすでに健二の脳内では「パーティ編成のためのメインクエスト」へと
完全に変換されていた。彼の脳裏にはすでに壮大な「仲間集め(スカウティング)」の旅路が描かれていた。
その夜、佐藤健二は暗い部屋で一本の割り箸をペン代わりにして次にスカウトすべき「戦士」のリストを作成し始めていた。世界はますます複雑に、
そしてますます「冒険」にふさわしい形へと歪んでいく。使命を持った彼の瞳には独り身の中年の孤独など微塵も映っていなかった。




