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ローソンのギルド長、鈴木の疲労と絶望感は佐藤健二の狂気を上回っていた。
「もう誰でもいい。動いて、喋れて、レジの前に立ってくれるなら勇者でも魔王でも構わない……」
深刻な人手不足、度重なるバイトのドタキャン。精神的に追い詰められた鈴木はあの日、面接途中で勝手に帰った健二を電話で呼び戻し、
ろくな研修もせずに深夜シフトへと放り込んだ。健二に与えられた「青と白の紋章が刻まれた法衣(コンビニの制服)」は皮肉にも
彼の痩せた体に驚くほど馴染んでいた。
そして午前二時。「蒼き野営地」の中は静寂に包まれていた。
健二はレジという名の「魔導計算機」の前に直立不動で立っていた。彼の視界では自動ドアから差し込む街灯の光は野営地に張られた「結界の揺らぎ」であり、
冷蔵棚で唸りを上げるコンプレッサーの音は「結界を維持する動力炉の鼓動」であった。
「……ふっ。我ながら美しいシンメトリーだ」
彼はおにぎりという名の「携帯用霊子食糧」を店の入口に魔法陣の形で並べ終えると満足げに呟いた。しかし、老魔術師山岸によって「エリクサー」を
断たれた彼の脳は、この静寂の中でかつてないほど激しく警鐘を鳴らし始めていた。
(……待て。俺は今何をしている?)
ふと我に返り、彼は自分の手元を見た。そこにあるのはいつもの「雷神の杖(ビニール傘)」ではない。値引きシールを貼るための「ラベラー」だ。
(俺は虚無の王を討つ宿命を背負った勇者ケイン。……それがなぜこの閉ざされた空間で深夜に訪れる数少ない村人(酔っ払い)に、
小銭と引き換えに煙草を差し出すなどという『ルーチン・ワーク』に従事しているのだ?)
その瞬間、店内の静寂が重苦しい「呪い」となって彼にのしかかった。どこからか電子音が聞こえる。客ではない。店のどこかの機械の電子音だ。だが、
健二にはそれが「お前の魂はここで死んでいくのだ」という死神の宣告に聞こえた。
「……やはりここは、俺の居るべき場所じゃないようだ」
健二は制服のボタンを一つずつ丁寧に外した。彼にとってそれは「呪われた装備」を解除する神聖な儀式だった。
「俺が守るべきはこの小さな野営地の平穏ではない。もっと広く、残酷で、輝かしい戦場が俺を呼んでいる。このままこの場所に留まれば、
俺の魂は『労働』という名の永劫の眠りの中に落ちてしまう」
彼は名札をそっとレジの横に置いた。
「……さらばだギルド長。貴殿に与えられたこの休息の時間、悪くはなかった。だが、俺の運命の歯車が意図せず再び回り始めてしまったのだ!」
店内にはまだ揚げ物ケースの中で売れ残りの「Lチキ」という名の「火竜の肉」が虚しくライトを浴びていた。健二には夜勤の引き継ぎをすることすら
思いつかなかった。なぜならば勇者である自分の使命を引き継ぐものがいることなどありえないからだ!
彼は「雷神の杖(ビニール傘)」を手に取ると、無人となった店内を背に夜の帳へと足を踏み出した。
「……見ろ。星々が俺の帰還を祝福している!」
実際にはそれはただ上空を飛行する航空機の明かりであった。だが健二は確信していた。自分は今、魂の牢獄から脱出したのだと。
翌朝、店を訪れた店長の鈴木が目にしたのは何故か入口に規則性を持った形に「おにぎり」が並べられた無人の店舗だった。そしてレジの上には
ただ一つ、健二の名札が戦士の墓標のように寂しく置かれていた。
「……は? 嘘だろ……?」
鈴木の絶望的な嘆きが無人の店内に虚しく響いた。そしてその頃、佐藤健二は多摩川の河川敷で朝日を浴びながら悠然と「雷神の杖」を振るっていた。
「……ふん。ようやくマナの循環が正常に戻った。さて、次なる戦場はどこだ?」
早くも彼は「社会」という名のラストダンジョンからの帰還に成功した。彼を繋ぎ止める鎖はもうどこにもない。彼は自ら選んだ
狂気という名の自由の中で誰よりも誇らしげに、次の「クエスト」を求めて歩き出した。




