第86話 間違える0歳児
「いいですか、坊ちゃん。ダンジョンとは通称『神の試練』。中では様々な危険が待ち受けております」
「うむ」
「物理的、魔法的な罠。定期的に出現する魔物。その他にも不可思議な現象が起こることも」
「ほう」
「それらの果てに“遺物”を手に入れることができる、というのは事実です。故に――」
「うむ!」
「坊ちゃんは行けません」
「なぜだっ!」
「危ないからです。聖子である坊ちゃんに万一のことがあれば、ということです」
「…………」
久しぶりのゲオルディクスによる授業。
しかしそれは、あまりにも非情なものだった。
「た、確かに、です……!」
横で聞いていたマリンがゲオルディクスの情報を鵜吞みにしてしまう。
やめろ、彼女は純粋な少女なんだぞ。
「ええ、ええ。聡明なマリンさんはご理解できたようですよ? 坊ちゃんもお分かり――」
「いやじゃいやじゃ! 余はダンジョンに行きとう! 連れて行ってくれねば……泣いてしまうのじゃ!」
「何ですか、子どもみたいに」
「子どもだろうが」
しまった、わがままでやんごとない貴族の子どもを演じて無理を押し通す作戦が台無しだ。
「いいですか、坊ちゃん。金などまだ稼げばいいと思えますが、御身を失うことは何をおいても許されないのです」
「嘘だ! 金にうるさいお前がそんなこと――」
しまった、と思ったが。
時は既に遅かったようだ。
「…………」
「……ゲ、ゲオルディクス……今のは……その……」
「……坊ちゃん――いえ、聖子様。これにて失礼します」
「あ……」
そう言って、部屋を出ていくゲオルディクス。
彼の寂しそうな顔が頭から離れなかった。
今のは完全に僕が悪い。
どうにかして詫びを伝えねば。
しかし、この日以降。
教皇ゲオルディクスと聖子イクラウスの不仲説が流布し始めたのだった。
◇◇◇◇◇◇
「聖子様、“聖癒の待ち人”様がいらっしゃいました」
「……ん、行くよ」
数日後。
“聖癒”を再開していた僕を呼ぶのは、今まで見たこともない神官だった。
恐らく立場のある人間なのだろうが……ゲオルディクスではない。
僕が彼にひどいことを言ってしまったからだろう。
「本日は、今は一線を退かれた元聖騎士団長の、失われた腕の治療をお願いします」
「ん」
「では、お呼びします」
彼と入れ替わりで入ってきたのは、初老に差し掛かったあたりの男性だった。
年の割にはがたいのいい、褐色で髭面の男性。白髪交じりの髪をオールバックにしている。
「聖子殿、お会いできて嬉しく思う。私はかつて聖イルミナス教会騎士団の長を務めていたギャバンと申す」
「……僕はイクラウス。こちらこそ会えて嬉しい」
「…………ふん」
小さく鼻を鳴らすギャバンという男。
どうやら僕のことをよく思っていない様子。
こういう人間に会うのは久しぶりだ。
特に教会関係者でこうも露骨なのは。
害意に触れないよう、自分の『聖女の守り』を最低限のものにしておこう。
「聖子殿の御業のことをお聞きしましてな。かつてのように、魔物から教会を守りたいと此度の治療を決めた次第」
「そうか。それは実に勇ましい。主もそなたの真心を喜んでいよう」
「…………」
僕の言葉1つ1つ、一挙一動を探っているような目つき。
しかし仕方がない。そういう人間もいる。
僕は僕のやるべきことをやり、信頼を掴むだけだ。
ゲオルディクスがいないのなら、なおさらのこと。
「偉そうな口を利きましたが、僕はしがない子どもです。ですがギャバン様、全力を尽くしますのでどうぞご安心ください」
「……うむ」
「それでは、ゆっくり目をお閉じになって……リラ~ックス、リラ~ックス……」
「…………」
落ち着いたと思われるところで、闇魔法『強制睡眠』を行使する。
これで彼も寝むりについたはず。
「……ギャバン様?」
「何でしょう」
「あれ」
おかしい、起きている。
彼は闇魔法に耐性でもあるのだろうか。
いや元々僕を信用していないようだし、僕への抵抗感が魔法を効きにくくしたのか。
「失礼、もう1度……リラ~ックス、リラ~ックス……」
「…………」
もう1度だ。
今度はより強く。
「『強制睡眠』」
「…………」
「…………ギャバン様?」
「…………」
「よし、今度はちゃんと眠ったね。それじゃあ早速――」
右肘の先から失われた腕、自身の細胞を分け与えて形を作る。
左腕と同じくらいの太さでいいだろうか。
退役してからも相当鍛えていたようで、ゴレイヌにも劣らない太さだ。
作るのにも相応の細胞を消費する。
「またマリンやロロップが悲しんじゃうな。僕が減ったって。ふふ」
そんなことを考えながら、ギャバンの腕を再生――作り直す。
よし、これで完成。実に慣れたものだ。
「『聖なる癒し』……ギャバン様、ギャバン様!」
「……む?」
「起きましたか? 途中で眠ってしまわれたので、そのまま治療を行いました。見てください、右腕!」
「おお、確かに! 間違いなく治っておりますな!」
治療前はどこか不機嫌だったギャバンも、治った右腕を見て喜んでいる様子。
情けは人のため非ず、自分のためってね。
これで僕への信頼度も上がっただろう。
「主の導きに感謝を」
「ええ、お大事に。主に感謝を」
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