第64話 そそのかす0歳児
「獣人の……救世主……?」
その言葉を聞いたグラシェルノは疑問顔を浮かべる。
よかった、獣人への嫌悪感と言うよりも単純に『何言ってるんだろう』という顔だ。
そこで躓いたらどうしようもない。
「その前に、まず魔道具について確認させてください。確か――」
以前グラウゼルから聞いた聞いたこと、そして今グラシェルノが教えてくれたことをまとめる。
魔道具を構成するのは魔法陣と魔石2つ。詠唱のようなものを特殊な文字と特殊な方法で円を描くように刻む。そこに電池としての魔石、魔法が封じられた魔石をセットすれば基本は完成。さらに効果を高めるためには素材も重要、とのこと。
「ダンジョンで見つかるような“遺物”には効果は劣りますが……」
「ですが、人の手で量産できるとなれば人々の生活が変わりますよ! 本当にすばらしい」
「……うん」
しかし浮かない顔のグラシェルノ。
まあ予想はつく。
「父上は……これは戦争の道具にもなる、と……だからしばらくは内密にと仰って……」
「そうですね。いずれそうなるでしょう」
「……やはり」
元々妹のために、命を救うために始めた研究が、いずれ人の命を奪うことになるのは皮肉としか言いようがない。
だが、それは道具や開発者が悪いんじゃない。
悪いことをした人が悪いんだ。
「主は仰っています『その右手は愛を伝える道具にも、人を傷つける道具にもなろう』と。要は、使い方次第、その人次第です」
「…………」
「包丁を考えた人も、まさか人殺しに使われるとは考えていなかったでしょう。僕らができるのは、人を信じて、人のためになす、それだけではないでしょうか」
「……そう、ですね」
発明したものが危険なら、ルールや罰やらで縛っていくのだろう。
その辺は他の人に任せればいい。
「それに、あなたの発明のおかげで、僕は毎日冷たいミルクが飲めます。これは代えがたい幸せです」
「イクラウス様……そうですね。仰る通りです」
彼の顔に明るさが戻る。暗いけど。
とはいえ、これでようやく本題に入れそうだ。
「そこでご相談なのですが……」
「……はい」
「これ、使えます?」
「……これは?」
以前作った聖属性の魔石を手渡す。
グラウゼルから秘密にしておけと言われたが、もういいだろう。秘密は漏らすものだ。
「魔石……? どこか神秘的な……恐らくは使えるとは思いますが……」
「よかった、少々特殊な魔法なので、使えないと言われたらどうしようかと」
「特殊?」
「聖属性の魔石です」
「せい? ……せい……聖!?」
絵に描いたような驚いた反応。
きっと彼も大声出したのはしばらくぶりなのではなかろうか。
「聖属性の魔石なんて今まで見たことも聞いたことも……いや他の属性もあるんだ理論的にはあってもおかしくない……そもそも聖剣だって元は恐らくただの剣でそこに……しかし可能なのか本当に……」
何やらブツブツと早口で独り言を始めたグラシェルノ。
どうやら彼は根っからの研究者タイプらしい。
「グラシェルノさん? グラシェルノさん。おーい……グラシェルノさん!」
「――はっ!? す、すみません……しかし、これをどうやって……?」
「こうですね」
すすすと右手の中にて魔力を圧縮。
単純な属性ではなく魔法の方がいいらしいので、『聖なる癒し』を込めてみる。
「ええっ!? 魔石がそんな、あっという間に……!」
「ああ、グラウゼルも言っていましたね。魔法得意なんです」
魔力の扱いに長けたものが何度も失敗を繰り返しながら作るものだとかなんとか。
しかし本題はここではないのでサラッと流してもらおう。
「この魔石を使って実験してみましょう」
「へ? あ、そ、そうですね……実際にやってみなければ……何か、木の板のようなものはありますか?」
「木の板?」
「魔法陣を描ければ何でも大丈夫です」
木はないが、鉄の板ならベッドの下に……いや、あれはいろんな人に怒られる。ロロップの物だし。
物が書ければいいなら、紙でいいか。貴重品だけど、いいだろう。
そう思い、引き出しから母様の伝記を書くために用意してもらった紙を取り出す。
「おお、紙があるんですね。しかもかなり上質な」
「はい、世界で最も貴ばれるであろう書物の一部になる予定だった紙です」
「そ、そんな貴重な物を……?」
「いえ、大丈夫でしょう。母様もこの実験のためならお許しくださるはず」
なにより、今はただの紙だし。
「で、では……お言葉に甘えて……」
「お願いします」
「…………」
既に返事はなく、その目はすさまじく集中しているのがわかる。
やはり研究者タイプ、のめり込んだら他のことは入らないのだろう。
古い方の聖属性魔石を使って紙に何か書き始めていた。
今のうちに実験台を――そうだ、先日秘密を共有したことだしあいつを呼ぼう。
「しばし席を外します。どうぞ作業を続けていてください」
「…………」
返事のない彼をおいて、部屋を出た。
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