第43話 圧縮される0歳児
それから数日後。
アステラの体調もだいぶ良くなり、今では歩き回ることもできるようになった。
生まれてからのほとんどをベッドの上で過ごしていた彼女が短期間でそこまでできるようになったのには秘密がある。
それは、『超濃密圧縮聖子印の聖子』である。
体に必要な栄養素を圧縮、濃密なエキスとして投与。体内で適切な時間で吸収されるように自ら分解される完全無欠の栄養食材。
つまり、今も彼女の中で小さな僕が消化されているのである。
「アステラちゃん、ゆっくり行くぴょん」
「はい、ロロップさん!」
これから散歩に行くようだ。
ロロップと相性がいいのか、よく行動を共にしている。
最初は警戒していた護衛兵たちも、今では信頼の目で見てくれているようだ。
「しかし、この冷蔵庫は実にありがたいな」
「そう、ですね……冷えたミルク、おいしいです……!」
「そうだな。それと、もう1つ……」
今までは内緒にしていたあることをマリンに頼む機会でもある。
ということで、冷蔵庫から取り出した小瓶を見せながらマリンに説明する。
「これを毎朝1滴、母様の口に入れてくれるかな?」
「それは……毒、ですか?」
いいえ、僕です。
とは言えないが……毒とはひどい。確かに濃い緑色で毒っぽい見た目ではあるが。
「これは特別な食事だ。寝たきりの母様でも摂取できるように、このような液体となっている」
「そうなんですか……いつも、お義母様のお食事、イクラウス様だけで済まされるので……気になっていました」
一応2人分の食事を用意はしてもらっている。
それを『主の御業で食べさせるから! みんなはあっち行ってて!』でゴリ押し、こっそり『超濃密圧縮聖子印の聖子』を投与していたのだ。
ちなみに、2人分の食事は僕がおいしくいただいている。
「わかり、ました。お義母様に、食べてもらい……残りは冷蔵庫に、ということですね?」
「その通りだよ。すぐに痛んじゃうからね」
冷蔵庫のおかげでしばらくはもつだろう。
どの程度持つかの検証は必要だが、今のところ『圧縮された聖子』は問題ないようだ。
「……あの、お聞きしても……いい、ですか?」
「ん?」
「……お義母様のおトイレは……どうなさってるのでしょう……?」
「なんだ、そんなことか。母様はな……」
「は、はい……!」
「う〇こはしないんだ」
「……!」
「しないんだ」
「…………」
前の世界でも女神やアイドルといった存在はう〇こをしないと聞いたことがある。
つまり、この世で最もかわいらしい母様がう〇こをするはずがない。
よしんばするのだとしても、ひよこさんみたいなかわいらしいう〇こであろう。
「……はい!」
「うん」
納得できないことを無理やり納得したかのように、彼女の笑顔が少しだけ曇っている。
はて、少し遠い未来にマリンの笑顔を曇らせるなと言われた気がするが……。
うむ、彼女の笑顔を取り戻そう。
「おかいものいこ―!」
「へ? は、はい?」
「いっしょにー、おかいものいこー!」
笑顔は連鎖する。
この無垢な笑顔の前には、マリンも笑顔を取り戻すはずだ。
「イクラウス様……? なんだか、変です……子どもみたい」
「子どもだからな」
しまった、つい素になってしまった。
「マリンおねーちゃん、いっしょいこー!」
「きゃっ、イクラウス様ったら……」
手を引っ張り、飛び出すように部屋を出る。
途中でゴレイヌを見かけたので、視線を送る。
『しばし買い物に行ってくる』
『お気をつけて!』
彼とは言葉などなくても通じ合えるのだ。
◇◇◇◇◇◇
「マリンよ、いつも世話になっている礼だ。何でも好きなものを選べ」
「イ、イクラウス様……」
目的の場所へとたどり着いた僕ら。
さっそく選ぶように声をかけたが、マリンの顔は何やら残念そうだ。
「あの……」
「何だ? 言いたいことは言っていいんだぞ」
「お姉ちゃんって、呼んでください……!」
「…………」
何でも言っていいとは言ったが、叶えるとは言っていない。
などと言ったら、彼女の顔はさらに曇ってしまうだろう。
「お、お、お……」
「お……?」
「おねぇ……ちゃん……」
「はいっ!」
うむ、善きかな。
僕のちょっとばかりの羞恥心と引き換えに満面の笑みが得られるのであれば、なんということもない。
「服、選びなよ……」
「はい?」
「服、選んで……おねぇ、ちゃん……」
「はいっ!」
おどおどしてるのに、図太い。
そんな彼女がああでもないこうでもないと言いながら持ってきた服は、どう見ても5歳くらいの子が着るような服。
ごく一般的なシャツではあるが、大きくウサギさんの絵が描かれている。
その服を僕に重ねたマリンは、喜びの声を上げた。
「やっぱり……! 似合います……!」
「僕のじゃない! マリンの服!」
「はい?」
「おねぇ、ちゃんの……服……」
しかもウサギの服を着るだなんて……ロロップが聞いたら悦んじゃうではないか。
「私の服、ですか……?」
「そうだ。そのために来たのだから」
「まあ! 嬉しい、ですが……私には支給された服がありますので……」
「それとは別に……」
と思ったが、あまり特別扱いすると良くない事態を引き起こすかもしれないか。
この前こっそり見たように、メイドさんたちにもいろいろあるようだし。
「ならば、こちらのリボンなんかどうだ? これなら問題ないだろう!」
「かわいい、です!」
ごくごくシンプルな真っ赤なリボン。
これなら彼女の薄い水色の髪にも似合うだろう。
リボンを手に取った彼女は、器用に髪を縛る。僕の。
「ほら、とっても似合います! 黒い髪に、赤いリボン!」
「ははは、自分じゃ見られないから――僕のじゃないわ!」
「へへ」
『へへ』じゃないわ。
しかし……うん、許そう。
「ほら、マリンの――おねぇちゃんの髪にこうしてっと」
「……ふふ」
聖子である余自らマリンの髪にリボンを結わう。少し歪だが、いいだろう。
目的である彼女の笑顔は達成できている。
「よし、では買ってくる。店主よ、これをいただこう!」
自分の行動に満足しながら意気揚々と神殿に戻る僕を待っていたのは、困り顔のゴレイヌだった。
意思疎通などできていなかったらしい。
めちゃくちゃ焦って護衛とかの配置をしたらしい。
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