第30話 反省する0歳児
今日も今日とて高貴なる方の肩を解し、昨日は昨日で腰を揉み。
聖子ではなくマッサージ師を名乗ろうかと思い始めた今日この頃。
「ふわぁ~……はふっ」
あまりにも長閑すぎてあくびが出てしまった。
それも当然だ。
魔王という人類の脅威も去り、この世界は平和になったのだから。
ついでに言えば、ロロップが来てからも教会内の状況はあまり変わらない。
『聖子の近辺に獣人がいる』という情報は各所に伝わっているようなので、避けてくれているのだろう。
実に平和だ。
「ご立派なあくびですね」
「む、ゲオルディクスいつの間に。少しくらいいいだろう、魔王の脅威は去ったのだから」
「“骸の魔王の”脅威は、ですがね」
「んん?」
何だろう、なんだか違和感を感じる。
骸の魔王、は?
「……一応聞いておきますが、魔王とはどのような存在かご存じで?」
「人類を脅かす悪の王」
往々にしてラスボス。時に邪心戦の前座を務める。
この世界に邪神がいないことを願う。
いやまさか……主の正体が邪神!?
「違います」
「…………」
僕の内心に対してか、それとも『人類を脅かす悪の王』という部分か。
「魔王とは、『規模が国と同等の集団を率いる魔族の王』、です。もちろん人類に友好的な魔王もいらっしゃいます」
「…………」
さすがに少しばかり焦る。
『魔王は人類を脅かす悪の王だー』なんて誰かに聞かれてたら大戦争が起こるところだったのでは。
魔物と魔族も違うらしい。
「坊ちゃん、得体のしれない坊ちゃん。大人顔負けの言動をすることもあれば、誰もが知っていることを知らない坊ちゃん」
「ぼく、まだ0さいだもん」
「0歳児は喋れません。その坊ちゃんの得体の知れなさも、聖女様の『すごぉい、奇跡だね♪』で無理やりなんとか乗り切っている、ということをお忘れなく」
「わかったわかった」
それよりも今の、母様の真似だろうか。
寒気がひどい。
「本当に、中にはいるんですよ? 本当は悪魔の子じゃないかっていう輩が」
「む……」
本人たちはデタラメを言っただけだろうが……正直的を得ている気がしないでもない。
闇魔法に体のこと。
だからこそ絶対に秘密なのだが。
「そういう輩は常に狙っているのですよ。先ほどのような失言を」
「そうだな、気を付けるよ。本当に」
「そんな輩などものともしないような、坊ちゃんの立場を強められる機会があればいいのですがねぇ」
「新たな敵対魔王の出現を願うか? 屍の魔王とか。それを倒せば株も上がるだろう」
「そういうところですよ、坊ちゃん。全く……」
ここのところ奴隷を作ったり獣人の子を取り立てたりやりすぎだった、ということだろう。
ゲオルディクスがやんわり注意してくれてるうちが花というやつだな。
「ゲオルディクス、ありが――」
「失礼します! 急ぎ“聖癒”を乞われるお方がいらっしゃいました!」
ゲオルディクスに珍しく感謝の言葉を述べようとしたところに、扉の向こうから神官の大声が響いた。
「……よいですかな?」
「ああ。“聖癒の間”に案内しろ!」
◇◇◇◇◇◇
「どもども! 此度はお会いできて嬉しいです、聖子様!」
案内されてきたのはとてもサバサバした年若いお姉さんだった。30歳にはなっていないと思われる。
元気そうに見えるが、足を引きずっていたのを見ている。
ついでに旦那さんとお父さんらしき方々もいらっしゃってる。
「うむ、余が聖子イクラウスである。今日は何用か」
「実はさ……足がねぇ~」
履いていたスカートをたくし上げる女性。
出てきたのは変色しきった左足だった。
膝を中心に足全体に紫色になっている。
素人目に見ても、もうダメだろう。
「……ひどいですね」
「あっはっは! 怪我したのは結構前なんだけどね~、忙しくてほっといたらこんなになっちゃって!」
「痛くなかったんですか?」
「少ししたら痛くなくなったからさ~……お店も忙しかったし、治療院もお金かかるし」
この世界の医療は発達していない。
ちょっと痛むから病院へ、という訳にはいかないのだろう。
神官の治療院があると言っても、当然お金はかかる。
その結果けがはよりひどく、恐らく金もより多くかかってしまうのだが。
「もし、私からよろしいでしょうか」
「はい?」
年配の方が話しかけてくる。
よく見れば質のいい服を着ており、裕福な方だとわかる。彼が寄付金を負担したのだろうか。
「私はとある王国の執事を務めている者ですが……彼女の足の原因は私なのです」
「ふむ。というと?」
「ええ。実は国に急ぎ向かっている途中、彼女を馬車で轢いてしまって……できれば切断せずに治療をお願いしたいのです」
「切断……もしかして治療院にはすでに行かれたので?」
「ええ。このままではあざが全体に広がる、別の病気になる、最悪死ぬとも言われてしまいまして……。
どう見ても壊死しているもんなぁ。
しかし一市民のけがの責任を取ろうとするとは。
こういう貴族がらみの事故は泣き寝入りが基本だと思っていた。
とはいえ――。
「率直に申し上げて、恐らくその方の判断通り、切断するのが1番安全かと」
「そこをどうにか……我が主、グラウゼル様も気に病んでいらっしゃいまして……」
誰だ。
しかし……足の蘇生か。理論的には可能である。倫理的には知らん。
耳や背骨のように1から作り直すこともできるだろうが……。
「少し考えさせてくれ」
「……承知」
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