第140話 遊ぶ1歳児
皇帝、アズなんちゃらの目論見。
『聖女の守り』で水自体は弾くが、このまま閉じ込められればいずれ空気が無くなり窒息する、ということだろう。
本当にその状態で死ぬかは検証の余地があるが、とりあえず今回は別の方法を考えることとする。
「……降伏するなら今だ。皇帝陛下も命までは取らん……かもしれん」
「デスモンさん!? あんたまでいたの!?」
既に周囲は水。
皇帝の話通りなら、デズモンも死んでしまうのでは。
皇帝はどうかというと、空気の幕のようなもので覆われており、無事なようだ。
「皇帝陛下は無能なものを容赦なく切り捨てる。むしろお前らを油断させるための囮としたのだろう」
「え? デズモンさんも切り捨てられたってこと?」
「……そうだ」
だったら降伏しても命は取られそうなのだが。
「それほどにジリアン皇女を想う気持ちが強いのだよ。アズラギィル皇帝……皇女の弟君は」
「ジリアン皇女の弟……」
「そうだ。敵を討つためならば、例え神を敵にしようと構わないほどにな」
「そう……」
彼らもわかっているんだ。
いや、例の主の神託で気付いたのだろうか。
僕が『悪魔の子』だということが事実ではないことに。
世界一偉大で慈悲深い母様の子だと言うことに。
「……これだけ人数がいれば空気の消費も早いだろう。早めに降伏することを勧める」
「そうかな? まあいいや。『聖女の守り』、広がって」
『聖女の守り』の領域を押し広げる。
なかなかの圧力、抵抗を感じるがヴェルのブレスほどではない。
「な、何を……?」
「広げてる」
「そんなことが!?」
「できたね」
つまり、僕の勝ちである。
一応話し合いを目的としているので、まだ大きくは広げないでおこう。
「ぴょん? 大丈夫になるぴょん?」
「もちろん。みんなを傷つけることなんて許す訳ないだろ」
「ぴょんぴょん♡ ちゅっちゅっ♡」
きっと彼の皇帝の前でちゅっちゅっしたのは僕らだけだろう。
イラっとしている顔が見える。
「キスをしている場合か! 空気の量は変わらないだろう!」
「そうかもね。狙いは別だよ」
「別?」
「密閉された部屋の中、押し広げられる水。どうなるかな」
「……どうなるんだ?」
「爆発するだろうね。お城、崩れるんじゃない?」
密閉空間内の空間が膨張すると、逃げ場のない水に圧力がかかる。
その圧力が密閉空間――この部屋が耐えきれなくなれば、崩壊するだろう。爆発するかはわからない。
「そんな! 待ってくれ! ここには様々な――」
「僕に言われても……水溢れさせてるの、あの人だし」
「だが!」
皇帝の涼しげな顔を見るに、こちらの会話は聞こえていない様子。
ずっとこちらをニヤニヤしながら眺めているけど、死ぬのを待っているのか? 趣味悪くない?
「陛下! 陛下ぁーーー! ダメだ、聞こえない……!」
残念、デズモン決死の叫びも聞こえていない。
こうなれば、僕の遠距離通話魔法を使うしかないか。やれやれ、仕方がない。
「「『悪魔囁く聖杯』」
地の魔法で作り出したコップ状の兵器を、糸の先に括り付ける。反対側にも同じものを付ける。
そしてそれを皇帝に放つ。糸をピンと張る。
高度の魔法だが、簡単に言うと糸電話。
「あーあ、聞こえますか?」
「む? 何だこれは!」
「我が力を用いた暗黒魔法です。離れた相手と会話ができます」
「なん……だと……!?」
めちゃくちゃ驚かれた。
どうやら復讐心に囚われるばかりで遊び心がなかったらしい。悲しいことだ。
「この部屋、もうすぐ爆発します」
「……何をバカな。この魔法を使うために作った特別な部屋だぞ?」
どうやら謁見の間に見せかけた大掛かりな暗殺部屋だったらしい。
「はぁ。『聖女の守り』はこの中でも領域を広げられるのです。すると行き場のなくなった水がどうなるか……わかりますか?」
「……どうなる?」
「爆発します」
本当に爆発するかはわからない。
試してみるのも悪くない。
子どもはいろんなことを試して成長する生き物だもの。
「……やってみるがいい! 悪魔の戯言など信じるに値せん!」
「陛下!? こいつ多分本気ですよ!?」
「黙れデズモン! 悪魔に唆されおって! 潔く死ね!」
「陛下……!」
むむむ、これは困った。
僕としては城の破壊も皇帝殺害も目的ではない。
ただ聖女像の設置を認めてもらいたくて――と思ったけど、こいつらと教会が手を組まなければその必要もなかったんだ。
やっちゃうか。
「それじゃあ……ジリアン皇女に――」
『よろしく』そう言いながら『聖女の守り』を広げようと思ったのだが……。
胸の奥がジンジンして苦しい。
やはり無益とは言わないまでも、必要のない殺生はよくないと言うことでしょうか、母様。
「……腹立つ」
「ぬがっ!?」
間抜けな声を最後に、糸電話は皇帝を水中に引きずり込んだ。
「腹立つ!」
「ぼがぼがぼが!?」
子どもがおもちゃを振り回すように、皇帝を左右上下に振り回す。
肺の空気が無くなろうが、知ったこっちゃない。
「ぼがぼがご……――ッ!?」
「お、おい……坊主――イクラウス様! それ以上やると死んでしまう! やめてくれ!」
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