第136話 内緒話と1歳児
怒りが静まった後、虚無の目をしたドラゴンが口にしたのは、『殺せ』だった。
「……ドラゴン様、まずは何にお怒りだったかお話しいただけますか?」
「…………」
「何か協力できることがあるかもしれません」
「…………」
長い沈黙のあと、ようやくドラゴンが口を開く。
「……子どもを、攫ったな……?」
「子ども……?」
「……我が少し目を離したすきに……どこへやった……!」
どうやら、彼の怒りの理由は子どもを攫われたことらしい。
そりゃ、怒るわ。
しかし一体誰が。
「……私のかわいい子……幼くても人間などに後れをとるはずがない……お前だろう」
「いえ、僕は今ここに始めてきましたから。心中お察ししますが……」
どうやら未だに混乱しているらしい。
ちょっとだけ魔法が得意な僕を犯人に決めつけるとは。
この母様譲りの虫も殺せないようないたいけでかわいい僕を。
だが、それもわかる。
もしも世界一大切な……僕で言うと母様を誰かに攫われでもしたら、怒り狂って世界を破壊しかねない。
彼女が怒りに任せて暴れていたのは、そう言うことだろう。
「…………」
「…………」
しかし困った。
こうなると怒りを鎮めるなんて僕にはできないぞ。
いや鎮めはしたが……殺すなんてもっての他だし。
何とか子ドラゴンの行方を掴めればいいのだが……生きている可能性に賭けて。
「……お前では、ないのか?」
「はい。僕は世界一お優しくてかわいい母様の子ですから。その母様が悲しむようなことはしません」
「…………」
その時、誰かに肩を突かれた気がする。
こういうときはたいていレストリアが呼んでいる。
「『聖女御座す安息の地』、さっきはごめんね」
「…………」
呼び出したとき、顔が膨れていたので急いで謝る。
怒った母様もかわいいと思って見つめていたら、デコピンされた。
しかし、レストリアはすぐに顔をドラゴンに向ける。
「…………」
「……おお……なんと温かい……神の光……」
やはり理性的なドラゴン、母様――レストリアの偉大さがわかっているようだ。
虚ろな目は変わらないが、どこか穏やかな気配が発せられるのを感じる。
「…………」
「……む? ……それは……」
「…………! …………!」
「……そんなことが…………なんと……! おお……そういうことですか……」」
しかも何やらレストリアと会話してる。
そんなバカな……まさかレストリアも『聖女念波』が使えるのか!? そんな魔法存在しないというのに!
いやそもそもレストリアは意思をもたない……明らかに持っているな。認めよう。
これも母様のもたらした奇跡だと。
「……承知しました、神の使徒様。これより私、ヴェルヴァングィード・アモル・シャイン・ヴァルヴェリオスはイクラウス様と共に戦いましょう」
「…………!」
心なしかレストリアも嬉しそう。
しかし……名前らしきものも聞き取れなかったが、内容も耳を疑うものだったぞ。
「どうぞ、ヴェルとお呼びください。イクラウス様」
「え? ああ……ごめん、まったく事情が理解できない」
「それは――え、内緒?」
「…………!」
内緒とは。
僕の魔法であるはずのレストリア。
意思を持っているらしいが、まさか内緒話までするとは。
しかしいたずらっ子のようにウインクするレストリアを見たら、気にならなくなってしまう。かわいい。
「……こほん。イクラウス様、あなたと共にいればいずれ我が子を連れ去った存在と出会える可能性が高い。故に、あなたについていきましょう」
「何かごまかしてますよね?」
「……いいえ」
「…………」
その間、絶対にごまかしているじゃん。
まあ……それでいいなら、いいんだけど。
なによりドラゴンの仲間だ! 興奮しすぎて他のことはどうでもよくなってきたぞ!
「ヴェル! よろしくね!」
「はい」
「背中乗せてくれる?」
「ええ」
「わーい! ロロップー! おいで! 一緒にヴェルに乗ろうよ!」
高ーい! 早ーい! ぐぇっ、息が……。
◇◇◇◇◇◇
しばらく空中遊覧を楽しんだ後、頂上にいた魔族の人たちもヴェルに乗せて最初の集落へと戻る。
数時間前に出発したにもかかわらず、問題を解決できたことを知った族長さんも大喜びで迎え入れてくれた。
「いやはや……なんとお礼を申し上げてよいか……イクラウス様。あなたのお名前は子孫末代に至るまで語らせていただきます!」
「いえ、たまたまうまくいっただけですので……」
実際にその通りで、どうにかなったのはレストリアのおかげである。
そして別の問題も生じていることに気が付いた。
「それで……ドラゴン様――ヴェルが僕たちと一緒に行動するって……」
「何と!」
長い間ドラゴンを守り守られ共に過ごしていた魔族。
彼らと別れることになってしまうのだ。それに納得できるだろうか。
「我らがドラゴン様と神の使徒様が一緒に旅立たれる! 何と素敵なお話でしょうか!」
しかし、杞憂だったようで喜ばれた。
これなら大丈夫そうだ。
「ですが……できれば、今夜一晩だけでもドラゴン様と過ごさせていただけますでしょうか」
「もちろんです。長年の思いもあるでしょうし」
ヴェル本人も、上で言っていた。
ここの人たちに迷惑かけたことと、お礼を伝えたいとも。
「ありがとうございます。では早速宴の準備を――みなの者!」
「おおっ!」
こうして、質素ながらも盛大な宴会が開かれた。
最初は楽しい雰囲気だったが、次第に別れを惜しむ切ない物になっていった。
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