第129話 おもちゃにされる1歳児
ナナリス。
彼女とはロロップと初めて出会ったときにいた女性冒険者だ。
以前はハンターハットを深く被っていたが、今は緑色のさらさら髪が見えている。
意味深なことを考えていそうな、薄く笑った目は相変わらずだが。
「ぴょん! ところで……ナナリスが何でここに?」
「ふふ。ロロップには言わなかったけど……ボクはここの頭領だからね」
「ぴょん!?」
ロロップの驚きようを見ると、本当に知らなかったようだ。
しかし確かナナリスは――。
「以前お会いした時、ナナリスさんは人間だと伺いましたが」
「ふふ、ごめんね。いらぬ心配をかけないように嘘ついたんだ。ボクは体をある程度操作できるからね」
そう言って指の先から爪を出したり閉まったりするのを見せてくれるナナリス。
どうやら猫の獣人ようだ。爪の出し入れと言えば、猫。
「そうなんですね。ならちょうどいいと言うかなんというか……実はお願いがありまして――」
「ふむ、何だい?」
僕らの事情、聖女像の設置について話す。
既にここまで通ってきた集落には設置してあることも。
「それは本当にありがたいね。ボクとしては、こちらからお願いしたいくらいだよ」
「おお! では早速――」
「まあ待ってよ少年。ボクとしては、そういっただろう?」
「……えっと?」
「ボクは確かにここの頭領、みんなも指示に従って受け入れてくれるだろう。けどね、それが本心かどうかは別。そうだろう?」
獣人の世界では、強い者が弱い者を従える。
だからと言って、さっきの子どもたちが見せたような不安の中で押し付けても……そういうことか。
「よし! ロロップ!」
「ぴょん!」
ということでここは1つロロップに頑張ってもらおう。
さすがにナナリス相手に無茶なことはしないだろうし。
「ははは。それもダメだよ」
「へ?」
「キミ本人じゃなきゃ。そうだろう?」
「……その通りですね」
彼女が言うように、これは確かに僕の望んでいることだ。
ナナリスに良いように言いくるめられている気もするが、仕方がない。
「魔法は使うよ?」
「もちろん。キミから魔法を奪ったら……死んじゃいそうだ」
「……そんなにひ弱じゃない」
既に戦いは始まっているのだろう。
ナナリスが挑発するような言葉を使う。
さすがに『聖女の守り』は最低限――体を覆う程度にしておこう。
「『オーラ』」
「ふふ! いい覇気じゃない――かっ!」
言葉が届く前に、ナナリスが消失する。
違う、僕が吹っ飛ばされたんだ!
強化した視力ですら追いきれない。
「……コホコホッ」
「あら? 全く効いていないみたいだね」
「効いてるよ。埃が喉に入って痛い」
「ふふ、言うねぇ……」
初めての経験である。
衝撃は感じないが、吹っ飛ばされる不快感を味わったのは初めてだ。
油断して勝てる相手ではない。
「――ふっ」
「――!?」
油断していないからと言って、やはり見えない。
今度は上に蹴り上げられてしまったらしい。
視界がグルグル回る。
さらに空中で身動きが取れないところに、ナナリスが追撃を仕掛けようとしているのが見えた。
「地魔法『ロックシールド』」
「ぬるいね」
下に手を向けて岩の盾を出すが、瞬時に破壊されてしまう。
強い。
ロロップ並みかもしれない。
だが、油断しているようだ。
「『悪魔縛りし拘束具』」
「むっ!?」
岩の盾を出した体制のまま、指先から黒い拘束糸を吐きだす。
盾は目くらましに使う、常識だ。
「糸? ――たぁっ!」
「なっ!?」
ほぼ零距離射出の四方八方から迫る糸を、鋭い爪で切り裂いていく。
細かくバラバラになった糸は何の効果も発揮せずに落ちて行ってしまう。
ここまで執拗に避けるってことは、効果を知っているとしか思えない。
ナナリスも追撃は諦めたか、お互い少し離れたところで着地。
「……糸の効果がわかったのですか?」
「さあ? でもね、猫は勘がいいんだ」
「勘、か……」
「そう、勘さ」
戦いにおいて、勘は馬鹿にできない。
それは戦いを積み重ねた者の経験から来る、未来視にも似た予想だからだ。
僕にはないものだ。
「まいったな、強い」
「ふふ、まだまだこんなものじゃないだろう?」
こちらと異なり、ナナリスには余裕がありそうだ。
糸を出したのは割ととっておきだったのだけど。
あの瞬発力なら『聖女授けし希望の剣』の広範囲攻撃も避けられそうだし。
「いや本当に困った」
「…………」
「僕にできるのは魔力のごり押しだけなんですよ」
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