第119話 襲われる馬車を救う1歳児
その後数日、同じような場所に聖女像の設置を続けていた。
今日もまた、激しく揺れる馬車の中でせっせこ小さい像を作る毎日だ。
像がちょうど10体を超えたところで、タリアさんが声をかけてきた。
「さて、そろそろグランデシャインの国境を越えます」
「まあ! 私、国を出たのはイクラウス様とお会いした時以来ですわ!」
アステラの状態を知らなかったが故に、『ここまで来い』と言ってしまったあの時の僕。
今でも時々反省している。
本当に無事でよかったよ。
「はい。今まではグランデシャイン領内でしたので比較的スムーズに事が運びました。ですが、ここから先は難しいかもしれませんね」
「そうなの? 隣国だから大丈夫なんじゃない?」
「いえ、我々が進んでいるこちら側は非同盟国――潜在的には敵と言っても差し支えないかもしれません」
なんと。
「教会を中心に、南側は我が国を中心とした同盟国が広がっております。そちらはグラウゼル殿下を中心にイクラウス様支持を取り付けるでしょう。逆に我が国の影響が及びにくいところこそ、イクラウス様ご本人に向かっていただくのが最良。そう判断いたしました」
「……それもそうだね」
これは僕の戦いだ。
平穏な場所で胡坐をかいていていい訳がない。
「それと、正直に申し上げますと……本当はそのような国に聖女像を設置するのはおやめいただきたいのです」
「…………」
もし戦争になれば、ということだろう。
王国の敵にわざわざ強固な守りをプレゼントする訳だから。
「それはすみませんが……グラウゼルも言ってましたが、主のもたらす慈悲の機会は平等であるべきと……」
「もちろん承知しております。ただ内情を知って欲しいと思いまして」
「……はい」
だと言うにもかかわらず、こうして協力してくれているんだ。
本当にありがたい。
ありがたいが、話し終わった途端にタリアさんが脱力するのが見えた。
「これがほれたよわみってやつだねー」
「え?」
「ほれた、よわみ」
「…………」
惚れられたのか。まいっちゃうなぁ~。
馬車の中の温度が急に下がった気がするが。
ロロップが今どんな顔をしているのか、想像に難くない。
「見えましたね。あれがサラン王国領に位置する最初の村です」
「よし、張り切っていこー!」
「……はい」
「……ぴょん」
頼むから、村人の前では機嫌を戻してほしい。
◇◇◇◇◇◇
気合とほんのちょっとの警戒を持って村長のところに向かったのだが、意外とあっさり受け入れてもらった。
ということで既に馬車での移動を再開している。
「案外すんなりできたね」
「はい! きっとイクラウス様の素晴らしさをご理解いただけたのでしょう! それと、国の意向が必ずしも細部にまで行き届いている訳ではないのかと。小規模な村としては猶更、ご自身たちの安全が最優先でしょうから」
「そりゃそうか」
崇高な教えを説かれるよりも、目の前の安全の方がありがたいに決まっている。
裕福ではない村だと特にそうだろう。
魔物や盗賊から身を守る手段に乏しいのだから。
「けど、国の人に許可を得なくてもよかったのかな。勝手にやっちゃってるけど」
「既に先触れの使者を送っていますから、問題ないかと」
「ああ、そうだった」
わざわざこうして馬車で移動している理由の1つだった。
速さだけで言ったら僕とロロップだけで行った方が早い。
そうしないのは、先触れの使者が国に着くのを待ち、相手国が考慮する時間をあげるのだとか。
「しかしさっきの村長さん、泣きそうな顔で喜んでいたね」
何気なく言った言葉に返事をしてくれたのは、御者席のタリアさんだった。
「教会や我が国の領地内と異なり、村の護衛に手が回っていないのでしょう。ほら、ちょうどいいところに――」
「へ?」
馬車の中から乗り出すように前方を見ると、魔物に襲われている集団が見えた。
あれは間違いなくお姫様が乗った馬車。今すぐ助け出さねば。
「助けましょう!」
「まあ! 即座に助けを決められるなんて、さすがイクラウス様です!」
本物のお姫様キラキラした目で見つめられると、気まずい。
主よ、欲にまみれた僕をお許しください。
「助太刀します!」
「頼む! こいつら急に――ぐあ!?」
襲っているのは、大人よりも大きい鬼のような見た目の魔物――恐らく『オーガ』だ。体色は緑、頭には小さな角が2本は得ている。口からは大きな牙が覗いており、あれで獲物の肉を食らうのだろう。
それが5匹ほどで、1台の馬車を襲っている。
オーガが手にした太いこん棒のようなものでたった今護衛を殴り飛ばしてしまった。
「『聖なる癒し』」
「――こ、これは……! 治ったのか!?」
「『聖女授けし希望の剣』」
程よい距離を保って止められたこちらの馬車から回復魔法を飛ばす。
そして上空から何本もの聖なる剣を出現させ、鬼に殺到させる。
不浄の者ではない奴らにはただの魔力弾みたいなものだが、十分だろう。
ではなぜ派手な魔法を使ったか。
お姫様に好かれたいからである。
「ガッ!?」
「グァアア!?」
予想通り、オーガたちは悲鳴を上げて倒れる。
魔物とは言え人型の相手、少しばかり心が痛む。
そうだ、地属性魔法で埋葬しよう。
「主よ、彷徨える魂が御許に向かいます。どうか彼らに神のご慈悲を」
地面を掘り起こし、彼らの体を埋める。
そこに祈りの言葉を投げれば、彼らもきっとうかばれるだろう。
僕ならうかばれないが。
「おお……あっという間に! さぞや高名な魔法使いの方とお見受けします」
「いえいえ、ご無事で何よりです。ところで――」
丁寧な言葉遣いの武装した兵士が3人ほど。人数が少ない代わりと言わんばかりに、全員筋肉がすごい。加えて上質な鎧を身に着けているようだ。
オーガに後れを取っていたけど。
これは間違いなくお姫様の護衛だと当たりをつけ、丁寧に接しようと思ったところ。
横からアステラが口を挟む。
「彼は今噂の『悪魔の子』です」
「何と……それはそれは……いやはや」
あなた、グラウゼルがそれ言ったときめちゃくちゃ怒ってませんでしたっけ。
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