第97話 浮かれる1歳児
母様と僕たちを連れたレストリア。
彼女は今、宛ても無く彷徨っている。
とりあえず教会を出て聖都を抜け、今は街道を歩いている。
聖女自らが教会に別れを告げたことへの対応に追われているのか、追手も少ない。
その数少ない追手も、不思議な壁に当たったように追ってこれなくなっていた。不思議だ。
「さすがに引きますわードン引きですわー」
「んん~?」
「さっきからずーーーっと! ずーっと聖女様にしがみついて! イクラウス様、恥ずかしくないんですかー!?」
「ない。ぼくこどもだもの。ですよね、かあさま!」
「うふふ、そうね~♪」
「この子どもにしてこの親ありってこと!? そんなぁーっ!」
いつもはうるさくて仕方がない赤毛のチンチクリンも、今日だけは気にならない。
幸せが飽和している。
マイナス感情が入る余地がない。
「お義母様、私マリンです……! イクラウスちゃんの、お姉さんです……!」
「まあまあ! それじゃあ私の子みたいなものね!」
「いいえ、私はお姉さんであり――です……!」
「まあまあ! それじゃあ……ライバルってことかしら! うふふ♪」
「です……!」
マリンの言葉で聞き取れないところがあった。
だが、今は母様のぬくもりを感じるのに精いっぱいだ。
頭が他の行動を拒否している。
「ユルセナイ……ワタシ……ユダン……アイツラ……」
しかし、これにだけは目を瞑れなかった。
ロロップがウサギの人形――いつも母様の横に置いていた、僕の分身が入っているウサギの人形をひたすらビンタし続けていた。
「……ユダン……ユルサナイ……コロス……」
僕のために怒ってくれているのだとは思う。
守れなかったと悔やんでいるのだろう。
自身と同じ耳を持ったぬいぐるみに、その憤りをぶつけながら。
だけどね、そのぬいぐるみの中身、僕の一部なんだよ。
「ロロップ――」
「何ぴょん♡ 次は私の番ぴょん?♡」
そしてこの切り替えの早さ。
2重人格という奴かもしれない。
しかし、僕はどちらのロロップも愛そう。
主も言っている。かわいければ何でもよし、と。
「んん~? なになに~……?」
「お義母様……?」
「ああ、大丈夫。母様は時々ポケーッとすることがあるのだ。そこもまたかわいいだろう?」
「……は、はい」
上を向いてポケ―ッとしている母様を再び眺められる日が来るとは。
今までの苦労も報われるというものだ。
「『私はそんなこと言っていない』ですって~、何のことだろ~?」
「ははは……」
まさか、主か?
僕の心を読んで母様に語りかけたと?
しかもそんなどうでもいいことで?
お前! もっとなんかあるだろう! そもそも何で僕に直接話さない!
「はいは~い……『まだそのときではない』と。どうしちゃったんだろうね、主~」
「恐らく母様とお話ししたいだけでしょう。意味などないかと」
「え~? 今度は『力を使いすぎた。神託はしばらくこれで最後――』ですって~」
「む」
神託を授けてくれるのだろうか。
この際母様経由でもいい。何かしらアドバイスを賜れれば心強い。
「…………」
「やん、イクラちゃんったら! そんなに見つめてぇ~♪」
「母様をずっと見続けたいのはそうなのですが……いえ、神託は……?」
「え? だから、今ので最後だって~」
「…………」
『最後』と伝えたのが最後ってこと?
その前も大した内容じゃないのに?
気でも狂ってやが――いらっしゃるのでは。
「まあいいでしょう。当面のことについては考えております」
「これからのこと~?」
「はい! まずグランデシャインに行って庇護を求めましょう!」
このための後ろ盾。
このための婚約者。
大丈夫、好きなのは本当さ。
「いいね~、婚約者ちゃんに会いたいし♪」
「はい、なかなか素敵ないい子です!」
「うんうん、私も見てたよ!」
「へ?」
見ていた……?
確かに母様は常に見守ってくださっているとは言っていたが、あくまでそれは僕の考え方に過ぎないはずなのだが……。
「あ、ううん何でも……そうだ、私は『スーパー母様』だからね、イクラちゃんのことは何でもわかっちゃうのぉ~!」
「おお! さすがです母様! やはり母様は母様を超えたスーパー母様……!」
「でしょぉ~♪」
疑問も解決したところで、早速グランデシャインに向かおう。
「レストリア、グランデシャインに向かってくれ!」
「わかったよぉ~♪」
「なぜ母様が……?」
「しまったぁ! ううん! 何でもないよぉ~♪」
きっとまだ寝ぼけているんだな。
そんな母様もまたかわいい。
「ねぇねぇマリン、この先大丈夫かなぁ~……」
「クゥちゃん? 何が……?」
「……何でも、ないよ……何でも。あはは……はぁ……」
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