第96話 救われた0歳児
何も考えが浮かばないまま、馬車がいよいよ止まった。
どうやら神殿についてしまったようだ。
「ついたぞ、出ろ。ククク……見ろ、みなお前を見つめているぞ!」
「…………」
勇者に押され、馬車を転げ落ちる。
彼の言葉に周囲を見回す。
そこには、神殿の周囲を埋め尽くさんばかり大勢の民がいた。
そしてみんな、同じ目をしていた。
「来たぞ! 悪魔の子だ!」
「かわいい顔して私たちを騙してたのね!」
「寄付金を返せ! 俺たちの金を返せ!」
「悪魔! 聖女様を返せ!」
言葉と共に、石を投げつけられる。
たくさん、たくさんの小石。憎しみ。恨み。
裏切られたと言う、悲しみが伝わってくる。
「ユルサナイ……」
「ロロップ……」
彼女が必死に耐えている。
彼らに罪はない。ロロップにもわかっているんだろう。
そして僕のために怒ってくれている。
今は、それだけが救いだ。
「くそ……イクラウス様になんて仕打ちを」
「ゴレイヌ、黙れ」
「貴様ッ! それでも神官か!」
「そうだ。聖女様と神に仕える神官、悪魔の子にではない」
「ぐぬぬぬっ!」
背後でゴレイヌとギャバンのやり取りが聞こえる。
仕方がないよゴレイヌ、彼もきっと騙されているだけなんだ。
だけど……。
「死ね! 『悪魔の子』死ね!」
「金返せ! 死ね!」
「…………」
もう、どうでもいいかな……。
「みなの者! この勇者が人類に仇なす『悪魔の子』を捕えた! 道を開けよ!」
「おお! あれは勇者様だ!」
「本物の人類の味方――いや、人類の希望!」
「道を開けろ! 勇者様のお通りだー!」
そんな勇者の宣言も、先導するような神官も。
騙される人たちも、どうでも…………。
「え……あれ?」
しかし、ふと聞こえた戸惑いを上げる声に顔を上げる。
そこには……。
「聖女様だ! 聖女様だぞ!」
「お眠りから目覚めたの!?」
「『悪魔の子』を捕まえたからだ!」
母様……!!!
母様が、歩いている! 動いている!
夢にまで見た母様が!!!
『どうして?』そんなことどうでもいい、母様が起きている!!!
「母様……」
「うふふ、イクラちゃん♪ お迎えにきたわよ~」
周りは相変わらずうるさい。
だというのに、僕には母様の声しか聞こえなかった。
「かあさま……!」
「イクラちゃん、あなたのおかげで元気になれたわぁ~! ありがとうね~!」
「そんな……こと……」
うまく言葉が出ない。
言いたいことがたくさんある。
想いが溢れてくる。
我先にと口に溢れてくるから、詰まって言葉が出ないんだ。
「それじゃあ、行きましょう♪」
「母様……どこへ……?」
「もちろん! ……どこだろ~?」
「母様……」
相変わらず抜けている。ポケッとしている。
でもそんなところは、やっぱり母様。
「だけど、ここに“聖女”の居場所はないみたいだから」
「…………」
「…………」
静かな、しかし力強い言葉。
僕に向けられたのではない、誰ともなく呟いた言葉。
しかしそれは、この場にいる人間全員に届いた。
誰も、何も発することができず。身動きすら取れない。
僕としても、最早ここに用はない。
母様がそういうのであれば、これから旅行がてら旅に出ようじゃないか。
「行きましょう……ほらイクラちゃん、この子たちのことも忘れちゃだめよ♪」
「イクラウス様ひっどーい! 責任取ってもらうからねー!」
「イクラウス様……あ、もう聖子様じゃないんだ。イクラウス、ちゃん……!」
忘れていた訳じゃない。
見えてなかっただけだ。
そしてマリンの適応力の高さ。
「マリン! クゥ! 無事だったか……よかった」
「……へへ!」
「お姉ちゃん、だもの……!」
本当に良かった。
これでここには思い残すことが……あ、1つあった。
「イクラウス様! 私も行きますぞ! このゴレイヌ――!」
「ゴレイヌよ、お前を闇魔法での洗脳を解く。僕の目的はあくまで聖女。お前は用済みだ」
「――は?」
事情を呑み込めないゴレイヌ。
何を言っているかわからないだろう。
しかし彼とは言葉などなくても通じ合える。
『ミレイのこと、頼んだぞ』
『承知!』
「お、おやー! これはー! 洗脳が解けたぞー! あ、あく――イクラウス……さまめー!」
ごまかすのへたくそか。
しかしこれで大丈夫、ゴレイヌなら必ずやってくれる。
今なお牢屋に囚われているミレイを助けられるのはお前だけだ。
「ロロップ、よく我慢してくれた。それとさっきはすまなかった」
「ぴょん♡ ちゅーしてくれたら許すぴょん♡」
「後でな」
母様の見てないところで、こっそりと。
ふふ、これから母様と一緒なんだ。
嬉しいな。
「聖女よ! どこに行く! さっきから無視するな! お前は俺の――!」
「『聖なる守り』」
どうやら何度も母様に話しかけていたらしい勇者。全く聞こえなかったけど。
やつが追いすがるように手を伸ばすが、それを拒絶したのは他でもない母様本人。
母様の『聖なる守り』が僕ら以外の一切を拒絶する。
やっぱり、僕の聖魔法よりすごいや。
「行きましょう!」
「はい! あ、ちょっとだけいいですか?」
「え~? ちょっとだけよ♪」
だめだ、笑顔が止まらない。
母様と一緒、それだけで僕は最高に幸せだ。
「母様の旅立ちは荘厳かつ神々しくあるべきですから! 『聖女御座す安息の地』」
魔王の時と同じように、巨大な光の像を作り出す。
巨大なレストリアは僕ら救い上げ、悠々と歩きだす。
母様の旅立ちだ。誰にも邪魔はさせない。
「お待ち!!!」
またか、そう思いながら後ろを振り向くと大教皇が鬼のような形相で叫んでいた。
「どこに行く!? お前の居場所はこの教会だ! 聖女が教会を離れるな!」
「いいえ、私の居場所は迷える子羊、そして我が子イクラウスのいるところです」
「何をバカなことを! 悪魔の子など――」
大教皇の言葉を遮り、母様は静かに告げた。
「さようなら大教皇。そして聖イルミナス教会」
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