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細かい砂利の敷かれた参道を、上質な靴を履いた男性が静かに歩いていた。夏も盛りだというのにきっちりとブラックフォーマルを身に着けて、手には仏花が上品に花束にされて。
涼し気な顔をして目的の墓へと歩を進め、その前に先客がいるのを見て、目を瞠った。
高齢の男性だった。最後に見た時も白いものは混じりはじめていたが、今はもうそのほとんどが白で、それでも清潔感を大事に短く纏めている。
その人の命日だ。誰かしら参拝者はいるだろうと時間をずらしたのにこの時間帯もダメかと、後からやってきた彼は踵を返した。
その背中に、「基樹くん」と声が掛った。
憧れていた人の声に抵抗はできなかった。離れようとした歩みは止まり、近付いてくる足音を、背を向けたまま待った。少し離れた場所で止まった歩みが、その距離が、今の彼らの距離だ。
「キミが来るならこの時間だろうって言われてね。待ってたんだ」
それを言ったのが誰か、年下の幼馴染の一重を思い出した。仮釈放がこの日に重なったのは誰かが配慮してくれたのかと思ったが、行動を誘導されたか。
小さくため息を吐いた。
「ご無沙汰してます、深緋先生」
蝉しぐれの中、記憶より小さくなったその人の脇を抜け、墓に手を合わせる。父と思っていた人ではない。彼が創られる前に命を絶たれた人。思いを馳せて、誰かが点けた線香の香りを静かに肺に落とした。
それを、彼は背後で静かに待っていてくれた。その人に星空を見せてもらった記憶が懐かしい。
「キミは、なんで父親の振りをしたんだい?」
基樹が頭を上げるのを待って、深緋は声を掛けた。そんなことを聞くために待っていたのか、と、基樹は唇の端を上げて嗤った。
(でも、ダメです)
ボクは、あなたに“本当”は教えてあげない。
「優樹が…母が見てくれるなら、息子としてじゃなくて見てくれるなら、憎悪でも嫌悪でも良かったんです。そんなことをしても何にもならないのに」
足元が危うい彼を助けながら参道を共に降りる。皺の刻まれた手や軽くなった身体が、過ぎた時間を教えた。
彼が部屋を訪ねてきた時のことを、基樹は昨日のことのように覚えている。深緋は四十歳になったばかりだった。「見てごらん」と何度も基樹を誘って、子どもの様に夜空を見上げていた彼が悲痛な顔をしていて、何があったのかと話を聞いた。彼にそんな顔をさせているのが父だと知って、湧き上がったのは怒りだった。自身の身の危険などは二の次で、ふざけるな、と熱が上がったのを自覚した。
彼はKING。守るべき王だ。
駐車場の奥に黒いが平服を着た女性と制服姿の男の子が二人、深緋を待っていた。女性が警戒した気配を感じたので、基樹はそこで歩みを止める。
お互い、最後になるのだろうと思いながら平静を装った。
「これを預かってきたんだ」
深緋が胸元のポケットから取り出したそれが、太陽に反射して基樹の目を眩しく刺した。手のひらに収まったのは、白いテープが張られた家の鍵だった。
蒼一は青、梢は赤だった。白は…。
「渡せば分かる、ってことだったけど」
穏やかな声を、基樹は鍵を握りしめて耐えた。深緋が車に乗るのを待って、頭を深く下げた。
落ちた水滴は、夏の日差しにあっという間に蒸発していった。




