~まやかしを暴くのは誰か~
美琴が駅構内に入っていくのを車の外で見送って、更に彼女が乗った電車が出たと連絡を受けてから藤枝は助手席に移った。後部座席に置いていたバッグからノートパソコンを取り出して立ち上げ、いくつか操作を加えていく。
運転席には、しばらくして構内から出てきた女性らしき人影が収まった。色の薄いサングラスを掛け、オリーブ色のオーバーブラウスと黒のワイドパンツ姿のその人が、下ろしていた髪をまとめ上げる様子を横目で見て、藤枝は呆れたように言った。
「それ、いい加減やめません?俺まで見失いましたよ」
「警戒されなくて楽なんだよ」
そう答えたのは、外出時恒例の装いを施した瑠璃だった。「首尾は?」と問う低い声に、諦めたように肩を竦めた藤枝が答える。
「携帯に室長力作の位置確認と盗聴アプリ入れてきました。もう出てます。でも、ここまでする必要ありますか?」
「理事長がまた暴発したらコトだからな。鎖はいくつあってもいい。それより、連絡はまだか?」
いつも通りにギアを変えて駅の駐車場を出、その先の信号が赤になったのに気付いて、瑠璃はゆっくり車を停車させた。車内に流していた音楽を止めて、ラジオに切り替える。
「もうすぐ出ると思いますけどね。それより、リュウさんから見てどうなんですか?」
「まぁ、間違いねぇだろうな」
六月に居場所を特定してから、彼らは道場周辺の地理や通学ルート、交友関係、趣味・嗜好等々を調べ上げた。
接触したのは、彼女の一挙手一投足を完全に把握できるようになってからだ。藤枝の胸元にしか届かない後頭部に、唐花菱のピンバッチを絡ませる。周囲は、大きく揺れた車内に気を取られて気付かない。慌てる少女を誘導して駅に降り立ち、髪を外すふりをして手に入れたそれを検査用のパウチに入れて、入れ代わり立ち代わり訪れる実働部隊のバイクに預けた。
藤枝の服装や香水、選んだメニュー、車内に流した曲などは瑠璃の指定だ。蒼一が昔、好んでいたものだという。
「GOサイン出たらどうアプローチします?」
「ここまで来てまどろっこしいことやってられるか。ただ拉致る」
青になった信号を確認して車を出す。周辺の流れに乗って向かう先は宿泊先のホテルだ。
「蒼一さん、抵抗しますよ」
「言っただろ。やるなら一瞬。気付かれる前に、だ」
「道場のほうに出入りしてるあの人たちは?警察官だって話ですが」
蒼一の姿は、この一カ月確認できなかった。生活範囲を室内だけに定めているのか、家に出入りする人影は、少女以外は母親と祖父らしい老人のみだ。双眼鏡に母親の姿を収めた瑠璃の、何かに耐えるような表情が藤枝の印象に残った。
「拉致ったら蒼一に一筆書かせる。ガキを人質に取られりゃイヤは言えねぇだろうよ」
「せっかく見つけた研究成果、そんなに雑に扱っていいんですか?」
「またなんか勘違いしてんな?」
「え?」
「理事長が欲しいのは、母親の佐倉美春。十四年前に死んだ、再生医療の権威と言われた研究室長の秘蔵っ子だよ。ガキに価値があるとすれば、蒼一と美春に対するアンカーだな」
そのタイミングで、藤枝の携帯がメッセージの着信を知らせた。画面を一通り読み込んだ藤枝が、運転席に声を掛ける。
「リュウさん」
「あ?」
「一致です。白瀬美琴は研究室から連れ去られた子どもで間違いありません」
だろうな。薄く笑った瑠璃は、そう言って唇を舐めた。
「今日、動くぞ」
「はい」
返事をした藤枝は、メッセージを受けた携帯で連絡を取り始めた。
※
道場は、二十一時を目途に閉められる。片付けに時間を取られて遅くなったとしても、二十一時三十分にはすべての門下生が帰宅の途に就く。だが、それも今日までだ。ひと月ほど前から門下生が一人減り、二人減り、最後の一人が、今日で近隣の道場に門下を変えた。そして、脚を弱めた祖父も、先週から老人ホームに入所している。
三人だけになった家では、美琴と誰かの話す声しか響かない。
父と順番に風呂を終えて、リビングに戻ったら母はもう部屋に戻っていた。遅い夕食を終えた父が新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる。
いつも美琴が座る席に、きれいな三角に握られたおにぎりが置かれていた。お茶を淹れて「いただきます」と手を付ける。
白瀬家の味は、父の味だ。几帳面な性格は料理にも表れていて、栄養バランスをよく考えて作られている。食べ終えた美琴は、もう一度お茶を淹れて座った。
少しだけ目線を上げた父が、新聞に目を戻しながら「美琴はお茶が好きだね」と柔らかい声で言った。
「お父さんもお母さんもコーヒーなのにね。なんか落ち着くんだ」
「…そうか」
そう言って、父は静かに新聞を畳んだ。
「父さんたちにも、お茶淹れてくれる?」と言って立ち上がった父は、一度リビングから出ていった。
(父さん“たち”?)
まさか?もしかして?
ずっとずっと噤まれてきたことが明かされるのか?事態は動いてしまうのか?
急須にお湯を注ぐ手が震える。蒸す時間を見失いそうになる。夫婦揃いの湯呑に緑の色のお茶を注ぎながら、二階を移動する二人分の足音に悲鳴が上がりそうになった。
今まで聞きたかったそれを、今は聞きたくない。
そんな美琴の願いを聞いた彼女の携帯が着信を知らせて、表示された名前に一も二もなく通話のボタンを押した。
『もしもし?美琴ちゃん?遅くにごめんね』
「藤枝さん…」
昼間聞いた声が耳に優しい。逃げるようにリビングから出て、隣の和室に移動した。障子から入って来る街灯の光が、わずかに部屋の中を浮かび上がらせる。
『どうしても声が聴きたくて…何かあった?』
震えた美琴の声に気付いたらしい藤枝が、優しいまま聞いた。気付いてくれたことが嬉しくて、隣の部屋にいるはずの両親に気付かれたくなくて、相手には見えないのに頭を振った。答えない美琴に焦れるわけでもなく、きっと昼間のあの優しい顔をしているだろうと分かる声が耳朶を打つ。
『美琴ちゃん、今外に出れる?』
「外?」
『うん』
リビングから美琴を呼ぶ声が聞こえて、それに追い立てられるように、携帯を耳に当てたまま廊下を急いだ。玄関の引き戸の鍵を開けて、一歩、二歩と、夏の温い空気の中に身を投じる。
緑と土の匂いが鼻に薫った。
『星、見える?』
「ホシ?」
『そう、人の受け売りなんだけどさ、顔上げてればなんとなくマシじゃない?』
ぼんやりとした街の明かりに押されて見える星はわずかだ。それでも、有名な大三角だけは確認できる。
顔を上げたことで、姿勢が伸びた。大きく息を吸えば、なんとなく口角が上がった。
『元気出たかな?』
「はい。ありがとうございます」
『そしたらさ、お願いがあるんだけど』
「なんですか?」
『芳って、呼んでくれない?』
突然の甘いお願いに美琴は息を飲んだ。頬も耳も熱くなっていくのが分かる。『ダメかな?』と畳み掛けられて、耳から携帯を離したくなった。できないのも分かっていた。甘い声を聴いていたかった。
「かおる、さん」
『うん』
「今、もう家ですか?」
「ううん、キミの後ろ」
機械を通さない声が聞こえたと思ったら、後ろから抱かれて体幹を奪われていた。驚いた隙に黒いグローブに包まれた手に携帯を奪われて、奪われた携帯は通話を切られ、そのまま電源を落とされた。
背中に当たった鍛えられた身体の熱と硬さ、そして鼻孔に感じる香りはあの時そのままだ。身をわずかに捩って、その男の顔を見上げる。精悍な顔が、優しく美琴を見下ろした。
その耳に、黒く濁ったピアスが見えた。それは明るいところで見れば青のはずだ。
「かおる、さん?」
「なぁに?」
優しいその顔を、昼間見た時は胸が高鳴った。けれど、今この時間、その人はただ異質なだけだ。美琴の中で、ようやく警鐘が鳴る。
顔を見るために捩った身を、今度はその腕から逃れるために捩った。
だが、黒いジャージに包まれた腕は美琴が抵抗しようとびくともしない。つま先しか地面についていないのも、抵抗を軽くした。
「…っや、だ!離して!」
「何してる」
怒気を孕んだ父の声が、藤枝のさらに後ろから聞こえて、美琴は安堵した。怒りを露わにした父は本当に恐ろしいが、味方であればこれほど心強い物もない。
けれど、藤枝はそれも意に介さなかった。
美琴の身体を抱いたまま、美琴の利き手を取ったまま、父を振り返った。簡単に、けれど固く拘束した娘を見せつけるように。
「夜分遅くに申し訳ありません。美琴さんに交際の申込と、ご両親にその許可をいただきに参りました」
「それならそれなりの礼を取るべきだろう?美琴も嫌がっているようだし」
「あぁ、申し遅れました。私、医療法人 常磐会、デジタル対策室所属の藤枝芳と申します。以後お見知りおきを。常磐蒼一さん、佐倉美春さん」
大仰に、藤枝はそう自己紹介をした。名刺に乗ったままのそれの何に反応したのか、父と母が驚いた顔をした。父が、傘立てに立てていた木刀を手に取るのを見て、ひとり状況に置いていかれている美琴は混乱した。
常磐蒼一とは誰だ?佐倉美春とは誰だ?美琴が囚われているとはいえ、父はなぜ木刀を手に取った?
「キミには娘を預けられそうにないな。美琴を離しなさい」
美琴の背後で、藤枝が嗤う気配がした。美琴を抱えたまま、一歩、二歩、と父から距離を取る。それに合わせて、木刀を構えた父が玄関から暗がりに歩を進めた。
「別に、あなたに許可を取る必要はありませんよね?もう父君からは許可をいただいてますし」
「何?」
「あの人たちがあなたの居場所を知って、俺一人で対応させると思いますか?」
藤枝が言い終えるより早く、父が何かに反応して剣先を藤枝から逸らした。
逸らした先の暗がりで、構えた手が弾かれた。それを取り落としそうになりながら、すんでのところで堪える。
目の前の影に構え直した父の真後ろに、玄関の庇の上から黒い塊が静かに落ちた。
真っ黒なそれは、父が反応する前に、美琴たちが人影だと気付く前に父の膝を折らせて、片膝をついた父の首に腕を絡ませた。
「よぉ、久しぶり」
後ろから父の首を締めながら、そんなことをしているとは思えない軽さで影が声を上げた。低い声が美琴の耳にも届く。苦し気に掠れた父の声も。
「りゅ…、う」
木刀は前にいた影に奪い取られ、空いた手で首に巻き付く腕をどうにかしようと藻掻く父の姿を、美琴は信じられない思いで見ていることしかできなかった。
剣道なら、道場でなら、父が負けること等ない。
こんな卑怯な、不意打ちなど。
「お父さ、っ!」
「大きい声、出さないでね。もう夜も遅いんだから」
黒いグローブに包まれた藤枝の手が、美琴の口をふさいだ。成人男性の筋肉は固く、美琴がどう抵抗しようと揺るがない。
玄関からの逆光で、父の表情も、その人の細かな造形も分からない。それでも、父の身体から力が抜けて、意識を奪われたことは分かった。父が崩れ落ちる姿に、何もできない自分に、悔しくて涙があふれる。
喉の奥から、嗚咽が漏れた。
その声に反応したのは父を羽交締めていた男だ。崩れ落ちた父をその場に放置して、よく見れば小柄な影が藤枝に拘束された美琴に近寄る。
近付いてきた男の顔が見えるようになってようやく、その切れ長な一重に気付いた。その薄い唇に気付いた。性差はあれども己によく似た顔立ちは、その男が己の、血のつながった父だと判断するには充分すぎた。
美琴の身体から抵抗がなくなっているのを確認した藤枝が、その拘束を解く。つま先立ちだった足が地べたについて、でも立っていることはできなくて、背中の藤枝が、腰が抜けた美琴の体重を支えた。
「改めて紹介してあげようか。その人が、キミの本当の父親だよ。名前は金山瑠璃」
「今更自覚なんかねぇがな」
「そんなこと言わないで上げてくださいよ。で、そこで倒れてる人が常磐蒼一。十四年前、キミとキミのママを連れて逃げた人。まぁ、ママが彼を唆して逃げたみたいだけど」
母は、玄関先に座り込んで、顔を覆って、泣いているようだった。誰に聞いていいのか分からなくて、独りごとのようにそれを呟いた。
「蒼一って、誰?佐倉って誰?」
「自分の親の名前すら満足に教えられてねぇのかよ」
面倒くさそうに言った金山瑠璃を「リュウさん」と嗜めたのは藤枝だ。ふん、と鼻を鳴らして、こちらに興味を失った男は背を向けて、どこからか出てきた複数人の男たちに何かの指示を出し始めた。
拘束するわけではなく、藤枝は優しく背中から美琴を抱きとめたまま「ごめんね」と話を続けた。
「白瀬茂和は、白瀬弘の義理の息子。弘さんには子どもが二人いて、お兄さんが宗弘、妹が美幸って言ったの。聞いた話だとお兄さんが駆け落ちしちゃったから茂和さんを道場の跡取りにしたくて、美幸さんと結婚させたみたいだよ。茂和さんも美幸さんも、震災の時に亡くなってる。キミのママと常磐蒼一は、その後釜に入り込んだみたいだね」
「違う!」
悲鳴のような母のその否定も、美琴には自己弁護にしか聞こえなくて、その泣き顔から目を背けた。
その母も、金山瑠璃に連れられて家の中に消えた。それに何かを思うこともできなくて、耳に直接流し込まれるその話を、美琴は何も理解できないまま聞いた。
「キミのママの旧姓が、佐倉。今は市役所勤めみたいだけど、キミが生まれる前はうちの研究職だったんだよね。とっても優秀だったらしいけど、キミができて、キミが実験動物みたいに扱われるのがイヤで、先輩に助けを求めたんだね。で、その先輩が常磐蒼一に事情を話して、キミを連れ出したの。逃げるまでちょっと時間があったから、その間に恋人関係になったみたいだね」
今まで見ていたモノが何の実態もなかったことに気付いて、眩暈がする。
子どもを作る相手がいたのに、他の男と恋人関係になったとはどういうことなのか。思春期特有の潔癖な感情が、嫌悪となって母へ向いた。
「連れ戻しに、来たの?」
「うん。研究の世界って日進月歩なんだけど、ママの担当していたところがどうしても進まないみたいでね。ずっと探してたんだ。尤も、理事長はキミたちを攫った蒼一さんに物申すところがあるらしいけど」
あたしはいらないの?と、無声音で不安気に呟いた美琴の言葉を、藤枝は聞き逃さなかった。美琴には見えないように細く笑んで、髪に口付ける。
「それとこれとは話が別。交際を申し込みに来たのはホントの話だよ」
「おいで」、と、腕に縋り付く少女を、藤枝は優しく誘った。
家の近くに隠すように、二台のミニバンと青いスポーツセダンが停められていた。一番後ろに停められたミニバンに、意識のない父が荷物の様に乗せられていく。美琴は、昼間に乗ったその車の助手席に座らせられた。
助手席のドアを閉めようとした藤枝に、先ほど父から木刀を奪った影が話し掛けた。街灯に浮かび上がる理知的な顔立ちは、ジャージよりスーツが似合うだろう。
「リュウさんは?」
「母親と家の中入っていきましたけど…大丈夫ですかね?」
「何が?あ、もしかして時間掛かることしてると思ってる?」
「だって一応そういうことがあった仲じゃないですか」
「大丈夫だよ。あの人、あれでも一途だから」
そこでドアを閉められて、二人の声は聞こえなくなった。音の遠い空間に取り残されて、十分ほどの時間で交わされたやり取りを反芻する。
けれど、何を考えたらいいのか分からなくなって、窓の外に顔を向けたまま美琴は目を閉じた。しばらくして運転席に誰かが座る気配がして、目を閉じた美琴に配慮しながら車が動き出した。
その優しさに浸りながら、美琴はその日の意識を閉じた。
※
高速道路は使わず、夜の間に車を走らせて、空が白み始めた頃に常磐会のある地方都市に戻ってきた藤枝は、車を指定の場所に停めてから時間を気にすることなくその人の携帯へ電話を掛けた。涼やかな声が、寝起きを感じさせずに応答する。
「おはようございます、理事長。藤枝戻りました」
『うん、お帰り。子どもも連れてこれたんだね?』
「はい。素直なリュウさんって感じですね。ホントにいいんですか?」
『いいよ。普通に育つことは分かったし。それはもういらないからあげる』
「どこか部屋欲しいんですけど。寮に置いとけないし」
『アリスが使っていたところは?空いてるでしょ?セキュリティ、解除してあげるから』
「ありがとうございます」
『今日は休みでいいからね』と言って、通話は切れた。助手席から、健やかな寝息を立てる少女を抱き上げて、夜明けでも温い朝の空気の中を歩く。
抱き上げられて少し居心地が悪かったのか、少女が藤枝の腕の中で少し身じろいだ。男の胸元に頬擦りして、また深い呼吸を取り戻す。
それに藤枝は気をよくして、その地下へと少女を隠した。
※
その地下での秘め事を、相変わらず理事長室で見ていた。
藤枝は、目を覚ました少女に食事を与え、隣で何かを囁いているようだ。時折、少女の頬を撫でる様子が映る。
「あの食事はキミが作ったの?それとも藤枝くん?」
胃袋を掴むなんて可愛いものじゃない。一食与えられただけで、少女は己の生殺与奪を握られたことに気付いただろう。生きるために、食べるために、彼女はどうするだろう。親の庇護はなく、あるのは身一つで。
媚びるだろうか。諂うだろうか。瑠璃によく似た、あの顔で。
「正也のとこのだよ。フジは料理だけはからきしだ」
藤枝から一時間ほど遅れて戻った瑠璃は定位置のソファで仮眠を取り、今は眠気覚ましのコーヒーを飲んでいた。美春はそのまま滝澤に連れられて研究室に入り、拘束した蒼一は武道場のさらに地下に監禁中だ。
「キミもよく仕込んだよね、藤枝くんがあんなにキミに懐くと思わなかったよ」
ソファに座ったまま身体を動かしながら運転で固まった筋肉をほぐす瑠璃に、理事長はそう声を掛けた。
「テメェが欲しいって言ったんじゃねぇか。じゃなきゃあんな面倒なことするか」
「どうやったの?」
「飴と鞭はテメェの十八番だろ。おんなじこと、やらせていただきましたよ」
「飴と鞭ねぇ。何をご褒美にしたの?キミ?」
気怠そうに瑠璃は理事長を振り仰いだ。
朝日の逆光に、男がシルエットになる。視線が見えない分、気が楽だ。
「そんなんで喜ぶのはテメェだけだろ」
「じゃあどうしたのさ」
「大魔神の力が欲しいってさ」
「で?」とコーヒーを啜りながら今度は瑠璃が理事長に問い掛ける。
「蒼一はまた飼うのか?」
理事長は、深く椅子に座りなおして、首を傾げた。
「今は藤枝くんがいてくれるから正直いらないんだよね。キミみたいに“待て”と“お手”ができるなら別だけど、アレがしっぽを振るところ、想像できないし」
「ちょっとお仕置きして、気が済んだら処分かな」
そう呟いたタイミングで、理事長室の内線が鳴った。スピーカーで話を聞けば、蒼一が目を覚ましたとのことだ。
「んじゃ、行きますか?女王陛下」
瑠璃が先に立って部屋を出る。それを理事長も追った。
立ち上がったままのパソコンの画面には、男が少女の頬を撫でる様子がまた映っていた。




