【第9王子vs.実験部編】事実は同人誌より奇なり〜帰ってこない女子生徒〜
今日は健康診断である。
サラは寝坊したようだ。「先に行って!」と言ってくれたので、珍しく今日は俺だけで、教室へ向かっている。
角を曲がろうとした瞬間――女子生徒と派手にぶつかってしまった。
「きゃー! ごめんなさい!」
彼女はテンパったのか、俺の教科書を間違えて持っていくと、ダッシュで走り去っていった。
残された俺はただ呆然としつつ、教科書を持ち去られた事実に遅れて気付くのであった……。
同じクラスに女子はアンズとケイしかいないから、他クラスの子だろう。
彼女の特徴を思い出す……。眼鏡をかけていて、パーカーを着ていた気がする。
なぜか、彼女もぶつかった勢いで俺と同じように教科書を落としたらしい。でも、足元に落ちていたのは見覚えのない本だった。拾い上げてみたが……教科書にしては薄すぎる。
(なんだこれ――!)
俺は表紙を見て、思わず胸で隠してしまった。なぜなら……その表紙は、男の子同士がイチャイチャしているイラストだったからだ。なんか俺のじゃないけど、いけないものを持っている感じに陥ってしまう。
(でも、気になるゥ〜!)
俺は密かにもう一度表紙を見てみる。首元まで白髪を伸ばしている黄色の眼をした体の大きい男の子が、黒髪で青い目をした小柄な男の子をお姫様抱っこしている構図だ。
(はっきりわかったね……。ニコとサラにクリソツだ……二人ってそういう風に見えるのか? サラは女の子なんだけどなー)
つまり、今の俺は先ほどのパーカー女子が描いた同人誌を持っているということになる。
中身を見るべきじゃないんだろうけど、内容が気になってしまう。このままの状態で読むわけにはいかないため、一旦教室に向かう。運がいいことに、教室に人がいなかったため、ノートに挟みながら、コッソリ読んでみることにした。
(大変だ!)
読んでみたところ……ニコっぽい男の子がなぜか嫉妬して、サラに似た子を監禁して、女の子の恰好をさせているシーンが出てきた。
(何これ……? 性癖のクセが強い! これ、彼女にどう返せばいいんだ……)
パーカー女子の描いた同人誌の内容が思った以上にヘビーで、思わず固まってしまった。いや、もしかしたら顔まで赤くなってるかもしれない……鏡で確かめたいくらいだ。
そんな状況だから、サラがすぐ隣に来ていたなんて、夢にも思わなかった。
「アダムさん、おはよー! 遅くなってごめん!」と俺に挨拶をする。
俺はビックリしてしまい、勢いよく、例の同人誌を落としてしまった。
「あっ、アダムさん。ごめん、驚かせちゃった。落ちた……よ?!」
彼女はふと――例の同人誌の表紙を見てしまった。
「えっ! 何これ、漫画? それにしては薄いね」
「サラ、これは拾ったんだ」
「そうなの? でも……この白髪の男の子、ニコくんにそっくりじゃないか! 隣にいるこの子って、男の子……? アダムさん、これってどういうお話なの? ぼく、気になる!」
ラッキーなことに、このお姫様抱っこされている少年がまさか自分をモデルにしているなんて、サラは思っていないようである。だが、こんな過激な内容を読ませるわけにはいかないし、オウレン先生に知らされたら、俺が怒られる。
彼女が読もうとするのを全力で阻止するため、回収した後、俺はファイルに挟んで届かないよう上に伸ばす。
「サラがこれを読むのは……まだ早い!」
「えー! 独り占めズルい!」
彼女は俺より身長が低いから、飛んでも届かない。
しかし、俺は気付いていなかった。
俺より背の高い人物がいつの間にかソレを取っていたことを。そして、パラパラと中身を全部読み切っていた。
「へぇ……。この本、おもしろいことになってるな」
そう言った人物を見て驚いた。なんと、その声の主は同人誌に登場するキャラクターのモデルであろう、ニコ本人だったのだ。
(すごい……自分がモデルでも冷静でいられるのか? それとも鈍感……?)
「いいなー! ニコくん、読ませて!」
「サラは少女漫画脳のお子様だから、まだ早い……」
「ひどい! どうして、みんなぼくのことを子供扱いするの?」
「んじゃ、アダム。これ渡す」
ニコの方から俺にその例の同人誌を手渡ししてくれた。
サラは「二人ともイジワル〜!」と少し拗ねた様子だったが、アンズとケイが教室に来ると、すぐに挨拶に向かった。
その後、俺とニコは二人で健康診断を受けに、保健室へ移動した。
ニコは、魔族の方で検査を受けていたから、人間・エルフ・天使以外の種族――鬼か悪魔、吸血鬼のいずれかなのだろう。
一方、俺は人間なので、能力装置機を使ってどのくらい魔法が使えるのか実際の能力値を調べてもらうことにした。レベルは0から100で10刻みらしい。オウレン先生が測ってくれた。
「アダムくん、あなたすごいわね。最大値――つまり100よ」
「えっ、そんなすごいことなんですか?」
「そうね。確かに、あなたは魔法を唱えるとすぐにモノを出せるから、素質アリよね」
俺は興味なさそうに「そうすか」と言った感じで答えつつも、この原因は分かっていた。
(異世界転生において大切なチートスキル……つまり、女神様のオプションだ)
ありがたいことにチートスキルがあることも判明して、難なく無事に健康診断を終えたので、後は健康診断書が届いたら、王位戦参加の条件をまた1つクリアしたことになる。
俺とニコは午前中に受けたが、サラは特待生枠なので、お昼休みの間に、単独で健康診断を受けてきたようだ。
(一人でラッキーだな……しかも保健室の先生がオウレン先生だから、校内で彼女の性別がバレる心配はしないで良さそう)
そして、午後のチャイムが鳴り終わり、サラが戻ってきた。担任はアンズとケイの女子二人を保健室に連れて行き、すぐに戻ってきたようだった。
今日は健康診断がある関係で、午後の授業を1コマだけ受けたら帰れることになっている。女子2人だけの検診だから、彼女たちも担任同様、すぐに終わって戻ってくるだろう――そう思っていた。
だが、おかしい。健康診断が始まってからかなり時間が経つのに、彼女たちはまだ戻らない。
授業が終わり、様子が気になった俺は担任の先生に「女子2人が帰ってこないんですが……?」と尋ねた。
しかし、担任は「女性は着替えたりで時間がかかるものだろう?」と軽く流すように言っただけで、さっさと教室を出て行ってしまった。
(えっ。帰ってきたか確認もせずに、職員室に向かうなんて……無責任過ぎないか?)
それに、クラスの男子たちはこんなにのんびり構えていて、本当に大丈夫なのか?
2人が帰ってこないことに気づいているのは俺だけじゃないらしい。隣で、サラも落ち着かない様子で何度も窓の外を見ている。
「アダムさん。オーちゃんのところに行ってみない? 流石に遅すぎるよね……」
「そうだな、いずれにせよ2人ともオウレン先生のところにいそうだし」
俺たちは早速、保健室の入り口まで辿り着き、ノックしたところ、オウレン先生が一人で現れた。
「あら! サラちゃん、どうしたの〜?」
「オーちゃん! 気になったことがあって……アンズちゃんたちってまだ健康診断してるの?」
「えっ? 女子は今日じゃなくて、来月よ?」
嘘だろ――まさかの答えが帰ってきた。思わず、再度聞き返す。
「本当に来月ですか? 俺らのクラスの担任は今日の午後からあるって言ってましたよ……」
「それは違うわ……。ほら、この予定表を見て。来月になってるでしょう? なんなら――私は今日、アンズちゃんに会ってないの」
そう言って、オウレン先生は俺たちに印字された予定表を見せてくれたが、来月だった。
つまり、あの担任は嘘をついたってことになる。
サラも驚きを隠せないようで、「そんな……。アンズちゃんとケイちゃんはどこに行ってるの?」と俺同様に、彼女たちがどこにいるか気になるようだ。
3人で何か起きているのか理解できず、ポカーンとしていたら、突然女理事長が窓から現れた。なんて登場の仕方だ。
いや、様子がおかしい。何やら焦っているようだ。
「オウレン! 君、1-B組の女子生徒を見なかったか? 保健室で健康診断があると聞いて、向かったようだが――」
「キハダ理事長! 女子生徒の健康診断は来月です! それに、その子も私は今日お会いしておりません……」
「変だな……。1-B組の先生はA組のホルム先生から、『今日健康診断がある』と聞いたようだけど……」
なるほど。これは絶対あの担任が何か仕込んできたのだろう――教師が不祥事するとはねぇ。
「理事長、実は俺たちのクラスの女子2人もいないんです」と俺は理事長に追加で情報を伝える。
「ウソだろ……? つまり、A組2人とB組1人。3人の生徒が行方不明だと?! 彼女たちとホルム先生がいそうなところを引き続き探してみるッ!」
そう驚きながら、理事長は台風の如くどこかに走り去った。
「はぁ……。大変なことになったわね。とりあえず、女子生徒さんたちがクラスの教室に戻っていないか……もう一度確認できるかしら?」
「うん! わかったよ、オーちゃん。今すぐ見てくるね!」
「アダムくん、あなたも一緒に行ってちょうだい」
「了解しました」
オウレン先生からの頼みを引き受けた俺らはまた教室に向かったものの――A組の教室には誰もいなかった。B組には数人男子生徒がいたため、サラの方から彼らに「理事長先生がB組の女の子を探してるんだけど、見なかった?」と聞いていた。
「あぁ〜。うちのクラス女子一人しかいないから……パーカーちゃんのことかな? 午後から健康診断って言ってたけど……おかしいね。まだ帰ってきてないかも」
「そうなんだ! 教えてくれてありがとう!」
そんなやり取りの中で、B組の女子生徒も戻ってきていないことが分かった。そこで、俺とサラは自分たちの教室に戻り、一度状況を整理することにした。
「そっか。Bクラスは女子一人で、その子も教室に戻ってないんだね……」
「あぁ。ところで、パーカーちゃんって名前じゃないよな?」
「違うと思う! パーカーを着てるからじゃない?」
「そうか……」
俺はふと今日の朝起きた出来事を思い出す。彼女は……パーカーを着ていた!
「そうだ! 今日の朝、ぶつかった子かもしれない」
もし、その行方不明の子がパーカー女子だとしたら、彼女は俺の教科書を間違えて持っていってしまったのだ。
だが、思い返せばその教科書には、オオバコさんからもらった万年筆を挟んでいた。
そう、盗聴器機能付きの万年筆だ!
(これなら、彼女の居場所を特定できるかもしれない……! なぜなら――オオバコさんがあの時、アプリまで入れてくれたんだよなぁ〜)
俺はそのアプリを開いて、位置情報を見てみる。
すると、なぜかその子がいるのは――男子更衣室だった。
「サラ……場所がわかった」
「えっ! 本当に?」と彼女が言った直後、画面を見せようとしたタイミングで、教室に同じクラスの悪魔族の一人が俺たちのところへやって来て、手紙を差し出してきた。コイツはケイとアンズに睡眠薬入りのアイスティーを差し出した例の男だ。
俺は思いっきり、彼を睨む。
すると彼は「これ、メタノ様から渡してって言われたから、読んでね。俺は何もしないから……睡眠薬の件で反省したんで、じゃあ!」とすぐ消えてしまった。
早速、二人でその手紙の文章を読んでみる。
『メガネ野郎、女の子たちを返して欲しければ、ここに来い。ただし、一人で来るんだぞ。俺と対戦しろ。女の子たちは別の場所でまとめて監視してる。バカでも分かるように書いたつもりだが……理解できた? by 第9王子 メタノ・ジェラル』
……彼らしい、滑稽さと強引さが入り混じった内容だった。
「いや、むしろこいつ馬鹿か? なんで、事前に違う場所だと教えるんだ? しかもこの内容だと、パーカー女子はアンズたちと一緒にいるのか」
「本当だ……」
二人とも、まさか敵から塩どころか情報が送られてくるとは思わなかった。
だが、今こそ行動を起こさなければならない。
「状況を整理しよう――この事件の元凶は第9王子だ。そして、その第9王子は俺単独で向かって、俺と戦えと言っている」
「うん、そしてアンズちゃんとケイちゃん、パーカーちゃんは男子更衣室に閉じ込められていると」
「そうだ。だから、俺は一人で行くよ。第9王子のところに」
「だめ! ぼくも一緒に行く! 一人でなんて危ないよ……!」
行く準備をしようとした矢先、サラが俺の肩を掴んだ。
心配そうな顔をしている。どうやら、俺一人で行かせるつもりはないらしい。
「サラ――君には他にやってもらいたいことがある。君にしかできないことだ。そっちを優先してほしい――そうだな。まずは一緒に部室へ行こう。俺は戦闘用の実験道具を用意するから、その間に作戦を共有しよう」
「わかった! ぼくにしかできないのなら、頑張ってやり遂げるよ!」
二人で部室に向かい、それぞれ必要な準備と事前の作戦ミーティングを終えた後、軽くうなずき合って二手に分かれ、それぞれの目的地へ進んだ。
俺の心は燃え上がっていた。
やってやる。
そして、舐めるなよ――研究者と剣術の達人を。