【第9王子vs.実験部編】第4王女と第10王子じゃだめですか?〜それってあなたの持論ですよね〜
「アダム、あんたも会議に出る?」
「会議?」
俺は突然、第4王女であるケイから会議に参加するのか質問された。一体、何の会議だろうか?
「これさぁ、下駄箱の中に入っていたの。それで、アタシとあんたの名前が載ってた。王族子女会議だって」
「王族子女会議? その会議名、初めて聞いたけど……?」
「でも明日の放課後って書いてあるわよ? あんたも出るでしょう?」
彼女が持っている招待状を覗き込んでみたら、会議の日程と開催場所が記載されていた。あんまり遠出したくないから断ろうと思っていたけど、『ザダ校大会議室で会議をします』と書かれてあった……もろ、この学校である。
「アタシ、一人はちょっとさ……」
どうやら、ぼっち参加は嫌らしい。
俺はあんまり会議が好きではない――ただ時間が失われるだけだからだ。でも、彼女から頼まれるとは思わなかったため、「まぁ……俺はなんも準備しないけど、それでいいんなら出るよ」と当たり障りのない回答をした。つまり、「やる気はないけど、出てもいい」という意味だ。そんな俺の偏屈な態度も、ケイにはどうやら伝わったらしい。
「一緒に出てくれるってことね! あんたがいてくれるだけでも助かるし、せっかく参加するんだから、準備して行くわ! 明日よろしくね!」
ケイは最後に「ありがと!」と言い残し、そそくさと女子寮へ帰っていった。
ケイはなんやかんやで意外と真面目な性格だ。この後も、多分机に向かって資料作成に取り組むのだろう。
一方の俺はというと、部室で道具を並べ、自由気ままに実験を始めていた。窓から差し込む夕暮れが、試験管の中で揺れていた。
翌日――放課後になり、ケイは終礼が終わった後、急いで俺を引き連れて大会議室へ向かって行った。
「ここが入口よね? 変ね、入れないじゃない!」
彼女の言う通り、何故か鍵が掛かっていて、まだ入れなさそうである。「しまった、15分前だった! アタシ、この会議に初めて参加するから、緊張するわ……」とケイは手元に資料を持っていた。
彼女は昨日から今日にかけて、会議用に資料を作っていたのかもしれない。
(でも不思議だ。王族子女会議なんて、聞き覚えがない……本当にこの会議は行われるのだろうか?)
大人しく待っていたところ、俺たち以外にも誰かがやってきたようだ。
「あれ……人間が、なんでこの会議に来てるんだよ?」
彼は陰湿な顔をしながら、小馬鹿にした口ぶりで話しかけてきた。
「メタノ! それは、今日会議があるってこの招待状に書いてあったからよ」とケイは招待状を彼に見せる。
(なるほど。コイツが第9王子か――人相の悪い顔をしてやがる)
「残念でした〜。その招待状、パチモンじゃない? この王族子女会議に出られるのは、1から9位までの王子と、1から3位までの王女だけ。人間が出しゃばるなよ〜」
「なんですって?!」
「それはこっちのセリフだ、消えなよ」
誰が見ても一目でわかる、喧嘩が始まったような雰囲気だった。彼女はキレそうになっているけど、参加できない悔しさが滲んでいる――赤く充血した目がそれを物語っていた。
そんな姿を見て、放っておくのは気の毒だと思い、俺は第9王子から聞いた話について、正直な感想を述べることにした。
「ふぅーん。つまり、第9王子殿は今日開催される王族子女会議のメンバーの中では、一番下っ端ってことなんすね。頑張ってください」
「おいッ! 馬鹿にしてるのか?」
「いいえ、あなたの言葉をそのまま言い換えただけです」
「何を! 人間の分際でッ!」
「ん? それって、あなたの持論なのでは?」
「なんて弁が立つんだ……クソ!」
ケイは、いつもと違う俺の饒舌な様子に戸惑ったのか、ポカーンと口を開け、呆然としているようだった。
そんな俺と第9王子の口争いに気がついたのか――他の王子たちがやって来た。
「あれ……どうしたんだい?」と『どこかでお会いした気がする?』と思わせられる人物に声を掛けられた。
キリッと引き締まった茶色の瞳に、整えられた茶髪をオールバックにした堂々たる王子――大柄な体格と相まって、彼が纏う気品には自然と目を引かれる。
「うす」と、その王子と一緒に……なぜかニコがいて、俺たちに挨拶してくれた。ニコは実験部の部員だし、バイクを見に行った仲だ。「うす」と挨拶を返す。「ニコ……あんた?!」とケイはニコが現れると思っていなかったらしい……驚いている。
「こいつら勝手に、今日の会議に出られると思ってきたらしいですよ。第10王子と第4王女なのに」と例の第9王子が俺とケイを軽蔑するような顔で睨んでいた。
一方、ニコはその話を聞いて疑問に思ったようで、スマホを取り出し、とある画像を俺たちに見せてこう言ってくれた。そして、第9王子を指差していた。
「ん? それは違います。第9王子が作った偽物の招待状をケイたちは受け取って、ここにきたんだと思います。会議用フォルダの中に、なぜかこの王子が作っていた書類があって、気になったので写真を撮ってきました」
彼の画面を見ると、【ファイル名:招待状(ウソなので開かないで下さい)】、【作成者:メタノ・ジェラル】と書かれてあった。思わず呆れるほどのリテラシーの低さだ。
(第9王子、頭悪くないか?)
さすがにこれでどちらが悪いのか明らかだ。例のガタイの大きい王子は彼のことを険しい顔で見て、説教を始めた。
「そうか……! メタノ、君は大嘘つきだ。そういうの良くないぞ?」
「わかりましたよ〜! 今回は冗談で行ったんです、第2王子様。次からは絶対しないので!」と第9王子は悪態を吐きながら、大会議室内へそそくさ入っていった。
彼の様子を見て、「ハァ〜」と大きなため息をつく第2王子は、俺たちの方を向いて、頭を下げる。俺は、こんな上位の王子様が頭を下げるなんて、ある意味、これも事件じゃないかと思った。
(謙虚すぎるだろう……)
「いやいや、頭を下げちゃダメですって! 第2王子様!」とケイも慌てた様子で驚きを露わにしていた。
「すまなかった、二人とも。ここまで来させてしまって。代わりに私が会議内容をまとめておくから、あとで議事録を渡すよ。後、君はケイさん? だっけ。手元に持っている資料をお借りしても良いだろうか? わたしからみんなに、会議で情報共有しておくさ」
そう言って、彼はケイに右手を差し出していた。
「えっ……いいんですか? ありがとうございます!」とケイは元気な声で彼に渡す。
(落差がすごい……この王子様は、めちゃめちゃ善人だ!)
俺は『おぉー』と感心していたところ、第2王子は俺を見て、優しく話しかけてくれた。
「君は……アダムくんだっけ? 始めまして。わたしはダン・オーガーだ。わたしの父から、君は最年少で研究取扱者の資格を取ったと聞いた。未来のために、これからもよろしくな」
『オーガー』の名前を聞いて、研究取扱者試験の審査員だったバグさんを思い出した俺は、やはり息子さんだったのかと納得した。
「あっ! やはりそうでしたか……アダム・クローナルです。こちらこそ、よろしくお願いします」
お互い、自己紹介も兼ねた挨拶をした後、握手を交わす。
(人としても、カッコ良すぎるだろ……。女だったら惚れてたかも。あっ、今は男だから惚れんけど)
会議に参加はできないけど、彼の神対応で『結果オーライ!』と思うことにした。それに、会議に参加しないで、彼の方で自ら資料を作ってくれるなんて……優秀過ぎる。前世でこういう仕事のできる上司や部下に会いたかった……。
「じゃあ行こうか、ニコ」と言って、第2王子は会議室に入ろうとしていた。ニコはそのまま、すぐ会議室の中に入ってしまった。
「えっ……ニコ、あなた……」とケイは半信半疑な様子で彼の背中を見ている。
すると、第2王子がケイの様子を見て、詳細を教えてくれてから、会議室に消えていった。
「あぁ。ニコは――第6王子だ。今度作成した議事録でわからないことがあれば、私やニコに聞いてくれ。では」
一般科の生徒に俺たち以外にも王族がいるとは思っていたが、まさか、同じ実験部のニコが第6王子だったとは。
しかも、一桁。
俺はいいことを考えた……『王位戦、ニコにも出てもらおうかな?』と。
そう思いながら、今日も実験しようかなと思っていたのだが……ケイに質問された。
「はぁ〜。会議の参加権がないだけでも驚きだったのに、ニコが第6王子だったなんて……もう頭がついていけないわ。仕方ないわね。ところで、あんたは悔しいと思わなかったの? 今の出来事」
「悔しいって感情は、一切思わない。会議は非効率過ぎるから、俺は興味ないな。会議に出るぐらいなら、実験の試薬を作った方が楽しい。ニコも会議に興味ないタイプだろうから、今日の会議に出席するのは……意外だと思った」
「さすが研究オタク! あんた、本当にブレないわね。じゃあ、今日はこのままアンズのお店に行きましょう」
(えっ、俺……部室に行こうと思ってたんだけど)
断ろうと思ったけど、ケイがまた奢ってくれるそうだ。しかも、今日はアンズがバイトでそのコーヒー屋さんにいるらしい。それなら話は別だ。俺たちは彼女が働いている職場へ向かった。彼女は笑顔で業務に励んでいた。
「アンズ〜! 頑張ってるじゃない? ホットコーヒー2つと、アダムが好きそうなクッキーを頼むわ」
「ケイちゃんに……アダム?! なんで二人とも、ここにいるのー?」
アンズは俺たちの注文を入力しながら、驚きを隠せずにここへ現れた理由を聞いている。
「今日の会議、本当はなかったのよ。例の第9王子に、偽の招待状を渡されたの」とケイは腕を組んで、困った表情をする。
「それは辛かったね、なんなの、その王子! クッキー以外に、二人分のケーキをサービスしとくね。ゆっくりしていってね!」
そう言って、アンズは一瞬怒っていたが、いつもの愛嬌ある顔で俺たちに商品を渡してくれた。
(かわいい……!)
商品を受け取った後、彼女の姿が見える席に座り、コーヒーの香りを深く吸い込んだ。
「アンズが俺を味方にして怒ってるところなんて、初めて見たかも」と思わずケイに漏らした。
「そうね〜。なんだか嬉しいわ。アタシ、こんな素敵なお友達に出会えるなんて思ってなかった」とケイもらしくない本音を俺に言ってきた。
俺たちはアンズのバイトが終わるまで、のんびり過ごすことにした。アンズが最後までバイトをこなしたのを見届けた後、3人でファミレスに行き、夜食を食べた。
これももちろん――ケイの奢りだった。
その時、アンズに、「実はニコも王族だったんだ」と伝えたら、「そんなことあるんだ?!」とやはり驚いていた。
【余談】王子たちの名前の由来
<第2王子>ダン→ダントロレン(Dantrolene)
<第6王子>ニコ→ニコランジル(Nicorandil)
<第9王子>メタノ→メタノール (methanol)
<第10王子>アダム→アダリムマブ(Adalimumab)