【王位戦エントリー編】一緒にいてくれて、ありがと……ね…… ※アダム→第三者視点
※物語の中盤から、アダムから第三者視点に切り替わります。
イブの【3】のアザが双子の【12】・【13】と共鳴し、凄まじい回復力を目の当たりにする。
乏尿状態だった尿量が増えていき、心拍数も正常値に戻っていく。
何より、双子の顔色が、さっきまでの青白い状態とは違い、やや赤みを帯びていた。
(腎機能と心機能が短時間で正常になるなんて、どういうメカニズムなんだ?)
俺はタブレットを開き、「回復魔法」の根底から調べてみた。
(なるほど。全身の細胞に天使族の魔素を送り込むことで、失われた生命エネルギーが血液や熱に変換され、中和・排出作用を促進させる、と……)
贅沢な魔法だ。
元の健康状態に戻すことができてしまうなんて。
だが、嫉妬の気持ちは全く湧かなかった。
むしろ、今回リスクを冒してまで行動してくれたイブに、心からの敬意を表したい。
そう考えているうちに、部屋中を満たしていた光がすうっと収束した。
「終わったわ、お兄様」
振り返ったイブの顔は、やり遂げた達成感で微笑んでいたものの、真っ青だった。
彼女自身、本格的な回復魔法の施術は初めてだと言っていた。
その莫大な魔力消費は、彼女の小さな身体にかなりの負荷がかかってしまったのだろう。
膝から崩れ落ちそうになったイブの身体を、俺は咄嗟に両腕で支えた。
「イブ、大丈夫か?」
「魔力を思ったより使ってしまったみたい。ありがとう、アダムお兄様……」
イブは長く息を吐いてから、手のひらに乗った【3】の義眼を見つめる。
そして、やや震える手でゆっくりと右の眼窩へはめ直した。
カチリと装着し終えると、彼女は両目をパチパチとさせた。
「お見苦しいところをお見せしましたわ」
「いや、よくやったよ。君の勇気で、双子が助かったんだ」
「それはどうも。それより、お兄様。私、汗をかいてるから……」
支えた腕から伝わる彼女の体温が熱く感じられた。
「熱でもあるのか?」
「いいえ。競走馬で例えると、白い汗が出ている状態ですわ」
面白い。
回復魔法を使い、体力を限界まで消耗した直後だというのに、趣味を絡めたキレッキレな回答が返ってきた。
「じゃあ、帰ろうか」
「えぇ。そうしましょう」
お互いに目を合わせ、安堵したのも束の間。
『まずい!』
『強大な魔力が! 二人とも早く逃げて!』
バロさんとルパタの緊迫した念話が、脳内に直接響いた。
ルパタだけでなく、バロさんまでもが焦っているのは……珍しい。
――なんて、能天気なことを考えた自分自身を殴りたい。
ドンドンッ!
病室の扉を乱暴に叩く音が響く。
それだけなら、しかるべき対処を取れた。
「おいっ! 開けろ!」
最悪なことに聞こえてきたのは、担任である第11王子の声だった。
「マジかよッ」
俺は小声で悪態をつく。
「お兄様、お知り合いの方?」
イブも声を潜めて聞き返してくれた。
「いや、アイツは犯人側だよ」
「そうですのね? では、コレを使いますわ」
取り乱すこともなく、イブは至って冷静だった。
彼女はかけていたスポーツサングラスを、天井に向かって高く放り投げた。
「ニカさん、来てくださいなー」
「りょーかい」
床に落ちる直前、サングラスの形がぐにゃりと歪み、ヒトの姿――ニカさんに変わった。
「やっほー。吸血鬼族の奥義・移動魔法を使うから、二人とも、僕に捕まって〜」
相変わらず、ニカさんもイブと同じようにマイペースだ。
「ニカ、行きま〜す!」
前世では有名だったロボットアニメで聞いたことのあるキャッチフレーズに、イブがクスッと笑う。
そのささやかな笑い声が耳に入った途端、俺たちの視界が切り替わり――。
「お久しぶりですね、アダムくん」
「リュウコさん?!」
気がついた時には、車の中にいた。
運転席にはニカさんの奥さんであるリュウコさんが座っており、ペロペロキャンディを助手席のニカさんへ差し出していた。
「貴方、よく頑張りましたね」
「うん。久しぶりの長距離移動だったから、汗が止まらないよ〜!」
ニカさんは文字通り、雨のような大量の汗をかきながらも、食欲だけは衰えないらしい。
嬉しそうにペロペロキャンディを口に詰め込んだ。
一方で、俺とイブは後部座席に並んで座っていた。
「すぅ……」
イブはもう体力が限界だったらしい。
パタンと俺の肩に頭を預け、そのまま眠ってしまった。
「寝ちゃったね。とりあえず、ここを出ようか」
「えぇ、そうしましょう」
ニカさんとリュウコさんが手短に打ち合わせをし、現在いる病院裏の駐車場から、イブが通っている乗馬クラブへ移動することになった。
ずっと寝ているイブを起こすのも可哀想だし、俺も一緒についていくことにした。
「イブ、お疲れさん」
俺の語りかけに、イブはぐっすり眠りながらも、どこか嬉しそうに「うん……一緒にいてくれて、ありがと……ね……」と寝言を返してくれた。
* * *
アダムたちが病院から離れていく一方で、病室前では。
「結界が緩くなった。今がチャンス……」
ドンドンと扉を叩くのを諦めた第11王子――一般教師のホルムは魔法を用いて、強制的に病室の扉を破壊しようとしていた。
中にいる双子の状態なんぞ興味ない。
なぜなら、ホルムたちは最初から双子の生命を断つ計画を立てていたからだ。
「じゃあな……。もう苦しまなくて済むぞ」
教師らしく、わざと作り上げた優しい声で最後の挨拶を済ませた。
まさにトドメを刺そうとしていたところで、先ほどの結界とは桁外れな、支配的な魔力がホルムの背中に突き刺さった。
「グゥッ……!?」
「何をしている。殺意の気配を感じたが?」
廊下に響き渡る、威厳に満ちた声。
カツカツと優雅に近づいてくる足音。
「それは――!」
言い返そうとしたホルムだったが、声が出なかった。
よりによって、相手は格上すぎる存在だった。
「何か言い訳でもあるのか。その病室には双子の王子が眠っているのだろう。どうして教師が、祝日にわざわざ出向く必要がある? 私が入る。お主は下がれ」
威圧的な態度だが、刃向かうことなど許されるわけがない。
実際に、過度の緊張のせいか、ゴクリ、と唾を飲み込む音が静まり返った廊下で響いてしまった。
その間抜けな音を誤魔化すように、ホルムは挨拶だけ告げて、去ることにした。
「……申し訳ございませんでした、国王陛下」
足早に立ち去るホルムの心中は、苛立ちで脳みそが沸騰しそうだった。
艶のある黒髪に、切れ長のグレーの瞳。
アダム・クローナルと同じ髪色に、よく似た目つきだ。
国王の姿が、自分の教え子であり、忌々しき第10王子にそっくりで、ホルムは奥歯を噛み締めることしかできなかった。




