【王位戦エントリー編】君なら、ブレイクスルーを起こせる 〜【3】と【12】と【13】〜【※】
※本エピソードには、一部、自傷やグロテスクに感じる可能性のある描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。
ふーっとコーヒーを冷ましながら、イブが俺に話しかけた。
「お兄様は、誰とこちらへ?」
「俺の師匠のバロさんと、友達のルパタだよ」
「……お二人とも男性?」
少し眉間に皺を寄せるイブ。
「もちろん」
「わかりましたわ。そういえば、ルパタ王子はニカさんの研究を手伝う間柄だと聞いておりますわ」
彼女は、少し冷ましたコーヒーを、一気に飲み干した。
「苦いの、平気なのか?」
「えぇ。私の人生に比べたら、大したことないわ……。さて、行きましょうか?」
サングラス越しでも、どこか憂いを帯びた表情を見せる彼女と共に、俺は病院へ足を踏み入れた。
「イブ、まずは俺に任せて」
入院病棟の受付で、交渉を始めようとしていた俺たちの前に、先日の男性医療スタッフが現れた。
「あれ、君はザダ校の……」
「すみません。今日はお見舞いではなく、研究でやってきました」
「うん。白衣を着てるもんね。でも、本当に?」
相手は半信半疑の様子だった。
「一応、これが証拠です」
俺は例の研究取扱者の資格証を、白衣のポケットから取り出して提示する。
「げっ……本当だ……! でも、一体、今日はなぜ?」
相手もそれが国家資格だと、ひとまず理解はしてくれたものの、まだ納得はしていない。
俺は一歩踏み込み、交渉に出た。
「先日、病室に伺った際、アロマの匂いがしました。誰が施したのかわかりませんが……あの揮発性成分は、現在の双子の容態において、代謝の負担になる懸念があります。これより、患者のQOL向上のための環境改善を兼ねた、機密研究を行います。成分濃度管理が極めてシビアですので、終了まで関係者以外の入室はご遠慮ください」
専門用語を並べて畳み掛けると、受付の男も「研究なら仕方ないですね、どうぞ」とあっさり引き下がってくれた。
こうして、俺たちは双子のいる病室へ向かって、廊下を歩いていた。
「うふふ。お兄様ったら、交渉ごとに慣れていますのね?」
「俺も、これまでの人生で苦い経験があったからな。研究成果の横取りとか」
「へぇ、私と同じね」
「あぁ。苦い人生を味わってきたからこそ、大切な命を救うことの重みが分かると思うんだ。俺も、君も。さてと……」
アンズと来た時よりも、ドアノブを握る手は軽く感じられた。
だが、ドアを閉めた直後――突如として、全身にずしりと圧力が加わる。
「ぐっ……!」
「素晴らしい。結界を張ってくれたわ!」
俺が膝をつきそうになっている一方で、イブは感心して目を輝かせる。
「そうか。俺には結界が見えないんだが……」
「お任せくださいな。見えなくても、声が聞こえれば、大丈夫ですわ」
イブに促され、耳を澄ます。
『二人ともよろしく頼むよ』
『僕たちが守るからね』
バロさんとルパタの声だ。
頭の中へ直接響いてくる。
二人が外を完全に封鎖してくれたのだと理解した。
ありがたい。
「アダムお兄様。結界が張られたことですし、そろそろわたくしも……」
「頼む。俺は何をすれば?」
「いてくれるだけでも心強いの。本格的な回復魔法を使うのは、今回が初めてだから」
「えっ」
予想外の告白に、一瞬だけ思考がフリーズした。
しかし、ここで「なぜ無茶をした?」などと野暮なことは絶対に言わない。
前世から地道に仮説と検証を繰り返してきた研究者として、今の俺にできるのは、彼女の背中を押すことだけだ。
「できるよ。君なら、ブレイクスルーを起こせる」
「あぁっ……!」
今度はイブの方が息を呑んだ。
彼女は俺から視線を外すように、双子が眠っているベッドの方へ進んでいく。
「ん、どうした?」
「な、なんでもないの。それより、お兄様はグロいの大丈夫かしら?」
「平気だが、どうして?」
きょとんとする俺に、イブは苦笑いした。
「理由を伝えるわ。王族同士で回復魔法を使う場合、お互いが持つアザを触れ合わせないといけないの」
「あー、そういや聞いたことがあるな。でも、双子は人間だからアザがないんじゃ……」
「双子はもう、人間じゃないわ。ほら見て。あるのよ、王族のアザが」
イブが双子の手のひらを上に向ける。
シロの左手には【12】、クロの右手にも同様に【13】とナンバリングされたアザが、赤く浮き上がっていた。
「触れ合わせるって、双子同士で……?」
「双子だけじゃないわ。私のアザも、そこへ重ね合わせないといけなくてよ」
俺の知る限り、イブの【3】の数字が刻まれているのは――彼女の右眼だ。
案の定、イブは双子の手を離すと、スポーツサングラスを外した。
「ちょっと驚かせますわね」
イブは自身の右瞼を指で押し開く。
そして、慣れた手つきで右目に触れると、ゆっくりと引き抜いた。
「痛くないのか?!」
「えぇ。もう取れましたので」
ポトン……と、彼女の白い手のひらに落ちたのは、眼球だった。
「私も最近まで、自分の右目が義眼だったとは知らなかったの。だから、お兄様が驚かれるのも、よくわかりますわ……」
一呼吸置いたイブは、「回復魔法をしますわ」とだけ告げて、詠唱を口にすることもなく、双子のアザへ直接【3】の眼球を押し当てた。
刹那、一室が白い光で覆われる。
その光の中で、俺はある人物の後ろ姿が、見えた気がした。
真紅色の髪に、白衣を纏った男。
かつて、この世界でバロさんたちと共に、研究に没頭した――今は亡きロイド氏。
輝く光の向こう側で、彼の幻影がイブの背後から俺たちを応援していて……錯覚だと分かっていても、俺は確かに頷いていた。




