【王位戦エントリー編】ラッキー。人間の女だから見えない ※アンズ視点
【※注意】主人公ではなく、アンズちゃん視点です。
ベッド脇で双子の様子を見守りながら、私は一人、病室で待っていた。
「うーん、遅い! お腹でも壊したのかな?」
なかなかアダムが帰ってこないから、じわじわと心細くなってきた。
「ハァ……ごめんね。シロくん、クロくん。私の独り言を聞かせちゃって……」
一人でしょんぼりしていたところへ、不意に、扉が重々しく開いた。
「あっ、おかえりな――」
「んー? あれ、お客さん?」
「っ……!」
私は体が凍りついたように動けなくなった。
扉の前に立っていたのは、圧倒的な威圧感を放つ人物。
直感……いや、生存本能が「逃げて!」と警鐘を鳴らしている。
(だ、誰なの……?)
動揺して固まっている私を見て、彼は底が知れない笑みを浮かべていた。
「ごめんて。驚かせたけど、大丈夫。レディ相手に取って食ったりはせんよー」
「わ、わかりましたっ!」
意外にも、方言で気軽に話しかけてくれた。
威圧感はすごいけど、実は怖い人じゃないのかも?
そう思ったのも束の間、私は返事をするだけで精一杯だった。
「フッ……いい返事やね。安心せい、俺は優しい王子やから」
(た、タンマ――! 前言撤回! 今、王子って言ったよね?!)
嫌な予感しかしない。最悪の事態だわ。
信頼できるアダムがいない無防備な状況で、知らない王子様と出くわしたくなかった。
私は気配を消して双子の側から離れ、俯きながら、病室の端にあるパイプ椅子へ腰を下ろそうとした。
だけど、その時。
王子様の声とはまったく別の、粘つくような声が聞こえた。
「ラッキー。人間の女だから見えない。今なら、息の根を止められるぜッ!」
(息の根を止める? なんて不謹慎な!)
思わず、声のした方へ目を移してしまった。
「あぁっ……」
私は素っ頓狂な声をあげていた。
青髪の王子様の右肩に――悪魔の羽根をパタパタと動かしている、黒いウサギの従魔がちょこんと座っていた。
本来、人間に従魔は見えない。
けれど、悪魔族のお父さんの血も引いている私は、うっすらとだけれど、その姿が見えてしまう。
「どしたん?」
「い、いや! なんでもないです!」
(うわぁ、危なかった……!)
「従魔だと分かっても、絶対に見えないフリをしなさい」とお父さんに釘を刺されていた。
悪魔と人間の半血だとバレてしまえば、どんな危険な目に遭うか分からないから。
それでも、ひとまず誤魔化せたことにホッと胸を撫で下ろした。
(ふぅ、セーフ! 私の演技、女優さん並みに完璧だったかも!)
しかし、その安堵は一瞬で打ち砕かれることになった。
黒ウサギの従魔は王子様の肩から飛び降りると、あろうことか、双子の点滴チューブをカリカリと噛み始めた。
(やだ! なんてことを――!)
今すぐ、その前歯を引き剥がしたい。
けれど、相手は悪魔族の王子様。
「止めてください!」なんて叫んでしまったら、自ら正体をバラすことになる。
かといって、双子が亡くなるのは、もっと嫌――!
考えるよりも先に、声が出ていた。
「あの――!」
叫んだ瞬間、王子様は氷のように冷たい瞳で私を凝視した。
同時に、黒ウサギは点滴チューブを噛むのをやめ、ニヤリと口角を吊り上げる。
「おいおい、なんか俺の方を向いてるな。あっ、見えてるのかぁ? そうだ! この人間の目ん玉、抉ってやろうかなぁっ!」
黒ウサギの従魔が弾丸のような速さで迫ってきた。
もうダメ!
見えないフリなんてできないっ!
お願い、アダム!
神様でも、誰でもいいから、助けてっ!
バタンッ――!
乱暴な音と共に、扉が蹴破らんばかりの勢いで開いた。
「ちょっと、シアンさん! 何やってるんですかー?」
響き渡ったのは、私のお父さんに、あまりにもそっくりな声。
私は弾かれたように扉の方を振り返った。
そこに立っていたのは、深紫の瞳に、紫髪の青年。
特別科の制服を纏い、背中にはギターを抱えている。
心底面倒くさそうに、「ゲホ……ッ」と咳払いをした彼の頭上には、一匹の黒猫の従魔が座り、黒ウサギを威嚇するように低く喉を鳴らしていた。
「助かった!」と言いたいところだけれど、ある意味、さっきよりも最悪な状況だった。
だって、目の前にいる青年は私の従兄で、私のことを「出来損ないの人間」だと舐めきっている、ものすごく厄介な親戚――第4王子のノイラ・サターンなのだから。
「ノイラやん。奇遇やねー」
「奇遇? それよりも、シアンさん。その不浄な従魔を早く退けてくれませんか? そこにいる平凡な人間の女の子の顔をジロジロ見たりして、とっても目障りなんですけど?」
(カッチーン! 「平凡」に「人間」って、完全に私のことを馬鹿にしてるよね!)
相変わらず辛辣な発言をする第4王子に対して、頭に来たのは、私だけではなかったらしい。
「クソクソクソッ!」
黒ウサギの従魔が悪態をつきながらも、第4王子と黒猫の従魔に気圧されたのか、不服そうにシアン王子の肩へ逃げ帰った。
「まぁ、ノイラがお見舞いに来たんなら、俺はいいや。ちょっと人を待たせとるし、帰るわ。ほな」
シアン王子は興味を失ったようで、ひらひらと手を振り、従魔と共に病室を出ていった。
王子と黒ウサギが去った直後、私は膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えた。
まずは、お礼を伝えないと。
「ありがとうございました。ノイラ・サターン様」
「うーん、堅苦しいなぁ。あの時と同じ『ノイラくん』でいいよ。敬語も不要だから、アンズ」
「じゃあ、なんで……助けてくれたの?」
私の問いに、ノイラくんは傲慢に前髪をかき上げると、嫌味たっぷりに答えた。
「簡単なことだよ。これ以上、サターン家の恥を晒さないでほしいだけ。アンズのお父さんのせいで、おれの家は降格させられたんだ。全く、不愉快極まりないんだからさー」
フンと鼻を鳴らし、彼は私から視線を逸らした。
もちろん、私と目を合わせようともしない。
それでも、私は助けてもらったんだと確信していた。
ノイラくんは悪魔族の王子様で、従魔が見えている。
私を庇うために、わざとあんな言い方――「人間だから何も見えていない」という体で、割り込んでくれたんだと思う。
私のお父さんと瓜二つの顔をして、正反対の性格。
幼い頃のノイラくんは、もっと素直で優しかった。
今は王族という環境で毒されたのか、毒舌に磨きがかかっていた。
「それよりさ、一人で来たわけ?」
「いや、幼馴染と一緒だよ!」
「その子って、天使族?」
「ううん、人間の男の子だよ」
私の答えに、ノイラくんは「はぁ〜」とため息をついてから、「チェッ」と舌打ちをした。
「やっぱり、ここにはいないのかもね。じゃあね、アンズ。せいぜい人間らしく、大人しくしていなよ」
最後までトゲのある言葉を残して、ノイラくんはシアン王子を追うように病室を出ていった。
<余談>キャラクターの名前の由来
・ノイラ<アンズの従兄>:インフルエンザ治療薬【ノイラミニダーゼ阻害薬】から。
・バロ<アンズのお父さん>:インフルエンザ治療薬の成分名【バロキサビル】から。
今回のエピソードで、【サターン家の血筋】が明かされましたが、サターン家の男性陣は、名前の由来も同じ「インフルエンザ治療薬」繋がりだったりします。
次回もお楽しみに……。




