第9話 《百具操術》と狂戦士
俺はそのまま、ガラス棚へ向かった。
最初に見つけた時は、眺めることしかできなかった一冊。
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【SKILL BOOK:《百具操術》】
価格:150,000ゴールド
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商人を呼ぶ。
「これ、ください」
言ってから、少し気持ちよかった。
商人が鍵を開け、ガラス棚から黒い本を取り出す。
「150,000ゴールドになります」
硬貨袋を渡す。
中身を確認した商人が、これまでで一番いい笑顔を浮かべた。
「毎度ありがとうございます」
「いい顔するな」
「商人ですので」
清々しいくらい分かりやすい。
差し出された本を受け取る。
黒い表紙には、剣、瓶、縄、弓、短刀。様々な道具を模した紋様が刻まれていた。
そのまま本を開く。
「ここで使うんですか?」
「待てないんでね」
頁の中央から淡い光が溢れた。
光は本全体へ広がり、頁も表紙も細かな粒へ変わって消えていく。
代わりに、新しい表示が開いた。
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【GENERAL SKILL】
新たな一般スキルツリーを獲得しました。
《百具操術》
一般スキルツリー①へ登録します。
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「よし!」
すぐにスキルツリーを開く。
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【SKILL TREE】
専門:《錬金術》
一般①:《百具操術》
一般②:未選択
所持SP:9
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《百具操術》を選ぶ。
枝分かれした光の線が、一気に視界へ広がった。
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【《百具操術》/取得可能】
《投擲補正Ⅰ》 SP:1
《高速取出Ⅰ》 SP:1
《道具切替Ⅰ》 SP:1
《連続操具Ⅰ》 SP:1
《携行把握Ⅰ》 SP:1
《設置補助Ⅰ》 SP:1
《散布補正Ⅰ》 SP:1
《使用安定Ⅰ》 SP:1
《近接操具Ⅰ》 SP:1
《遠投補正Ⅰ》 SP:1
《両手操具Ⅰ》 SP:1
《重量操具Ⅰ》 SP:1
《装填補助Ⅰ》 SP:1
《道具回収Ⅰ》 SP:1
《受渡補助Ⅰ》 SP:1
《起動補助Ⅰ》 SP:1
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さらに先には、まだ取得条件を満たしていない枝が何本も伸びている。
所持SPは9。
今の戦い方なら、取るものは決まっていた。
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【SKILL ACQUIRED】
《投擲補正Ⅰ》
《高速取出Ⅰ》
《道具切替Ⅰ》
《連続操具Ⅰ》
《携行把握Ⅰ》
《設置補助Ⅰ》
《散布補正Ⅰ》
《使用安定Ⅰ》
《近接操具Ⅰ》
消費SP:9
所持SP:9 → 0
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身体の中へ、何かが馴染んだ。
試しに腰の道具袋へ手を伸ばす。
視線を落とすより先に、指が狙った場所へ届いた。
道具を掴み、そのまま次の動作へ移れる。
「いいな」
作った物を戦場で使うなら、こいつは間違いなく役に立つ。
「また売れる物ができたら持ってきます」
「ええ。石鹸もお待ちしております」
「そっちか」
「もちろんです」
商会を出た俺は、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
◇ ◇ ◇
昇格してから、まだEランクの依頼は受けていない。
ギルドへ入って依頼板の前へ向かう。
採取、護衛、討伐。
せっかくなら、新しい素材が手に入る依頼がいい。
そう思いながら依頼票を眺めていた時だった。
「――ふざけるな!」
怒鳴り声がギルド中に響いた。
何人もの冒険者が振り返る。
受付近くに、依頼帰りらしい四人の冒険者と、一人の少女がいた。
一人は腕に包帯を巻き、別の男は頬に浅い傷を作っている。
そして、その正面に立つ少女の背には。
黒鉄色の刀身が大きく湾曲した《大曲剣》。
両手で扱うような大型武器なのに、その持ち主は小柄だった。
淡い銀桃色の髪を高い位置でまとめ、白と銀を基調にした軽装を身につけている。細身ではあるが、露出した腕や脚は前衛らしく引き締まっていた。
大きな赤紫色の瞳は、今は不安そうに揺れている。
「シルフィア! お前、自分が何したか分かってるのか!」
包帯を巻いた男が怒鳴る。
シルフィアの肩がびくりと跳ねた。
「……ごめんなさい」
「ごめんで済むか! 俺にあの剣を振ったんだぞ! あと少しズレてたら腕どころじゃなかった!」
「……本当に、ごめんなさい」
シルフィアは俯いたまま、ぎゅっと拳を握った。
リーダーが苛立ったように息を吐く。
「そもそも、自分のRAGEくらい自分で管理しろよ」
「……え」
シルフィアが顔を上げた。
「危なくなる前に《狂化》するなり、下がるなりできただろ。《狂戦士》なのはお前なんだから、そのくらい自分で判断しろ」
「でも……」
「何だよ」
リーダーが睨む。
「言いたいことがあるなら言えよ」
「……ない」
シルフィアは目を伏せた。
「ごめんなさい……」
「だったらもう分かるだろ」
リーダーは吐き捨てるように言った。
「俺たちは、もうお前と一緒には戦えない」
シルフィアの唇が僅かに震えた。
それでも。
「……分かった」
反論はしなかった。
「今まで、ごめんなさい。それと……ありがとう」
頭を下げる。
誰も何も言わなかった。
四人がその場を離れていく。
最後まで。
シルフィアの方を振り返る者はいなかった。
残された彼女は、しばらく俯いたまま動かなかった。
やがて。
「……はぁ」
小さく息を吐く。
目元を袖で乱暴に擦ってから。
「もう……さいあく…」
「……うぅ……」
大曲剣を背負ったまま、小さな身体を縮こませていた。
◇ ◇ ◇
俺は持っていた依頼票を戻した。
《狂戦士》。
前世のゲームでも、扱いの難しい職業だった。
戦闘で蓄積する《RAGE》を《狂化》で消費し、身体能力を大きく引き上げる。
上手く使えば強い。
その一方で、RAGEを溜めすぎれば判断力が崩れ、通常基準の2倍へ到達すると《オーバーRAGE》が強制発動する。
その性質上、ゲームではプレイヤーキラーか、ソロで動く狂戦士が多かった。
パーティ戦では仲間を巻き込む危険があるからだ。
ただし。
錬金術師が組む場合は、話が変わる。
前世でも、《狂戦士》のRAGE管理を錬金術師側から補助する構成はあった。
だからこそ。
さっきの話が気になった。
「シルフィア、だっけ」
声を掛ける。
びくっと肩が跳ねた。
振り向いた赤紫色の瞳には、まだ警戒が残っている。
「……な、何ですか?」
「悪い。さっきの話、聞こえてた」
「…………」
見る見る顔が赤くなる。
シルフィアの顔が一気に赤くなった。
「……もしかして、ずっと見てた?」
「まあ」
「うぅ……最悪……」
顔を覆おうとして、背負った《大曲剣》の柄を柱へぶつける。
ごつん。
「いたっ!」
「柱がな」
「分かってます!」
涙目のまま睨まれた。
少し元気が戻ってきたらしい。
「……それで、何ですか?」
「聞きたいことがある」
「私に?」
「普段、RAGEはどのくらいで《狂化》に使う?」
「え?」
シルフィアがぱちぱちと瞬きをする。
「……だいたい50くらいだけど。なんでそんなこと知ってるの?」
「今日は?」
シルフィアの表情が曇った。
「ボス用に残しておけって言われてたの」
「それで使わなかったと?」
「うん。そしたらボスが雑魚をどんどん呼んでさ!」
途端に身振りが大きくなる。
「倒しても増えるし、また増えるし! その間もRAGEは溜まるし――」
そこで、声が止まった。
「……途中から、頭が熱くなってたのは覚えてる」
「それでも温存した」
「……うん」
シルフィアが目を伏せる。
「気づいた時には全部終わってて……仲間を斬ってた」
シルフィアの声が小さくなる。
「……そっか」
「…………」
「なら、まだ何とかできそうだな」
シルフィアが顔を上げた。
「……え?」
「今日のは、《狂戦士》だからどうしようもなかったわけじゃないだろ。RAGEを温存する判断が外れて、限界を越えた」
「でも……私、仲間を斬ったよ?」
「それはそうだな」
シルフィアの顔が曇る。
「でも、もう二度と戦えないって話にはならない」
「……なんで、そんなこと言えるの?」
「《狂戦士》のことを知ってるから」
「知ってるの?」
「ああ。それに――」
俺は腰の道具袋を軽く叩いた。
「俺は錬金術師だ」
「……それが、何か関係あるの?」
「ある。《狂戦士》のRAGE管理を、錬金術で補助する方法がある」
シルフィアが固まった。
「……え?」
今度は、はっきりと俺を見る。
「そんなこと、できるの?」
「ああ。少なくとも俺は、その方法を知ってる」
前世でも、《狂戦士》と錬金術師を組み合わせた運用はあった。
RAGEを封じるんじゃない。
《狂化》の強さを残したまま、暴走しにくくする。
「ただ、お前のRAGEがどんな感じで溜まるのか、もう少し詳しく知りたい」
「…………」
シルフィアはしばらく俺を見つめた。
疑っているというより、今の言葉を飲み込もうとしているようだった。
「……ほんとに、また普通に戦える?」
「ああ。試してみる価値はある」
赤紫色の瞳が揺れる。
少し迷ってから。
「……じゃあ、教える」
「決まりだな。俺はアーサー」
「あ……」
そこで初めて、シルフィアが少し慌てた。
「そういえば名前、まだだった」
「今さらだな」
「だって、いきなりRAGEの話するから!」
さっきまでより少しだけ声が明るい。
「シルフィア。シルフィア・ベルクレイン」
「よろしく、シルフィア」
「……うん」
小さく頷いてから。
「よろしく、アーサー」




