第10話 魔鋼洞窟
魔鋼洞窟。
街から半日ほど離れた山間にある、Eランク向けのダンジョンだ。
岩壁には黒い鉱脈が走り、その隙間から青白い光が漏れている。洞窟の奥まで淡い光が続いているおかげで、松明がなくても歩く程度なら困らない。
「わぁ……綺麗」
隣でシルフィアが天井を見上げた。
俺も同じように上を見る。
確かに綺麗だ。
ただ、それ以上に気になるものがある。
「ちょっと待ってくれ」
「ん?」
壁際へ寄り、青白い光を放つ鉱石へ手を伸ばす。
――――――――――
【ITEM:魔鋼石】
属性:無
特性:《素材》《鉱石》《魔力伝導材》
潜在性①:《???》
潜在性②:《???》
――――――――――
「魔鋼石か」
魔力伝導性に優れた鉱石。
今すぐ必要というわけではないが、錬金装備を作り始めれば用途はいくらでも出てくる。
採れる時に採っておいて損はない。
採掘具を取り出し、岩壁から掘り出す。
一個。
二個。
三個目に手を伸ばしたところで、背後から声が飛んできた。
「アーサー」
「ん?」
「私たち、魔物を倒しに来たんだよね?」
「そうだな」
「じゃあ、なんで入ってすぐ採掘してるの?」
「そこに素材があるから」
シルフィアが何とも言えない顔をした。
「……錬金術師って、みんなそうなの?」
「他の錬金術師のことは知らん」
「絶対アーサーだけだよ……」
四個目を掘り出そうとしたところで、洞窟の奥から甲高い鳴き声が響いた。
「ほら! 来た!」
「ちょうどいい」
「何が!?」
暗がりから灰色の影が飛び出す。
額から鋼のような一本角を伸ばした、大型の兎型魔物。
《鋼角兎》。
三体。
一体目が地面を蹴った瞬間、シルフィアも飛び出した。
「よっと!」
大曲剣を振りかぶるのではなく、身体ごとくるりと回す。
銀桃色の髪が遅れて円を描き、そのさらに外側を黒鉄色の刀身が走った。
一体目を薙ぎ払う。
だが、そこで勢いを殺さない。
大曲剣に引っ張られるように身体を半回転させ、そのまま二体目の横へ滑り込む。
「はいっ!」
返す刃が《鋼角兎》を跳ね上げた。
力任せに見えて、違う。
重い大曲剣の勢いを止めず、次の動作へ繋げている。
まるで剣に振り回されているようで、実際には完全に使いこなしていた。
残る一体がシルフィアの背後へ跳ぶ。
俺は腰の道具袋へ手を伸ばした。
《百具操術》を取得してから、この動作に迷いがない。
灰色の球体を掴み、そのまま投げる。
――バンッ!
炎ではなく、衝撃が炸裂した。
《鋼角兎》が空中で弾かれ、岩壁へ激突する。
「なにそれ!?」
シルフィアが駆け寄ってきた。
「《炸裂玉》。《弾け胡桃》から作った」
――――――――――
【ITEM:炸裂玉】
属性:無
効果:《衝撃・小》
――――――――――
俺は転がった《鋼角兎》へ向かう。
角。
魔石。
使えるものは回収する。
そのついでに、さっきの魔鋼石も掘る。
「まだ採るの!?」
「当然」
討伐依頼だろうが、素材を置いて帰る理由はない。
◇ ◇ ◇
洞窟を進みながら何度か戦闘を繰り返した。
二体。
四体。
次は五体。
俺も《炸裂玉》や剣で戦っているが、やはりシルフィアの殲滅速度が頭一つ抜けている。
特に大曲剣との相性がいい。
踏み込んで斬る。
回転して薙ぐ。
振り抜いた刀身を無理に止めず、身体ごとその勢いに乗って次の敵へ向かう。
小柄なシルフィアが自分より遥かに大きな剣と一緒に、敵の間を踊っているように見えた。
「今、RAGEいくつだ?」
戦闘が終わったところで聞く。
「んー……48!」
昨日、拠点で聞いた仕様は、俺が前世で知っていた《狂戦士》とほぼ同じだった。
RAGEを《狂化》で解放し、その量に応じて身体能力を引き上げる。40を越えた辺りから精神への影響と解除後の反動が現れ始め、70を越えれば敵味方の識別まで怪しくなる。
100で強化効率は頭打ち。
それ以上はリスクばかりが増え、200まで溜めれば本人の意思とは関係なく《オーバーRAGE》が発動する。
初期の《狂戦士》なら、こんなものだ。
ちなみにスキル構成まで確認しようとしたら、
『あのね! フツーは人のスキルツリーなんて聞かないの!』
と断られた。
どうやら冒険者にとって、スキル構成は簡単に他人へ見せるものではないらしい。
ゲームでは他人のビルドを見るのが当たり前だったから、その辺りの感覚は気をつけた方がよさそうだ。
「じゃあ、次で使ってみてくれ」
「《狂化》?」
「ああ」
「いいよ!」
ちょうど奥から四体の《鋼角兎》が現れた。
シルフィアが嬉しそうに大曲剣を構える。
「《狂化》!」
赤い魔力が弾けた。
銀桃色の髪が魔力に揺れ、赤紫色の瞳が僅かに濃くなる。
そして。
「――わははっ! 来た来た!」
一体目へ飛び込む。
大曲剣を振り抜き、その反動のまま身体が回る。
二体目。
三体目。
踏み込み、回り、跳ねる。
普段から舞うような戦い方だったが、《狂化》するとさらに顕著だった。
一歩ごとに加速し、振り抜いた大曲剣の勢いすら次の攻撃へ変える。
「次っ!」
俺が狙っていた《鋼角兎》へシルフィアが突っ込んできた。
「それ俺の!」
「早い者勝ち!」
「おい!」
「わははっ!」
大曲剣が一閃。
《鋼角兎》が吹き飛んだ。
シルフィアはそのまま次の敵を探して周囲を見回している。
「もういないの?」
「終わりだ」
「えー! もっと来ればいいのに!」
なるほど。
RAGE48。
会話は成立しているし、俺と敵の区別もついている。
ただし明らかに好戦的だ。
普段の明るさや無邪気さが、そのまま戦闘へ向いている。
これも知っていた通り。
「解除してくれ」
「まだいけるよ?」
「敵がいない」
「探しに――」
「解除」
「むぅ……はーい」
赤い魔力が消える。
途端に、シルフィアの動きが鈍った。
「うぅ……身体おも……」
大曲剣を地面へ突き、そこへ身体を預ける。
「力入りにくい?」
「うん。足も遅くなる」
狂化終了後の反動。
RAGE40を越えた辺りから、こうした身体能力低下が出始める。
これも想定通りだった。
「少し休むぞ」
「さんせー……」
その場へ座ったシルフィアが、さっきまでの勢いはどこへやら、ぐでっと大曲剣へもたれかかった。
「お腹すいた……」
「それも反動?」
「普通にお腹すいただけ!」
元気はあるらしい。
◇ ◇ ◇
休憩を挟みながら、さらに奥へ進んだ。
もちろん、素材も拾う。
《鋼角兎》の角。
魔石。
そして魔鋼石。
特に魔鋼石は見つけるたびに採掘した。
==========
【魔鋼洞窟/途中採取】
《魔鋼石》:9個
《鋼角兎の角》:7本
《鋼角兎の魔石》:6個
==========
九個目を袋へ入れた時だった。
――ズン。
地面が揺れた。
シルフィアが顔を上げる。
――ズン。
通路の先に、大きな空洞が見える。
「……なんかいるね」
「ああ」
奥へ進む。
空洞の中央にいたのは、巨大な兎型の魔物だった。
《鋼角兎》より遥かに大きい。
全身を黒鉄色の体毛に覆われ、額から伸びる巨大な角は、青白い魔力を帯びている。
――――――――――
【MONSTER:《魔鋼大角兎》】
危険度:E上位
――――――――――
「でっか……」
シルフィアが大曲剣を構える。
「推定ボスってところか」
RAGEは現在38。
俺は道具袋から一本の小瓶を取り出した。
「シル」
「ん?」
投げる。
「わっ!」
危なっかしく両手で受け取る。
「《鎮心薬》だ」
シルフィアが瓶を見た。
「昨日言ってたやつ?」
「ああ。飲んどけ」
「分かった」
蓋を開け、一気に飲む。
直後。
「にっがぁ!?」
「薬だからな」
「聞いてない!」
「聞かれてない」
「次は甘くして!」
そんな注文をしている間に、《魔鋼大角兎》がこちらを向いた。
巨大な後脚が地面を蹴る。
「来るぞ!」
「もう!」
シルフィアが横へ跳ぶ。
直後、巨大な角がさっきまで立っていた場所を抉った。
速い。
巨体の割に、とんでもない瞬発力だ。
俺は《炸裂玉》を抜く。
投擲。
――バンッ!
衝撃が横腹へ直撃する。
だが、《魔鋼大角兎》は僅かによろめいただけだった。
「硬いな」
「じゃあ――!」
シルフィアが走る。
正面からではない。
巨体の周囲を回りながら、大曲剣を振るう。
一撃。
二撃。
三撃。
跳び退き、また踏み込む。
巨大な角を紙一重でかわし、その勢いのまま身体を回して後脚へ斬撃を叩き込んだ。
「こっちこっち!」
挑発するように笑う。
《魔鋼大角兎》がシルフィアを追う。
俺はその間に《絡み蔦玉》を抜いた。
「シル、跳べ!」
「はいっ!」
投擲。
蔦が後脚へ絡みつく。
続けて《硬化液》。
硬化した蔦が動きを止めた。
「今!」
「任せて!」
大曲剣が後脚へ叩き込まれる。
《魔鋼大角兎》が大きく体勢を崩した。
だが、まだ倒れない。
暴れる巨体。
振り回される角。
シルフィアはその間を縫うように動き続ける。
「RAGE!」
「58!」
戦闘が続く。
俺が隙を作り。
シルフィアが斬る。
敵が暴れれば距離を取り、また踏み込む。
「64!」
まだ。
《魔鋼大角兎》が咆哮した。
拘束を引き千切り、シルフィアへ突進する。
「シル!」
「見えてる!」
真正面から飛び込んだ。
角をぎりぎりで躱す。
大曲剣を地面へ突き、その柄を支点に身体を跳ね上げる。
くるりと回る。
着地と同時に、背後から斬撃。
「――69!」
あと一つ。
《魔鋼大角兎》が振り返る。
俺は《炸裂玉》を抜いた。
投げる。
爆発。
「70!」
来た。
「シル!」
「うん!」
迷いはなかった。
「《狂化》!」
赤い魔力が爆発する。
空気が震えた。
さっきの48とは明らかに違う。
シルフィアが顔を上げる。
深く染まった赤紫色の瞳。
大きく上がった口元。
「――わはははっ!」
大曲剣を担ぎ。
笑った。
「やっと本気でいける!」
飛び出す。
速い。
《魔鋼大角兎》が角を突き出す。
シルフィアは身体を沈め、その真下へ潜り込んだ。
そのまま大曲剣を振り上げる。
斬撃が腹を抉った。
「まだまだぁ!」
止まらない。
一撃の勢いで身体を回す。
二撃目。
三撃目。
大曲剣と一緒に踊るように、巨体の周囲を駆け回る。
「わははっ! 遅い遅い!」
かなり危ないテンションだ。
だが。
「シル! 左!」
「分かってる!」
返事が来る。
俺の声を認識している。
こちらへ攻撃を向ける様子もない。
RAGE70。
本来なら敵味方の識別が怪しくなり始める領域。
それでも、意識は保てている。
《鎮心薬》。
効いてる。
「アーサー!」
シルフィアが叫ぶ。
「こいつ、まだ立つよ!」
「なら倒せ!」
「それを待ってた!」
「わはははっ!」と笑いながら、シルフィアが地面を蹴った。
巨体の正面。
《魔鋼大角兎》が角を向ける。
シルフィアは直前で横へ踏み込んだ。
すれ違う。
その瞬間。
大曲剣を大きく振り抜いた。
黒鉄色の刀身が巨大な角の根元へ食い込む。
――バキンッ!
角が折れた。
《魔鋼大角兎》が大きく仰け反る。
「もらったぁ!」
シルフィアが回る。
一回転。
大曲剣に十分な勢いが乗る。
そのまま。
首へ。
叩き込んだ。
――ドォンッ!!
巨体が地面へ沈んだ。
洞窟に轟音が響き。
やがて。
動かなくなった。
「…………」
シルフィアが大曲剣を構えたまま、荒い息を吐いている。
「シル」
赤紫色の瞳がこちらを向いた。
「なに?」
ちゃんと俺を見ている。
「終わりだ」
倒れた《魔鋼大角兎》を見る。
「……ほんとだ」
少しだけ残念そうだ。
「解除」
「はーい」
赤い魔力が消えた。
そして。
「――うぁ」
膝が落ちる。
大曲剣を杖にして、何とか踏み止まった。
「おっも……!」
俺はその横へ回る。
「精神面は?」
「……平気。アーサーのことも、ちゃんと分かってた」
「なら薬は効いてるな」
ただし。
身体的な反動は残っている。
RAGE70。
攻撃力と速度の低下。
強い疲労。
《鎮心薬》で抑えられるのは、あくまで精神面ということだ。
そこまで確認できれば十分だった。
「動けるか?」
「ちょっと待って……」
「了解」
シルフィアを休ませ、その間に《魔鋼大角兎》を調べる。
まず折れた巨大な角。
――――――――――
【ITEM:魔鋼大角】
属性:無
特性:《素材》《魔獣素材》《魔力伝導材》
――――――――――
「お」
当たりだ。
通常の魔鋼石より魔力伝導性が高い。
それに、こっちもある。
《魔鋼大角兎》の胸部から魔核を取り出す。
――――――――――
【ITEM:大角兎の魔核】
属性:無
特性:《素材》《魔核》《魔力材》
――――――――――
角。
魔核。
硬質皮。
使える部位を回収していく。
「アーサー……」
壁際から恨めしそうな声がした。
「ん?」
「私が動けない間に、すっごい楽しそう……」
「ボス素材だからな」
「私より素材の方が大事?」
「比較対象がおかしい」
「そこは即答で私って言うところじゃない!?」
元気になってきたな。
俺は最後の素材を袋へ入れる。
しばらく休めば、シルフィアも歩ける程度には回復した。
「よいしょ……っと」
大曲剣を背負って立ち上がる。
まだ少し足取りは重いが、帰る分には問題なさそうだ。
「帰れる?」
「あったりまえ!」
一歩踏み出して。
ぐらっ。
「わっ」
腕を掴む。
「……今のなし」
「帰れる?」
「帰れます!」
「じゃあゆっくり帰ろう」
「むぅ……」
俺たちは来た道を戻り始めた。
初めての共闘。
RAGE70での《狂化》。
《鎮心薬》も、狙った通りに効いた。
そして素材袋には、魔鋼石と《魔鋼大角兎》の素材。
十分な成果だ。
ただ。
この時の俺たちはまだ知らなかった。
この洞窟での出来事が。
ここで終わるわけではないことを。
次話も更新予定です。
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