第8話 錬金術師の金策
――石鹸だ。
「そういえば序盤、これで散々金策したな」
石鹸そのものは珍しくない。この世界にも普通にある日用品で、商会の棚にも並んでいる。
だが、原料を精製して品質を上げ、そこへ《高級品》と《洗浄力UP》を載せれば話は変わる。前世では、序盤の錬金術師がまとまった金を作る定番の一つだった。
「石鹸……ですか?」
目の前の商人が、少し意外そうな顔をした。
「ええ。品質が良ければ、まとまった数でも買い取れます?」
「もちろん。ただ、普通の石鹸でしたら、こちらにも十分ありますので」
「分かってます」
まずは実物を作る。
値段の話は、それからでいい。
「出来たら持ってきます」
「では、楽しみにしております」
商人の口元が僅かに上がった。
相変わらず、にこやかな顔でこちらを値踏みしている。
俺は試作用の《鹸灰》を一袋だけ買い、店を出た。
◇ ◇ ◇
石鹸に必要な植物素材は、街の外でも採れる。
まずは《白香花》。
街からしばらく歩いた草地で、小さな白い花が群生している場所を見つけた。
一株を摘み取る。
――――――――――
【ITEM:白香花】
属性:草
特性:《素材》《植物》《香料》
潜在性①:《???》
潜在性②:《???》
――――――――――
表示は《???》。
だが、俺は知っている。
一つ目が《熟香》。
二つ目が《高級品》。
《潜在性継承Ⅱ》を取った今なら、どちらも引き出せる。
「まず十輪」
試作に必要な分を摘んでいく。
《獲得採取UP》のおかげで採れる量は増えているし、《採取素材品質UP》のおかげで摘み取った花の品質も底上げされている。
十輪なら、すぐに揃った。
続いて油脂原料。
草地から林へ入ったところで、黄色い花をつけた低木を見つけた。
枝には硬い実がいくつもなっている。
――――――――――
【ITEM:菜花椿の実】
属性:草
特性:《素材》《植物》《油脂原料》
潜在性①:《???》
潜在性②:《???》
――――――――――
《菜花椿》。
この実から作られる植物油が《菜種油》だ。
料理にも使われるし、錬金素材としても珍しくない。
十個ほど採り、帰り道で《清水》も二瓶分確保した。
これで試せる。
◇ ◇ ◇
街へ戻り、商業区の貸し工房を借りた。
最初は《菜花椿の実》。
《菜花椿の実》を三個、錬成釜へ入れる。
「《錬成》」
実から油脂が取り出され、一壺分の油へ変わった。
――――――――――
【ITEM:菜種油】
属性:草
特性:《素材》《油脂》
――――――――――
そこへ《清水》を加えて調合する。
「《錬成》」
濁りが消え、油独特の重い匂いも薄くなった。
――――――――――
【ITEM:精製油脂】
属性:草
特性:《素材》《油脂》《精製材》
――――――――――
次は《白香花》。
狙うのは潜在性②、《高級品》。
《精製油脂》と調合する。
――――――――――
【ITEM:香油】
属性:草
特性:《素材》《油脂》《香料》
潜在性①:《高級品》
――――――――――
もう一方は、買ってきた《鹸灰》と《清水》。
――――――――――
【ITEM:灰汁】
属性:火/水
特性:《素材》《液体》《洗浄材》
潜在性①:《洗浄力UP》
――――――――――
これで揃った。
《香油》と《灰汁》。
中級魔力分離器を調整して、二つの潜在性を残す。
「《錬成》」
光が収まる。
釜の中には、淡い色をした石鹸が十個並んでいた。
――――――――――
【ITEM:石鹸】
効果:《洗浄・小》
潜在性①:《高級品》
潜在性②:《洗浄力UP》
――――――――――
「できた」
一つを水に濡らして擦ってみる。
すぐに細かな泡が立ち、洗い流したあとにも嫌なぬめりが残らない。白香花の香りも強すぎず、手元に淡く残る程度だ。
「……これならいけるな」
試作品は十個。
《百具操術》は150,000ゴールド。
まとまった金を作るなら、量も必要になる。
一回で十個。
「二百個、作るか」
あと十九回分。
《鹸灰》も十九袋追加で必要になる。
翌朝。
商会で《鹸灰》十九袋を買い足した。
あとは、自分で集める。
◇ ◇ ◇
そこから三日間。
朝から夕方まで、街の外を歩き回った。
白香花。
菜花椿の実。
清水。
必要量ぴったりで切り上げる気はない。
精製すれば量は減るし、状態の悪い素材が混じることもある。余ったところで、錬金素材なら別の使い道はいくらでもある。
それに。
「お」
道端から赤い鉱石が覗いていた。
拾い上げる。
《火精石》。
当然、採る。
少し先では《硝火砂》。
林へ入れば、《絡み蔦》も見つかった。
石鹸の材料を集めに来たからといって、他の素材を素通りする理由はない。
一日歩くだけでも、採取袋はどんどん膨らんでいった。
二日目の午後。
低木の枝に、硬い殻を持つ胡桃を見つけた。
手に取ると。
ぱちっ。
殻の中で小さく何かが弾けた。
――――――――――
【ITEM:弾け胡桃】
属性:無
特性:《素材》《植物》《炸裂材》
潜在性①:《???》
潜在性②:《???》
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「弾け胡桃か」
火属性を使わない爆発物の基材。
《火花玉》とは別の攻撃手段に使える。
「これも貰ってくか」
採取袋へ入れる。
さらに《苦葉草》。
《青雫苔》。
《薬草》。
見つければついでに回収していく。
三日目には、持ってきた袋だけでは足りなくなっていた。
夕方。
さすがに持ち帰れる量の限界まで来たところで、採取を切り上げる。
貸し工房へ戻り、ここまで集めた素材を全部並べた。
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【採取成果】
《白香花》:267輪
《菜花椿の実》:248個
《清水》:57瓶分
《火精石》:7個
《硝火砂》:9袋分
《絡み蔦》:8束
《弾け胡桃》:13個
《苦葉草》:16株
《青雫苔》:12塊
《薬草》:21株
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「……採ったな」
石鹸の材料には十分余裕がある。
《火精石》や《硝火砂》も補充できたし、《弾け胡桃》はそのうち試したい。
目的の物だけじゃなく、次に作る物まで増えている。
やっぱり採取は楽しい。
◇ ◇ ◇
そこから二日。
工房に籠もって量産した。
《菜花椿の実》から《菜種油》。
《菜種油》から《精製油脂》。
《白香花》と調合して《香油》。
《鹸灰》と《清水》から《灰汁》。
そして《石鹸》。
同じ工程を繰り返す。
前世でも何度もやった金策ルートだ。
手順に迷うことはないが、雑にはできない。
精製が甘ければ仕上がりが落ちる。
逆にやりすぎれば歩留まりが悪くなる。
必要なところで止める。
百二十個。
百七十個。
そして二日目の夕方。
最後の十個が完成した。
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【完成品】
《石鹸》:200個
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「……多いな」
自分で作っておいてなんだが、二百個並ぶと結構な量だ。
それでも、採取した素材にはまだ余裕があった。
白香花も。
菜花椿の実も。
清水も残っている。
そして。
工房の端に置いた黒い皮へ目が止まった。
《重装種》から手に入れた一枚。
その隣には、《鎧猪の魔核》。
「……これも使えるな」
前世で作った、もう一つの金策用アイテムを思い出した。
◇ ◇ ◇
ただし。
魔核だけは、先にギルドへ持っていった。
「これが、黒い靄を見た魔核です」
異変については、すでに報告してある。
今回は錬金に使う前に、現物の記録を残してもらうためだ。
職員が魔核の大きさ、表面、魔力の状態を確認していく。
俺も横から見ていたが、黒い靄は現れなかった。
「現時点では、こちらでも異常は確認できません」
「分かりました」
「記録はこちらで残します。魔核自体は返却して問題ありません」
戻ってきた魔核を鞄へ入れる。
原因は分からないまま。
だが、記録は残した。
今はそれでいい。
◇ ◇ ◇
帰りに《なめし液》《硬木材》と抽出用の補助材を買い、工房へ戻った。
まずは《重装種》の黒い皮。
《なめし液》と《精製油脂》を加えて調合する。
「《錬成》」
硬かった皮が、強度を残したまましなやかに変わった。
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【ITEM:黒魔革】
特性:《素材》《革材》《工芸材》
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次は《鎧猪の魔核》。
《清水》。
抽出用の補助材。
三つを調合する。
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【ITEM:魔核浸液】
特性:《素材》《液体》《魔力材》
――――――――――
さらに《菜花椿の実》から作った《精製油脂》と《白香花》を用意する。
石鹸とは違い、今度は引き出すのは潜在性①
《熟香》。
《魔核浸液》を加えて調合する。
「《錬成》」
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【ITEM:熟香油】
特性:《素材》《油脂》《香料》
効果:《保香》
潜在性①:《熟香》
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続けて《黒魔革》と《熟香油》を調合する。
――――――――――
【ITEM:香熟革】
特性:《素材》《革材》《香具材》
効果:《芳香保持・小》
潜在性①:《熟香》
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あとは仕上げだ。
手持ちの《樹脂灰》と《錬金水《火》》から、必要な分だけ《研磨剤》を作る。
《自由調合》へ三つの素材を投入する。
《香熟革》。
《硬木材》。
《研磨剤》。
「《錬成》」
光が収束していく。
硬木材を芯に黒い革が形を作り、表面が滑らかに整えられた。
完成したのは、手のひらより少し大きな黒い箱。
――――――――――
【ITEM:魔香革匣】
特性:《嗜好品》《工芸品》《容器》
効果:《芳香保持・小》
潜在性①:《熟香》
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「よし」
白香花を少し入れ、蓋を閉じる。
時間を置いて開けば、柔らかな香りがふわりと戻ってきた。
狙い通りだ。
◇ ◇ ◇
翌日。
石鹸を詰めた箱を商会へ持ち込んだ。
商人が蓋を開ける。
「……石鹸ですね」
「石鹸です」
「随分ありますね」
「二百個」
商人の眉が少し上がった。
一つ取り出し、表面と香りを確認する。
さらに水を用意させ、泡立ちと洗い上がりまで確かめた。
二個目も見る。
三個目も。
しばらくして。
商人が顔を上げた。
「……運がいいですね」
「何が?」
「ちょうど高級宿から、客室用に上質な石鹸をまとまった数で探してほしいと注文を受けていまして」
商人が石鹸を置く。
「通常の査定なら一個600ゴールド前後でしょう。ただ、先方は急ぎで、数量もちょうどいい」
口元がにやりと上がった。
「一個660ゴールド。二百個、すべて買い取りましょう」
「お願いします」
「ありがとうございます」
商人が帳簿へ記入する。
俺はその前へ、黒い箱を置いた。
「あと、これも」
商人の手が止まった。
《魔香革匣》を持ち上げ、革へ触れる。
蓋を開ける。
中に残しておいた香草の匂いを確かめると、目つきが少し変わった。
「香りを保つための箱です。茶葉や香草、香木なんかに使えます」
「……面白いですね」
商人はもう一度蓋を閉じ、少し考えた。
「香茶を扱う上客への贈答品に回せそうです。こちらは20,000ゴールドで」
「お願いします」
帳簿に、二つの金額が並ぶ。
石鹸二百個で132,000ゴールド。《魔香革匣》が20,000ゴールド。売上だけで150,000ゴールドになる。
俺の視線が店の奥へ向く。
ガラス棚。
その中には、まだあの一冊がある。
――――――――――
【SKILL BOOK:《百具操術》】
価格:150,000ゴールド
――――――――――
今度は。
手が届く。
「……よし」
俺はそのまま、ガラス棚へ向かった。




