第6話 変異個体
さっきまでの戦い方じゃ、こいつには通じない。
《重装種》がゆっくりとこちらを向く。
槍は弾かれ、魔術もほとんど効かなかった。最後の《絡み蔦玉》も力任せに引き千切られ、Dランクの試験官すら一撃で吹き飛ばされている。
まともに正面からやり合えば勝てない。
「アーサー! どうする!?」
若い剣士の声を聞きながら、俺は重装種の足元を見た。
引き千切られた蔓。
その一部が、まだ両脚へ絡みついている。
「……残ってるな」
俺は鞄から《硬化液》を取り出した。
《絡み蔦玉》と《硬化液》。
前世では序盤に散々世話になった組み合わせだ。
《拘束・小》の蔓を、絡みついた状態で硬化させることで《拘束・中》相当まで引き上げる。
今回は蔓の大半を引き千切られている。
それでも、使うには十分だ。
「ギャアアアッ!」
重装種が地面を蹴った。
俺へ向かってくる。
「アーサー!」
「分かってる!」
棍棒が振り上げられる。
ギリギリまで引きつけ、俺は横へ飛びながら《硬化液》を足元へ叩きつけた。
パリン!
灰色の液体が飛び散り、脚へ残っていた蔓を濡らす。
淡い光。
次の瞬間。
ガキッ!
「ギッ!?」
重装種の身体が大きく傾いた。
絡みついた蔓が、その形のまま硬化している。
「よし」
やっぱり使える。
完全な《拘束・中》ほどじゃない。
それでも、さっきまで自由に動いていた両脚が明らかに鈍った。
「何したんだ!?」
「拘束を強くした!」
それだけ答えて、周囲を見る。
重装種だけに集中するわけにはいかない。まだ通常のゴブリンが残っている。
「残りを集めてくれ! 範囲型を使う!」
「分かった!」
今度は誰も戸惑わなかった。
盾持ちが前へ出てゴブリンを引きつけ、槍使いが横から進路を塞ぐ。まとまったところで、俺は残った範囲型《火花玉》を投げた。
「離れろ!」
ボンッ!
広がった炎がゴブリンたちをまとめて巻き込む。
そこへ魔術師の火球と弓使いの矢が続いた。
これで雑魚は任せられる。
俺は重装種へ向き直った。
足元の蔓には、もう亀裂が入り始めている。
時間はない。
残る攻撃アイテムは単体型《火花玉》一つ。
硬い皮膚を正面から抜く必要はない。
「顔を上げさせてくれ!」
若い剣士が俺を見る。
俺の手にある《火花玉》を見て、すぐに察した。
「口か?」
「ああ」
「分かった!」
若い剣士が右へ走り、槍使いが反対側へ回る。
「こっちだ!」
剣が重装種の腕を叩く。
傷にはならない。
だが、重装種が苛立って顔を向けたところへ、反対側から槍が掠める。
「ギャアアアアッ!」
怒声とともに口が開いた。
俺は《火花玉》を放った。
重装種が顔を振り、赤い玉は口の端で弾ける。
ボッ!
「ギャアアアアアッ!?」
炎が口元へ張りついた。
《接着》と《燃焼継続》。
黒い皮膚を無理に焼き抜かなくても、目や口の周りなら話は違う。
重装種が顔を掻きむしる。
「効いてるぞ!」
「今だ!」
槍使いが膝裏へ飛び込み、皮膚の隙間へ穂先を突き込んだ。
今度は弾かれない。
「ギィッ!」
重装種の膝が沈む。
若い剣士も同じ場所へ剣を叩き込んだ。
硬い場所を無理に狙う必要はない。
一度通る場所を見つけたなら、そこへ攻撃を集めればいい。
弓が顔へ飛び、火球が続く。
重装種が立ち上がろうともがいた。
その時。
バキンッ!
硬化した蔓が砕ける。
「拘束が切れた!」
重装種が片脚を踏み出し、棍棒を振り上げた。
狙いは槍使い。
近い。
「避けろ!」
間に合わない。
だが、棍棒が振り下ろされる直前。
横から大剣が割り込んだ。
ガァン!
「……試験官!」
吹き飛ばされた男が戻ってきていた。
口元には血が滲み、立っているだけでも辛そうだ。それでも大剣で棍棒を受け止め、重装種の腕を押し返す。
「何を止まってる!」
試験官が怒鳴った。
「やるなら今だ!」
全員が動いた。
槍使いが傷ついた膝裏へもう一度突き込む。
盾持ちが試験官の横へ入り、重装種の動きを邪魔する。
弓と魔術が顔へ集中する。
俺も剣を抜いた。
錬金アイテムはもうない。
だから、あとは剣でやる。
「アーサー!」
若い剣士が身体を退ける。
その先。
何度も攻撃された黒い皮膚に、亀裂が走っていた。
「そこだ!」
踏み込む。
十年間振ってきた剣を、その亀裂へ叩き込んだ。
硬い。
手が痺れる。
だが、刃は止まらなかった。
「入った!」
剣を抜く。
若い剣士と同時に、もう一度。
二本の刃が亀裂を広げる。
重装種の身体が大きく揺れた。
そこへ槍と魔術が続いた。
最後に試験官が大剣を引く。
「終わりだ!」
横薙ぎの一撃。
大剣が、俺たちの作った傷へ深く食い込んだ。
「ギ――」
重装種の動きが止まる。
棍棒が地面へ落ちた。
続いて巨体が傾く。
「離れろ!」
ズズゥン――!
地面が揺れた。
しばらく全員が武器を構えたまま様子を見る。
やがて重装種の身体が光の粒子へ変わり始めた。
終わった。
「……倒した」
槍使いがその場へ座り込んだ。
盾持ちも大きく息を吐き、若い剣士は地面へ仰向けに倒れる。
「死ぬかと思った……」
「同感」
俺も剣を下ろした。
腕が重い。
身体中が汗で気持ち悪い。
それでも、口元が少し緩んだ。
《絡み蔦玉》と《硬化液》。
知っていた組み合わせが、この世界でもちゃんと通用した。
しかも今回は、一度破られたあとの残骸からだ。
「お前、何笑ってんだよ」
若い剣士が寝転がったまま言った。
「上手くいったから」
「死にかけたんだけど」
「勝っただろ」
「……やっぱ変な奴だな」
そう言いながら、若い剣士も笑っていた。
その時。
視界に光が浮かぶ。
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【LEVEL UP】
Lv:4 → 6
SP:+6
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「二つか」
重装種一体で二レベル。
やはり、相当格上だったらしい。
前回からの上昇分と合わせて、所持SPは9。
今なら錬金術ツリーをさらに進めることもできる。
それに。
俺は手にした剣を見る。
今日の戦いでは、錬金アイテムだけじゃなく剣にも何度も助けられた。
一般スキルを空けたままでいいのか。
それも、一度考えた方がよさそうだ。
今決めることじゃない。
表示を閉じる。
「全員、動けるか?」
試験官が大剣を杖代わりに立っていた。
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫に見えるか?」
「見えないです」
「なら聞くな」
若い剣士が吹き出した。
試験官は俺たちを睨んだあと、重装種が消えた場所を見る。
そこにはいくつかのドロップ品が残っていた。
黒い皮。
大きな牙。
そして魔核。
思わず目が止まる。
「……おい、アーサー」
「何?」
「急に元気になったな」
「素材だからな」
「意味分かんねえよ」
気になる。
かなり気になる。
だが、今回は素材だけ見て終わるわけにはいかなかった。
《鎧牙猪》。
そして今回の《重装種》。
本来いるはずのない強敵との遭遇は、これで二度目だ。
一度目は俺しか見ていなかった。
今回は違う。
試験官も含め、全員が目撃している。
「試験官」
「何だ」
「戻ったら、ギルドに話したいことがあります」
男が俺を見る。
「今回の重装種についてか?」
「それも含めて」
あの黒い靄と今回の件が関係しているかは、まだ分からない。
でも。
二度目なら、黙っておく必要もないだろう。
試験官は小さく頷いた。
「分かった。話は戻ってから聞く」
「はい」
「その前にドロップを回収するぞ。終わったら帰る」
そこで若い剣士が、不意に顔を上げた。
「……そういえば、試験は?」
全員が止まった。
完全に忘れていた。
試験官は平然と答える。
「結果はギルドで伝える」
「重装種まで倒したのに!?」
「それと昇格試験は別だ」
「嘘だろ……」
若い剣士が頭を抱え、槍使いが笑った。
俺も少し笑いながら、重装種のドロップへ向かう。
本体Lv6。
所持SP9。
新しい素材。
それから、二度目の異変。
帰ったら。
やることは多そうだ。




