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外れ職《錬金術師》だったので、世界の果てまで錬成する  作者: nosic


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第5話 錬金術師の集団戦

翌朝。


街の南門前には、俺を含めて六人のFランク冒険者が集まっていた。


剣士が二人。そのうち一人は片手剣と盾を装備している。ほかに槍使い、弓使い、魔術師。そして、《錬金術師》の俺。


俺の鞄には、昨日試作したものに加えて、その後に残った素材で追加制作した錬金アイテムが入っている。


単体型の《火花玉》が一つ。

範囲型の《火花玉》が四つ。

《絡み蔦玉》が五つ。

《硬化液》が二本。


かなり作った。


その分だけ財布は軽くなったが、今日の試験で命を守ってくれると思えば必要経費だろう。


「全員揃ったな」


声を上げたのは、三十歳前後の男だった。


背には大剣。左頬には古い傷が一本走っている。腰につけられた冒険者証を見ると、ランクはD。


今回の試験官であり、俺たち六人の臨時パーティーをまとめるリーダーでもあるらしい。


男は俺たちの顔を順番に見回した。


「今回の目的はゴブリンの集団討伐だ。俺は基本的に戦闘へ手を出さない。ただし、死人が出そうなら介入する。その時点で、そいつの試験は終了だと思え」


さっきまでどこか気の抜けていた空気が、一気に張り詰めた。


「討伐数だけを見るわけじゃない。周囲を見て動けるか。仲間の邪魔をしないか。最後まで戦えるか。その辺りも全部評価する」


なるほど。


受付嬢から聞いていた通り、ただゴブリンを五体倒せば終わりという試験ではないらしい。


単独で戦うならともかく、今日は初対面の冒険者たちと集団戦をする。


俺にとっても、そこは少し勝手が違う。


「質問は?」


誰も口を開かない。


「なら、出発する」


試験官が歩き出そうとした、その時だった。


「……ちょっと待て」


若い剣士が俺を見た。


正確には、俺の腰に下げた冒険者証を見ている。


「職業、《錬金術師》?」


「ああ」


一瞬、妙な間が空いた。


次の瞬間。


「ははっ!」


剣士が吹き出した。


「おいおい。ゴブリン五体以上だぞ? 薬瓶五本作れば合格ってわけじゃないからな」


近くにいた槍使いまで、俺の職業欄を覗き込む。


その表情を見れば、何を考えているのかはだいたい分かった。


またか。


職業判定の日から、何度目だろう。


《錬金術師》。


それだけで、戦えないと思われる。


この世界で錬金術師が戦闘職として扱われていないことくらい、俺だって分かっている。


分かっているけど。


普通に腹は立つ。


「聞いてるよ」


「あ?」


「ゴブリンを倒すんだろ?」


剣士の口元が歪んだ。


「分かってるなら、後ろで大人しく――」


「お前ら」


低い声が割って入った。


試験官だった。


「黙れ」


それだけで、笑い声が止まる。


男は若い剣士を一瞥した後、今度は俺を見る。


「職業だけで落とすつもりはない。ただし、条件は全員同じだ」


鋭い視線だった。


「戦えないなら不合格。ついて来られないなら置いていく」


庇ってくれているわけじゃない。


錬金術師だから甘く見ることも、逆に不利に扱うこともしない。


純粋に、冒険者として見る。


それで十分だった。


「分かりました」


俺が答えると、試験官は小さく頷いた。


「行くぞ」


六人で南門を抜ける。


後ろから小さな声が聞こえてきた。


「……本当に大丈夫かよ」


振り返らなかった。


まあ。


見てろ。


◇ ◇ ◇


森へ入って一刻ほど。


先頭を歩いていた試験官が突然拳を上げ、俺たち全員を止めた。


「いるぞ」


声を落とし、木々の向こうを指す。


少し離れた場所を、小柄な影が七つ動いていた。


ゴブリン。


棍棒や錆びた剣、短槍を持っているが、見たところ妙な装備を持つ個体はいない。周囲の茂みに別の気配もなく、素直に七体だけと考えてよさそうだった。


ゲームでは雑魚の群れに面倒な個体が混じっていることもあったから、一応警戒しておくに越したことはない。


「ここからは自分たちで考えろ」


試験官が言ったのは、それだけだった。


指示を出す気はないらしい。


若い剣士がすぐに剣を抜いた。


「七体なら余裕だろ」


「待て。固まってる」


弓使いが止める。


「先に数を減らした方がいい」


俺も木の陰からゴブリンたちを見る。


中央に三体。その少し離れた場所に四体。


悪くない並びだ。


鞄へ手を入れる。


最初に試すのは、《絡み蔦玉》。


「おい」


若い剣士が俺を見る。


「錬金術師は後ろで――」


「そこ、三体固まってるな」


「は?」


最後まで聞かずに投げた。


緑色の玉が、三体の中央へ落ちる。


パキッ!


薄い殻が割れ、内部に押し込まれていた蔓が勢いよく飛び出した。


「ギャッ!?」


伸びた蔓が三体の脚や腕、胴へ絡みつく。


突然身体を引かれたゴブリンたちは踏ん張ることもできず、まとめて地面へ倒れ込んだ。


「……なんだ、それ」


若い剣士の声を聞きながら、俺は次の玉を掴む。


今度は赤い。


昨日、集団戦のために作った範囲型《火花玉》。


「離れろ!」


声を張る。


何をするのか分かっていない弓使いと魔術師も、俺の声に反応してすぐ距離を取った。


拘束された三体の中央へ投げる。


ボンッ!


赤い玉が弾け、炎が一気に広がった。


「ギャアアアッ!」


三体がまとめて炎に包まれる。


爆発そのものは小さい。


だが、地面へ広がった炎はすぐには消えなかった。


足を止めてから燃やす。


昨日考えた通り、《絡み蔦玉》と範囲型《火花玉》の相性はいい。


「…………」


横を見ると、若い剣士が口を開けたまま固まっていた。


「おい!」


試験官の声が飛ぶ。


「まだ終わってないぞ!」


残っていた四体が、ようやくこちらへ気づいた。


二体が剣士たちへ。


一体が槍使いへ。


そして、一体が真っ直ぐ俺へ向かってくる。


「ギギィィ!」


棍棒を振り上げながら突っ込んでくる。


速くはない。


俺は剣を抜き、振り下ろされた棍棒を半歩横へずれて避けた。


そのまま間合いへ踏み込む。


十年間。


職業判定を受けるまで、ずっと剣を振ってきた。


《錬金術師》になったからといって、それまで積み上げたものまでなくなるわけじゃない。


斜め下から剣を振り抜く。


「ギャッ!」


刃が胴を捉え、ゴブリンが地面へ崩れた。


すぐに周囲を見る。


盾持ちの剣士は一体を受け止めている。


槍使いも問題ない。


だが――。


「前!」


「っ!?」


若い剣士が俺を見る。


その背後。


もう一体のゴブリンが回り込んでいた。


振り返ってからでは遅い。


俺は二つ目の《絡み蔦玉》を投げた。


割れた殻から飛び出した蔓が、走っていたゴブリンの足首へ絡みつく。


「ギャッ!」


勢いを殺せず、ゴブリンが前のめりに倒れた。


「今!」


「お、おう!」


若い剣士が振り返り、そのまま剣を叩き込む。


残った二体も、槍使いと弓使いが仕留めた。


しばらくして、森に静けさが戻る。


焼けた草の匂いが鼻についた。


俺は周囲を確認しながら、鞄の中身も頭の中で数える。


《絡み蔦玉》は残り三つ。


範囲型《火花玉》は残り三つ。


まだ余裕はある。


試験官は何も言わず、倒れたゴブリンと俺たちを順番に確認していた。


その横で。


若い剣士が俺を見ている。


さっきまでとは、明らかに目が違った。


「……今の玉、錬金アイテムか?」


「ああ」


「三体まとめて止めたやつも?」


「あれも」


「…………」


何か言いたそうに口を開いて。


結局。


「ふーん」


それだけ言って顔を逸らした。


素直じゃないな。


まあ。


馬鹿にされるよりはマシか。


◇ ◇ ◇


試験はそのまま続いた。


次に遭遇したゴブリンは十体。


しかも今度は、さっきの七体のように一か所へ固まっていない。


木々の間へ横に広がり、こちらを囲むように動き始めている。


「多いな……」


槍使いが表情を強張らせた。


試験官は何も言わない。


こっちで処理しろ、ということだろう。


全員をまとめて焼くのは無理だ。


なら、分ければいい。


「左、止める!」


俺は《絡み蔦玉》を投げた。


蔓が広がり、左側から近づいていた二体の足を絡め取る。


「魔術師! そっち頼む!」


「分かった!」


すぐに炎の魔法が飛び、拘束された二体へ命中した。


俺が左へ意識を向けた間に、今度は右から三体。


「おい、錬金術師!」


若い剣士が叫ぶ。


「右が来るぞ!」


「見えてる!」


範囲型《火花玉》を取り出し、三体の少し手前へ投げた。


ボンッ!


広がった炎に先頭の一体が巻き込まれる。


後ろにいた二体はまともに飛び込まず、反射的に足を止めた。


それで十分だった。


「今なら行ける!」


槍使いが踏み込み、止まった一体の胸を貫く。


若い剣士も残った一体へ斬り掛かった。


俺のアイテムだけで全部倒す必要はない。


動きを止める。


進路を変える。


一瞬の隙を作る。


その後を仲間が取ってくれるなら、それでいい。


「まずい!」


声に振り返る。


弓使いの前へ、別方向から二体のゴブリンが回り込んでいた。


距離が近い。


弓を射る余裕はない。


そこへ、盾持ちの剣士が割って入った。


ガンッ!


振り下ろされた棍棒を盾で受ける。


「くっ……!」


もう一体が続く。


盾へ一発受けただけで、男の腕が大きく下がっている。


次は危ない。


俺は鞄から小瓶を取り出した。


「盾、こっち向けろ!」


「は!?」


「早く!」


男が何が何だか分からない顔をしながらも、反射的に盾をこちらへ向ける。


俺は小瓶を投げつけた。


パリン!


灰色の液体が盾へ広がり、表面を薄い光が走った。


直後。


ゴブリンの棍棒が振り下ろされる。


ガァン!


重い音。


剣士の腕は沈んだ。


だが。


今度は盾が軋まない。


「……なんだこれ!?」


「《硬化液》!」


「先に言え!」


「説明してる暇ない!」


「それもそうだ!」


男がそのまま盾を押し出した。


体勢を崩したゴブリンへ、後ろから矢が飛ぶ。


一体が倒れる。


残った一体も若い剣士が仕留めた。


最後のゴブリンが地面へ崩れたところで。


ようやく。


全員が息を吐いた。


さっきより戦闘時間は長かった。


敵も多かった。


それでも、一度目の戦闘ほど危なっかしくない。


誰かが敵を止めれば、別の誰かが仕留める。


前衛が押されれば、後ろが援護する。


まだ即席の集団ではあるが、少しずつ互いの動きが見えてきた。


「はぁ……」


俺も額の汗を腕で拭った。


その時。


視界の端で、淡い光が瞬いた。


――――――――――

【LEVEL UP】


Lv:3 → 4


SP:+3

――――――――――


「……上がった」


身体の奥へ熱が広がる。


鎧牙猪を倒した時ほど大きな変化ではない。


それでも、さっきまで少し重くなっていた腕が軽くなり、乱れていた呼吸も楽になっていくのが分かった。


本体Lv4。


所持SPは3。


すぐにスキルツリーを開きたい気持ちはある。


けれど、ここは森の中だ。


試験もまだ終わっていない。


「帰ってからだな」


表示だけ消す。


今ここで、新しいスキルを眺めている場合じゃない。


「……おい」


声を掛けられた。


若い剣士だ。


「あの絡むやつ。まだあるか?」


「あと二つ」


「次、俺が敵を寄せる。そこを止められるか?」


最初。


『錬金術師は後ろにいろ』


と言っていた男だ。


俺は少しだけ笑った。


「任せろ」


◇ ◇ ◇


それから、さらに二度。


ゴブリンの群れと遭遇した。


一度目は八体。


二度目は九体。


戦闘そのものは、最初よりずっと楽になっていた。


敵が弱くなったわけじゃない。


俺たちの動きが変わったのだ。


「アーサー!」


若い剣士の声が飛ぶ。


今度は。


ちゃんと俺の名前だった。


「右の三体、止められるか!」


「三体ならいける!」


《絡み蔦玉》を投げる。


蔓が広がり、三体の足をまとめて絡め取った。


「今!」


「おう!」


若い剣士と槍使いが同時に踏み込む。


動けないゴブリンへ、一体ずつ攻撃を叩き込んだ。


その背後。


別の二体が俺たちへ近づいてくる。


「来てる!」


弓使いが声を上げた。


振り返りながら、俺は《火花玉》を掴む。


「伏せろ!」


「了解!」


もう。


誰も聞き返さなかった。


範囲型《火花玉》を投げる。


爆発。


炎が広がる。


一体がまともに巻き込まれ、もう一体が進路を変える。


そこへ魔術師の攻撃が飛び、盾持ちの剣士が前へ入った。


戦い始めた時は、全員が自分の敵ばかり見ていた。


今は違う。


誰かが止める。


誰かが守る。


誰かが仕留める。


俺の錬金アイテムも、その一つに過ぎない。


でも。


それでいい。


六人で戦うなら、一人で六人分の仕事をする必要なんてない。


最後のゴブリンが倒れた。


若い剣士が剣についた血を払いながら、俺を見る。


「……お前、何体分だ?」


「さあ」


直接剣で倒した奴。


《火花玉》で焼いた奴。


《絡み蔦玉》で止めて仲間が仕留めた奴。


途中から数えるのをやめていた。


「五体でしたっけ?」


俺が言う。


若い剣士の頬が引きつった。


「……覚えてたのかよ」


「薬瓶五本だっけ?」


「悪かったって!」


「まだ何も言ってないだろ」


「顔が言ってんだよ!」


槍使いが吹き出す。


弓使いまで笑い始めた。


俺もつられて少し笑った。


その後ろで。


試験官だけは、口を挟まず俺たちを見ていた。


◇ ◇ ◇


昼を過ぎた頃。


俺たちは森のさらに奥へ進んでいた。


やがて、先頭を歩く試験官が足を止める。


「ここが最後だ」


その一言で。


全員の表情が変わった。


目の前の一帯には、それまでの森とは明らかに違う痕跡が残っている。


地面には何度も踏み固められた足跡。


乱雑に折られた枝。


食い散らかされた獣の骨。


木々の間には、枝や草を積んだ粗末な寝床まで見えた。


ゴブリンの巣だ。


「ここを潰せば試験終了だ」


試験官が言う。


「群れを率いている個体もいる。気を抜くな」


俺も鞄の中へ手を入れ、残りを確認する。


単体型《火花玉》が一つ。


範囲型《火花玉》が一つ。


《絡み蔦玉》が一つ。


《硬化液》が一つ。


思った以上に消費した。


今までの戦闘で出し惜しみしなかったのだから当然だ。


ただ。


ここを越えれば終わり。


最後の一戦を戦うには足りる。


「アーサー」


若い剣士が呼んだ。


「ん?」


「……右、頼めるか」


謝罪でも。


言い訳でもない。


俺を当たり前に戦力へ数えた言葉だった。


それで十分だった。


「ああ。任せろ」


剣へ手を掛ける。


「よし」


試験官が声を上げた。


俺たちは森の奥へ視線を向ける。


十数体。


これまでで一番多い。


その中央には、普通のゴブリンより一回り大きな個体もいる。手にしているのは粗末ながら、大きめの棍棒。


あれが群れを率いている奴だろう。


周囲にも目を向ける。


少なくとも、今見える範囲に別の魔物はいない。


「行くぞ!」


全員が走り出した。


最初は順調だった。


「左、二体!」


「任せろ!」


「そっち抜けたぞ!」


「こっちで止める!」


弓が飛ぶ。


魔術が走る。


前衛がゴブリンを受け止める。


俺も剣と錬金アイテムを使い分け、空いた場所を埋めていった。


これまでの戦闘で、お互いが何をできるのかはだいたい分かっている。


俺が敵の動きを止めれば、剣士か槍使いが入る。


前衛が敵を引き受ければ、弓と魔術が後ろから削る。


危なくなれば、盾持ちが間へ入る。


一体。


また一体。


確実にゴブリンの数が減っていく。


群れを率いる個体が、苛立ったように棍棒を振り上げた。


「ギャアアアアッ!」


「アーサー!」


若い剣士が叫ぶ。


「分かってる!」


俺は最後の《絡み蔦玉》を掴んだ。


あいつの足を止める。


そこへ全員で一気に叩き込む。


それで終わる。


そう思った。


その時だった。


――ズン。


地面が揺れた。


「……ん?」


俺の手が止まる。


若い剣士も。


槍使いも。


ゴブリンと斬り合っていた全員が、一瞬だけ森の奥へ目を向けた。


ズン。


もう一度。


さっきより近い。


ゴブリンの足音じゃない。


明らかに重すぎる。


木々の奥から。


何かが歩いてくる。


太い枝が押し退けられた。


そして。


巨大な影が姿を現す。


「……なんだ、あれ」


槍使いの声が震えた。


俺も。


すぐには言葉が出なかった。


ゴブリン。


それ自体は間違いない。


だが、普通の個体とはあまりにも違う。


背丈は通常のゴブリンの倍近くあり、腕も脚も異常なほど太い。


全身を覆う皮膚は黒く硬化し、まるで金属の鎧を何枚も重ねたように隆起している。


片手には、大人の胴ほどもある巨大な棍棒。


あんなものをまともに受けたら。


盾ごと吹き飛ばされる。


「……変異個体」


思わず口から言葉が漏れた。


若い剣士が俺を見る。


「知ってるのか!?」


「ああ」


ゲームにもいた。


通常の魔物から稀に発生する、能力の大きく変化した個体。


その中でも。


あの外見には覚えがある。


「《重装種》だ」


「強いのか?」


「普通のゴブリンだと思うな」


それよりも。


なんで、こんな場所にいる?


Fランク冒険者の昇格試験に使われる群れの中に紛れていていい相手じゃない。


鎧牙猪の時と同じだ。


本来なら。


ここには――。


「避けろ!」


考えを最後までまとめる暇はなかった。


重装種が地面を蹴った。


速い。


あの巨体からは想像できないほど、一気に距離を詰めてくる。


巨大な棍棒が振り下ろされた。


ドゴォン!


地面が砕ける。


土と小石が飛び散った。


「うわっ!」


若い剣士が横へ転がる。


一瞬遅れていたら、今ので終わっていた。


「このっ!」


槍使いが側面へ回った。


重装種の脇腹へ槍を突き込む。


ガキィン!


金属同士がぶつかったような音。


「なっ!?」


穂先が弾かれた。


槍使いが目を見開く。


「硬っ……!」


後方から魔術師の火球が飛ぶ。


直撃。


炎が重装種の上半身を覆った。


普通のゴブリンなら、それだけで倒れてもおかしくない。


だが。


炎の中から現れた巨体は、僅かに身体をよろめかせただけだった。


「嘘だろ……」


「下がれ!」


試験官が叫んだ。


そして。


初めて背中の大剣を抜いた。


その光景を見た瞬間。


腹の奥が冷えた。


試験官が手を出した。


つまり。


もう昇格試験どころじゃない。


俺は最後の《絡み蔦玉》を掴んだ。


普通のゴブリン相手なら十分だった。


大型や力の強い敵には破られる可能性がある。


それも分かっている。


でも。


一瞬でも止められればいい。


「動きを止める!」


重装種の足元へ投げる。


パキンッ!


蔓が爆発するように広がり、両脚へ幾重にも巻きついた。


「ギィッ!?」


巨大な身体が傾く。


「止まった!」


若い剣士の声。


一瞬。


本当に動きが止まった。


「今だ!」


試験官を含め、全員が動こうとする。


その時。


重装種の脚へ力が入った。


ミシ。


蔓が軋む。


「……え?」


重装種が一歩踏み出そうとする。


ミシミシミシ――。


嫌な音が続く。


「待て」


喉が引きつった。


その直後。


ブチッ!


太い蔓が。


まとめて引き千切られた。


「嘘だろ……!」


分かっていた。


《拘束・小》は万能じゃない。


鎧牙猪のような大型魔物や、力の強い相手には破られる。


だからこそ、ゴブリン用として作った。


だが。


実際に目の前で、一瞬で引き千切られるのを見ると話は別だった。


「ギャアアアアアアッ!」


重装種が吠える。


その視線が。


大剣を持つ試験官へ向いた。


一歩。


地面を踏み砕く。


「くっ!」


試験官が大剣を横へ構えた。


重装種の棍棒が振り抜かれる。


――ドゴォォン!


大剣と棍棒が激突した。


次の瞬間。


Dランクの男の身体が宙を飛んだ。


「なっ……!」


数メートル先。


背中から木へ叩きつけられる。


幹が大きく揺れた。


男はそのまま地面へ崩れ落ちる。


「…………」


誰も。


すぐには動けなかった。


試験官。


Dランクの冒険者。


俺たちが危なくなった時に助ける側だった男が。


一撃で吹き飛ばされた。


重装種がゆっくりとこちらを向く。


俺は剣を握ったまま。


千切れた蔓を見た。


そして。


鞄の中へ意識を向ける。


残っているのは。


単体型《火花玉》。


範囲型《火花玉》。


《硬化液》。


それだけ。


今まで通用していた《絡み蔦玉》は、もうない。


槍は弾かれた。


魔術もほとんど効いていない。


試験官でさえ、一撃で吹き飛ばされた。


「…………まずいな」


さっきまでの戦い方じゃ。


こいつには通じない。


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