第4話 昇格クエスト
「レイヴェルトって、もしかして――」
受付嬢が、冒険者証と俺の顔を交互に見る。
その反応で、何を聞かれているのかは分かった。
「たぶん、そのレイヴェルトです」
「やっぱり!?」
思ったより大きな声だった。
近くにいた冒険者たちが何事かと振り返り、受付嬢が慌てて口元を押さえる。
「す、すみません。では、《戦士の賢者》を始祖とするレイヴェルト家の……?」
「本家です」
「本家!?」
「声」
「あっ……」
受付嬢が身を縮めた。
まあ、隠しているわけではない。冒険者証にも堂々と本名を書いているし、むしろ昨日まで気づかれなかった方が不思議なくらいだ。
「でも、本家の方がどうして冒険者に……?」
「色々ありまして」
「色々……」
受付嬢の視線が、冒険者証の職業欄へ落ちる。
《錬金術師》。
そこから俺の顔へ戻ったところで、なんとなく次の質問も読めた。
「今はもう、家の後継者でもありません」
「あ……」
ものすごく聞いてはいけないことを聞いた顔になった。
「別に追放されたわけじゃないですよ」
「そ、そうなんですね」
安心したのか、余計に困ったのかよく分からない顔をされた。
説明すると長いので、俺はカウンターへ視線を戻す。
「それより、買い取りをお願いします」
「あ、はい!」
俺は《鎧牙》のほかに、《鎧猪の硬質皮》と《鎧猪の魔核》も鞄から取り出した。
受付嬢が一つずつ状態を確認していく。
「どれも買い取り可能です。特に魔核と硬質皮は状態がいいですね」
「じゃあ、その二つは持って帰ります」
「よろしいんですか?」
「錬金に使いたいので」
魔核を鞄へ戻す。
昨日、その表面に一瞬だけまとわりついた黒い靄は、今は跡形もない。気のせいだった可能性もあるが、何だったのか分からない以上、売ってしまう気にはなれなかった。
残る《鎧牙》だけを売却する。
「鎧牙が千五百G。薬草採取の報酬が二百Gですので、合計千七百Gになります」
小袋を受け取ると、じゃらりと硬貨が鳴った。
「……これが、自分で稼いだ金か」
「初依頼で千七百Gは、かなり多いですよ」
「そうなんですか?」
受付嬢が目を瞬いた。
「あの……普通のFランク依頼だけなら、もっと少ないです」
「へえ」
そう言われても、金額そのものにはまだ実感が薄い。
家を出る時に父から持たされた金袋は、これよりずっと重かった。十五年間、食事も服も剣も必要なものは家に用意されていて、財布の残りを気にしたことなんて一度もない。
考えてみれば、俺は金の使い方すらまともに知らないまま家を飛び出してきたことになる。
「…………」
少し不安になってきた。
それでも、この千七百Gは自分で魔物を倒し、依頼を終わらせて手に入れた金だ。
もう一度小袋を持ち上げる。
「……悪くないな」
自然と口元が緩んだ。
「ところで、アーサーさん」
受付嬢が声を掛けてきた。
「Eランクへの昇格試験、受けてみませんか?」
「もう?」
冒険者登録をしたのは昨日だ。
「普通なら、もう少しFランクの依頼を経験していただくんですが……」
受付嬢の目が《鎧牙》へ向く。
「Eランク上位の鎧牙猪を一人で倒した方に、薬草採取をあと何回もしてくださいというのも変な話ですから。ちょうど明後日、昇格試験があります」
「どんな試験ですか?」
「ゴブリンの集団討伐です。受験者は複数名で、Dランク冒険者が試験官兼リーダーとして同行します」
討伐数だけでなく、他の冒険者と問題なく戦えるかも審査対象になるらしい。目安は一人五体以上の討伐相当の貢献と、群れを率いる個体の討伐への参加。
「五体以上か……」
鞄には、昨日作った《火花玉》が一つ残っている。
《接着》と《燃焼継続》を組み合わせたあれは、一体を確実に削るには強い。だが、ゴブリンが五体、十体と出てくるなら、一匹ずつ燃やしていたのでは効率が悪すぎる。
「……金がいくらあっても足りないな」
「え?」
「なんでもないです」
昨日までなら、それで終わっていた。
だが今は、鎧牙猪を倒して手に入れたSPと、森から持ち帰った素材がある。
試験の話を聞いた時点で、頭の中ではもう次の調合が始まっていた。
◇ ◇ ◇
宿へ戻ると、机の上に薬草、青雫苔、苦葉草、それから《鎧猪の硬質皮》を並べた。
《鎧猪の魔核》は一度だけ眺め、鞄の奥へ戻す。
今は触らない。
「《SKILL TREE》」
半透明の画面が開く。
――――――――――
【SKILL TREE】
専門:《錬金術》
一般①:未選択
一般②:未選択
所持SP:6
――――――――――
鎧牙猪を倒したことで、本体Lvは1から3へ上がり、SPを六つ手に入れた。
一般スキルの二枠はまだ埋めない。特殊な方法で手に入るスキルツリーもある以上、急いで決める必要はなかった。
今回は全部、錬金術へ回す。
《獲得採取UP》――1SP。
《採取素材品質UP》――1SP。
《錬成物品質UP》――1SP。
そして、《潜在性継承Ⅰ》から派生する《潜在性継承Ⅱ》に3SP。
迷わず取得すると、錬金術ツリーのノードが次々と光り、最後に《潜在性継承Ⅱ》へ線が繋がった。
所持SPは0。
「よし」
採取量も素材や錬成物の品質も、錬金術師を続けるなら腐ることはない。
だが、今回一番欲しかったのは《潜在性継承Ⅱ》だ。
机の上の《苦葉草》へ触れる。
――――――――――
【ITEM:苦葉草】
特性:《素材》《植物》《薬材》
潜在性①:???
潜在性②:???
――――――――――
「出た」
昨日までは見えなかった二つ目の潜在性。
素材が変わったわけではない。俺が、それを認識できるようになっただけだ。
そして、この二つ目の《???》の正体を、俺は知っている。
《効果範囲拡大・小》。
単体型の《火花玉》では《接着》を使ったが、集団が相手ならこっちの方がいい。
問題は、草属性の苦葉草から火属性の《火花玉》まで、どうやって潜在性を運ぶか。
その答えも、昨日すでに使っている。
「《研磨剤》でいけるな」
昨日は《樹脂灰》の《接着》を《研磨剤》へ載せ、そこから《火花玉》まで繋いだ。
今回は、同じ《研磨剤》へ《効果範囲拡大・小》を載せればいい。
昨日は《接着》、今回は《効果範囲拡大・小》。
同じ中間素材でも、運ばせる潜在性を変えれば、その先の《火花玉》の役割まで変えられる。
「……こういうのだよな」
思わず笑みが浮かぶ。
新しい素材を一つ見つけただけで、昨日作ったアイテムに別の使い道が生まれる。
前世で何千時間も錬金を続けていた理由を、久しぶりに思い出した。
必要なのは火精石、硝火砂、樹脂灰、それから《錬金水《火》》を作るための初級素材。
集団をまとめて止める手段も欲しい。
今日はもう遅い。
明日一日で、試験用の道具を揃えることにした。
◇ ◇ ◇
翌朝、素材屋へ入った俺は、しばらく店内を見回していた。
壁際には薬草や乾燥植物、反対側には鉱石や魔物素材。棚には瓶詰めの液体まで並び、見覚えのある素材の間に、知らないものもいくつも混じっている。
「……すげえ」
一日くらい見ていられそうだ。
「何かお探しですか?」
店員に声を掛けられ、我に返った。
危ない。
明日は昇格試験だ。素材屋を眺めるために来たわけじゃない。
火精石、硝火砂、樹脂灰など必要なものを選び、最後に店員へ尋ねる。
「《絡み蔦》ってあります?」
「ありますよ」
奥から持ってこられたのは、丸められた濃緑色の蔓だった。
受け取って引っ張ってみる。柔らかいのに、簡単には切れない。
――――――――――
【ITEM:絡み蔦】
特性:《素材》《植物》《蔓材》
潜在性①:???
潜在性②:???
――――――――――
「これこれ」
今回欲しいのは潜在性ではなく、素材そのものの性質だ。
長く、しなやかで、丈夫。しかも圧縮した状態から広がりやすい。
鎧牙猪のような大型魔物を縛るには頼りないが、ゴブリンの足を止める用途なら十分使える。
「これもください」
必要な素材を一通り揃え、店員から金額を聞く。
「…………」
思わず財布の中身を確認した。
「……高くない?」
「品質を落としますか?」
「いや……このままで」
狙った潜在性を使う以上、何でも安ければいいわけではない。
分かってはいる。
分かってはいるのだが、昨日初めて自分で稼いだ金が、素材を買っただけでかなり消えた。
軽くなった小袋を持ち上げる。
じゃら。
音まで寂しい。
父から持たされた金はまだ残っているが、当然無限ではない。これからは宿代も飯代も素材代も、自分で払わなければならない。
実家にいた頃のように「これが必要です」と言えば工房の棚から出てくるわけではないのだ。
「……異世界に来ても金策かよ」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
前世でも錬金術師は金がかかる職業だった。
素材費も道具代も掛かるし、検証に失敗すれば使った素材ごと消える。
知っていたはずなのに、実際に自分の財布から消えていくと重みが違う。
小袋をしまう。
「……稼ごう」
冒険者として、随分と現実的な目標が一つ増えた。
◇ ◇ ◇
宿へ戻ると、さっそく錬金道具を広げた。
まず《錬金水《火》》を用意し、樹脂灰、苦葉草と一緒に並べる。
昨日作った《研磨剤》と同じ中間素材だ。
違うのは、何を残すか。
「《自由調合》」
――――――――――
【投入素材:3/3】
《樹脂》
《錬金補助材》
《薬材》
――――――――――
苦葉草の潜在性②、《効果範囲拡大・小》。
表示はまだ《???》だが、条件は知っている。この組み合わせなら問題ない。
「こっちを引き出す」
魔力を流すと、苦葉草から淡い緑色の光が引き出され、魔力分離器を通って錬成釜へ溶け込んでいく。
やがて、見慣れた粉末が完成した。
――――――――――
【ITEM:研磨剤】
属性:草/火
特性:《素材》《研磨材》
潜在性①:《効果範囲拡大・小》
――――――――――
「よし」
昨日作ったものと同じ《研磨剤》。
だが、こちらが運ぶのは《接着》ではなく、《効果範囲拡大・小》だ。
それだけ確認すると、すぐに次の調合へ移る。
火精石、硝火砂、そして今作った研磨剤。
《火花玉》を作る材料は昨日と変わらない。
火精石から《燃焼継続》。
研磨剤から《効果範囲拡大・小》。
その二つを中級魔力分離器で残す。
「《錬成》」
錬成釜が赤く輝き、少し遅れて魔力分離器にも光が走った。
火精石と研磨剤から引き出された二筋の光が釜へ吸い込まれ、やがて底へ小さな赤い玉が転がる。
手に取った。
――――――――――
【ITEM:火花玉】
属性:火
特性:《消耗品》《錬成弾》《投擲》
効果:《火炎爆発ダメージ・小》
潜在性①:《効果範囲拡大・小》
潜在性②:《燃焼継続》
――――――――――
「完成」
見た目は昨日の《火花玉》とほとんど変わらない。
だが、こちらは爆発範囲を広げ、その場に炎を残す集団戦向けだ。
代わりに《接着》がないため、敵が燃焼範囲から出れば逃げられる。
なら、先に足を止めればいい。
俺は《絡み蔦》と樹脂灰、清水を用意した。
「《自由調合》」
三つを錬成すると、釜の中に手のひらほどの緑色の玉が残った。
――――――――――
【ITEM:絡み蔦玉】
特性:《消耗品》《投擲》《拘束具》
効果:《拘束・小》
――――――――――
投げれば圧縮された蔓が広がり、周囲の敵へ絡みつく。
大型の魔物や力の強い相手には破られるだろうが、少しの間ゴブリンの動きを止められれば十分だ。
その間に範囲型《火花玉》を投げ込む。
「……かなり嫌な組み合わせだな」
自分で考えておいて少し引いた。
でも、使えそうだ。
最後に《鎧猪の硬質皮》を取り出す。
昨日俺を散々追い回した鎧牙猪の外皮は、指で叩いても硬い。
「こっちも使わせてもらうか」
清水と合わせて錬成する。
完成したのは、灰色がかった液体だった。
――――――――――
【ITEM:硬化液】
特性:《消耗品》《薬品》
効果:《硬化付与・小》
――――――――――
盾や防具、武器などの表面を一時的に硬化させる補助品だ。
明日の試験には他の冒険者も参加する。前衛がいるなら使う機会もあるだろう。
机の上には、鞄に残っていた単体型《火花玉》に加え、範囲型《火花玉》、《絡み蔦玉》、《硬化液》が並んでいた。
一体を確実に削る。
集団をまとめて焼く。
動きを止める。
味方を補助する。
昨日より、できることが一気に増えた。
「…………」
そのまま財布を見る。
こちらは一気に減った。
「生きて帰って、稼げばいいか」
そのためにも、まずは明日だ。
Eランク昇格試験。
相手はゴブリンの集団。
昨日は一体の鎧牙猪を倒した。
今度は、作った道具をどう組み合わせるか。
机の上の錬金アイテムを眺めていると、自然と口元が緩んだ。
「集団相手に、どこまでやれるかな」
明日の試験が、少し楽しみになってきた。




