第3話 火花玉
冒険者になって、最初の朝。
俺はギルドの掲示板から、一枚の依頼書を剥がした。
《薬草採取》
指定された薬草を十株。
場所は、街から歩いて一刻ほどの森。
Fランク向けの、ごく普通の依頼だ。
報酬も安い。
でも、俺には都合がいい。
「《青雫苔》と《苦葉草》も、確かあの辺だったよな」
どちらも初級の錬金素材だ。
依頼をこなしながら、自分用の素材も集められる。
今の俺に足りないのは、とにかく素材だ。
受付で依頼を受け、そのまま街を出る。
腰には剣。
背中には採取用の鞄。
そして、その奥には。
三つの赤い玉が入っていた。
◇ ◇ ◇
レイヴェルト家を出る前。
錬金道具を受け取った俺は、最後に工房の素材棚を眺めていた。
薬草。鉱石。粉末。魔物素材。
せっかく錬金道具を持っていくなら、最低限の素材も欲しい。
その中で。
見覚えのある灰色の粉末が目に入った。
――――――――――
【ITEM:樹脂灰】
属性:草
特性:《素材》《樹脂》
潜在性①:???
――――――――――
「……これもあるのか」
樹脂灰。
植物性の樹脂を乾燥させ、細かく砕いた初級素材。
主な用途は加工用の研磨剤。
珍しいものじゃない。
でも。
俺は、この《???》の正体を知っていた。
《接着》。
さらに棚を探す。
火精石。
硝火砂。
他にも、錬金水を作るための初級素材が揃っている。
これなら。
頭の中で、一つの調合ルートが繋がった。
「工房長」
「はい?」
「この辺の素材、少し分けてもらってもいいですか?」
俺が示すと、工房長が棚を覗き込んだ。
「構いませんよ。旦那様からも、必要なものがあれば持たせるよう言われています」
「ありがとうございます」
必要な分だけ小袋に分けてもらう。
火精石。
硝火砂。
樹脂灰。
それから、いくつかの初級素材。
何を作るつもりなのか聞かれたが、
「ちょっと試したいものがあります」
とだけ答えておいた。
まだ。
本当に同じものが作れるかは分からない。
でも。
試す価値はある。
◇ ◇ ◇
そして昨日の夜。
冒険者登録を終えて宿へ戻った俺は、さっそく荷物を広げていた。
狭い机の上に並べる。
錬成釜。
乳鉢。
精密天秤。
そして。
中級魔力分離器。
「……よし」
改めて見ると、なかなかの荷物だ。
宿の主人には火を使わないと説明してある。
錬成釜そのものが炎を上げるわけじゃない。
問題ない。
先に。
中間素材を作る。
「《自由調合》」
最初に作ったのは、属性調整用の錬金補助材。
――――――――――
【ITEM:錬金水《火》】
特性:《素材》《液体》《錬金補助材》
効果:《属性付与・火》
――――――――――
「まず一つ」
続いて。
工房からもらってきた樹脂灰。
――――――――――
【ITEM:樹脂灰】
属性:草
特性:《素材》《樹脂》
潜在性①:???
――――――――――
《???》の正体は《接着》。
ただし。
このままでは、火属性の生成物へ《接着》を持っていけない。
樹脂灰と完成品の間に共通属性がないからだ。
だから。
一度、繋ぎ直す。
樹脂灰。
錬金水《火》。
二つを投入する。
――――――――――
【投入素材:2/3】
《樹脂》
《錬金補助材》
生成予測:《研磨剤》
――――――――――
こちらは錬金Lv.1で覚えられる既知の生成物だ。
「《錬成》」
魔力を流す。
錬金水の赤い光が樹脂灰へ溶け込んでいく。
やがて。
――――――――――
【ITEM:研磨剤】
属性:草/火
特性:《素材》《研磨材》
潜在性①:《接着》
――――――――――
「よし」
《潜在性継承Ⅰ》。
今の俺が一つの素材から引き出せる潜在性は一つ。
樹脂灰から《接着》を引き継ぎながら、錬金水によって火属性を加えた。
これで。
《接着》を火属性の生成物まで運べる。
「次だ」
火精石。
硝火砂。
そして。
今作った研磨剤。
三つを並べる。
《自由調合》へ投入。
――――――――――
【投入素材:3/3】
《火種》
《火薬材》
《研磨材》
生成予測:《???》
――――――――――
「やっぱり《???》か」
まだ一度も作っていない。
システム上は未発見。
でも。
俺は知っている。
「この組み合わせなら――《火花玉》になる」
通常なら、小さな火炎爆発を起こすだけの初級攻撃アイテム。
今回狙う潜在性は二つ。
火精石から《燃焼継続》。
研磨剤から《接着》。
両方の解放条件も、この組み合わせなら満たしている。
そして。
机の端に置いた魔力分離器へ目を向ける。
――中級。
潜在継承数、二。
「ほんと、こいつ貰えてよかったな」
初級なら片方しか残せない。
でも。
今なら両方いける。
「《錬成》」
錬成釜が赤く輝く。
少し遅れて、中級魔力分離器にも光が走った。
火精石から一筋。
研磨剤から一筋。
二つの光が引き出され。
釜の中へ溶けていく。
俺はいつの間にか、机へ身を乗り出していた。
「……頼むぞ」
理屈は合っている。
条件も知っている。
なのに。
結果を見る瞬間だけは、どうしても緊張する。
光が消える。
ころん。
錬成釜の底に。
小さな赤い玉が転がった。
「……来た」
手に取る。
――――――――――
【ITEM:火花玉】
属性:火
特性:《消耗品》《錬成弾》《投擲》
効果:《火炎爆発ダメージ・小》
潜在性①:《接着》
潜在性②:《燃焼継続》
――――――――――
「よしっ!」
思わず声が出た。
慌てて口を押さえる。
ここは宿だ。
隣の部屋から壁を叩かれたら困る。
それでも。
笑みは止まらなかった。
普通の火花玉なら。
爆発して終わり。
でも、こいつは違う。
《接着》で相手へ張り付き。
《燃焼継続》で、その炎を残す。
一つ一つは、そこまで派手な潜在性じゃない。
でも。
組み合わせると化ける。
「これだよ……」
素材を加工して。
属性を繋いで。
潜在性を運ぶ。
俺が何千時間も錬金にハマっていた理由。
こういうところだ。
普通の工房がやらない理由も分かる。
火花玉一個のために、
中間素材を作って。
属性を調整して。
潜在性を二つ解放して。
中級魔力分離器まで使う。
面倒すぎる。
量産するなら、普通の火花玉を作った方がいい。
「まあ、俺は作るけど」
赤い玉を指先で転がす。
使えると知っているなら。
試さない理由がない。
同じものを三つ作った。
護身用。
使わずに済めば、それでいい。
――そのはずだった。
◇ ◇ ◇
「七……八」
薬草を摘み、袋へ入れる。
依頼分はあと二株。
自分用にも、いくつか確保してある。
さらに。
倒木の陰に、青みがかった苔が生えていた。
「お」
《青雫苔》。
少し離れた場所では、《苦葉草》も見つかった。
しゃがみ込み、丁寧に採取する。
悪くない。
傷薬。
解毒薬。
自由調合。
素材が増えるほど、作りたいものも増えていく。
「もう少し探すか」
立ち上がった。
その時。
――バキッ。
「……ん?」
森の奥。
枝が折れる音。
一度じゃない。
バキバキバキッ!
何かが。
木々を押し退けながら近づいてくる。
足元まで僅かに揺れた。
俺の足が止まる。
「……いやいや」
ここ。
Fランクの採取区域だぞ?
嫌な汗が背中を流れた。
茂みが大きく揺れる。
そして。
巨大な影が飛び出した。
「――は?」
黒褐色の巨体。
岩のような外皮。
前へ突き出した二本の牙。
《鎧牙猪》。
アーマードボア。
Eランク上位。
「なんでこんなところにいるんだよ!?」
喉が鳴った。
でかい。
二本の牙は、俺の腕より太い。
あれに正面から突っ込まれたら――。
「……死ぬな、これ」
「ブォォ……!」
鎧牙猪が低く唸る。
目が合った。
身体が強張る。
俺はまだLv1。
剣は十年握ってきた。
それでも。
あの巨体と正面から斬り合う気にはなれない。
逃げるか。
いや。
こいつは速い。
背中を向けた瞬間に追いつかれたら、もっとまずい。
俺の手が鞄へ伸びる。
指先に。
硬い球体が触れた。
《火花玉》。
「…………」
鎧牙猪は硬い。
物理攻撃には強い。
だが。
火には弱い。
頭の中で。
勝つための手順が組み上がっていく。
逃げたい。
心臓はうるさい。
手のひらには汗が滲んでいる。
それでも。
「……いけるか?」
作ったばかりの火花玉。
試してみたい。
そんな考えまで浮かんでしまった。
「我ながら、どうかしてるな……」
直後。
鎧牙猪が地面を蹴った。
「ブォォォォォッ!」
「速っ!」
俺も走る。
正面には大木。
背後から地面を叩く音が迫ってくる。
ドドドドドッ!
まだ。
もう少し。
早く避けたい。
身体が叫んでいる。
でも。
引きつける。
「今!」
横へ飛ぶ。
――ドゴォン!
鎧牙猪の牙が大木へ突き刺さった。
幹全体が大きく揺れる。
「うわっ……!」
洒落にならない。
でも。
止まった。
俺は鞄へ手を突っ込む。
火花玉を掴んだ。
「食らえ!」
投げる。
赤い玉が前脚の付け根へ命中した。
パリン!
中身が弾ける。
直後。
鎧牙猪の身体へ、べったりと張り付いた。
「よし――」
ボッ!
炎が噴き上がる。
「ブゴォォォォッ!?」
鎧牙猪が激しく暴れ始めた。
木へ身体を擦りつける。
消えない。
地面へ転がる。
それでも。
炎が離れない。
「……うわ」
思わず、一歩下がった。
張り付いている。
《接着》。
そして。
燃え続けている。
《燃焼継続》。
「これ……思ってたよりえぐいな」
自分で作ったのに。
少し引いた。
でも。
頬が勝手に緩む。
「……最高じゃん」
ただの《火炎爆発ダメージ・小》。
そこに二つ潜在性を加えただけで。
まるで別のアイテムだ。
胸の奥が熱くなる。
「ブォォォォォッ!」
「え?」
鎧牙猪が顔を上げた。
血走った目が俺を捉える。
「……まだ来るの?」
来た。
炎をまとったまま。
真正面から。
「うおっ!」
横へ飛ぶ。
牙の先が服を掠めた。
身体が弾かれる。
肩から地面へ落ちた。
「っ、痛……!」
肩に焼けるような痛みが走る。
息が一瞬詰まった。
でも。
立てる。
まだ動く。
「調子乗るなってことか……!」
歯を食いしばって身体を起こす。
鎧牙猪が向きを変える。
ただ。
遅い。
最初より、明らかに動きが鈍っている。
「効いてる……!」
俺は二つ目を握った。
今度は。
さっきより手が震えていない。
「だったら――」
狙う。
「もう一発!」
投げた。
顔面へ命中。
パリン!
ボッ!
再び炎が張り付いた。
「ブォォォォッ!」
巨体が大きくよろめく。
一歩。
二歩。
そして。
ズン――。
鎧牙猪が地面へ倒れた。
「…………」
剣を抜く。
まだ近づかない。
数秒。
動かない。
さらに待つ。
「……終わったか?」
動かない。
ようやく。
肺の奥に溜まっていた息が抜けた。
「はぁぁぁぁ……」
膝から力が抜ける。
その場へ座り込んだ。
今さらになって、手が震え始めた。
「怖っ……」
思わず笑いが漏れた。
本当に危なかった。
でも。
勝った。
《錬金術師》で。
格上の魔物に。
「……やれるじゃん」
口元がまた緩んだ。
その時。
鎧牙猪の身体が黒い粒子へ変わり始めた。
巨体が崩れ。
宙へ溶けていく。
そして。
ドロップ品が残った。
――――――――――
【ITEM:鎧牙】
【ITEM:鎧猪の硬質皮】
【ITEM:鎧猪の魔核】
――――――――――
「おお……」
視線が吸い寄せられる。
牙。
硬質皮。
魔核。
何に使える?
頭の中が、すぐ錬金へ切り替わる。
その時。
視界に表示が現れた。
【LEVEL UP】
Lv:1 → 3
SP:+6
「二つ上がったか」
本体Lvが上がり。
身体の奥が、少しだけ軽くなる。
ただ、《錬金術師》の身体能力補正は低い。
前衛として戦うなら、一般スキルで補う必要がある。
俺は《SKILL TREE》を開いた。
【SKILL TREE】
専門:《錬金術》
一般①:未選択
一般②:未選択
所持SP:6
一般枠は二つ。
ここでは振らない。
特殊な方法でしか手に入らない一般スキルツリーもある。
序盤で枠を埋めるのは、もったいない。
専門の《錬金術》も確認する。
奥には。
《武器錬成》。
《触媒》。
《潜在性融合》。
まだ暗く閉じたノードが続いている。
「…………」
見たい。
もう少し。
かなり見たい。
「いや、帰ってからだな」
ここは森の中だ。
画面を閉じる。
そして。
ドロップ品を拾った。
鎧牙。
硬質皮。
魔核。
最後に魔核へ手を伸ばした時。
「……ん?」
黒い。
魔核の表面に。
薄い靄のようなものがまとわりついていた。
煙とは違う。
ゆらり。
一度だけ揺れて。
消えた。
「…………」
もう一度見る。
何もない。
「なんだったんだ、今の」
少しだけ気になる。
でも。
今考えても分からない。
「……覚えとくか」
魔核を鞄へ入れる。
そして。
薬草袋を見る。
「…………」
八株。
「あと二株じゃん」
危うく帰るところだった。
◇ ◇ ◇
夕方。
冒険者ギルドへ戻った。
薬草十株を提出。
無事。
初依頼達成だ。
それから。
「素材の買い取りもお願いします」
俺は鎧牙をカウンターへ置いた。
ゴトン。
受付嬢の手が止まった。
「……《鎧牙猪》?」
「はい」
「今日の採取区域で?」
「出てきたので、倒しました」
受付嬢の視線が俺へ。
冒険者証へ。
そして。
また俺へ戻る。
ランク:F。
職業:《錬金術師》。
「……一人で?」
「一人です」
「…………」
周囲からも声が聞こえ始めた。
「鎧牙猪?」
「Fランクだろ?」
「錬金術師じゃなかったか?」
まずい。
思ったより目立っている。
受付嬢はもう一度、冒険者証へ目を落とす。
そして。
今度は名前のところで止まった。
アーサー・レイヴェルト。
「あの……」
「はい?」
「昨日も少し気になっていたんですが」
嫌な予感がした。
受付嬢が俺を見る。
「レイヴェルトって、もしかして――」
「…………」
あ。
そっちも来たか。
どうやら。
静かな冒険者生活は。
初日から、少し難しそうだった。
【第3話・新規素材/アイテム】
・樹脂灰
・錬金水《火》
・研磨剤
・火精石
・硝火砂
・火花玉
・青雫苔
・苦葉草
・鎧牙
・鎧猪の硬質皮
・鎧猪の魔核




