第2話 自由調合
翌朝。
俺はレイヴェルト家の錬金工房にいた。
目の前には薬草と清水。
その横には、工房から借りた四つの錬金道具が並んでいる。
昨日、《錬金術師》になった。
前世の記憶も戻った。
なら、まず確かめることは一つだ。
――本当に、ゲームと同じように錬金できるのか。
「《錬金》」
意識すると、半透明の画面が浮かび上がった。
【ALCHEMY】
錬金Lv:1
取扱上限:50
最大素材数:3
《レシピ調合》
《自由調合》
「……まずは普通にやるか」
《レシピ調合》を選ぶ。
表示された初級レシピから、《初級傷薬》を選択。
【初級傷薬】
必要素材
《薬材》×1
《液体》×1
薬草に触れる。
【ITEM:薬草】
品質:34
取扱値:3
属性:草6
特性:《素材》《植物》《薬材》
潜在性①:???
品質34。
この品質の薬草なら、草属性はだいたい6前後。
ごく普通の薬草だ。
続いて清水。
【ITEM:清水】
品質:31
取扱値:2
属性:水4
特性:《素材》《液体》
潜在性①:???
これで条件を満たした。
錬成を開始する。
薬草を乳鉢で潰し、清水と混ぜる。
錬成釜へ移して魔力を流すと、液体がゆっくりと淡い赤色へ変わっていった。
やがて光が消える。
残ったのは、小さな瓶が一本。
手に取る。
【ITEM:初級傷薬】
品質:33
属性:草/水
特性:《消耗品》《薬品》
効果:傷回復・小
「……できた」
思わず笑った。
昨日まで画面の中にしかなかったものが、今は自分の手の中にある。
重さがある。
蓋を開ければ、少し青臭い薬草の香りまでした。
「本物だな」
当たり前なんだけど。
妙に嬉しい。
ゲームで何度も作った初級アイテムだ。
それなのに、自分の手で作るだけでこんなに違うのか。
だが。
確かめたかったのは、こっちじゃない。
俺は新しい薬草と清水を用意した。
今度は――。
《自由調合》
画面が切り替わる。
【素材を選択してください】
レシピ一覧は出ない。
完成品も選ばない。
俺は薬草を一つ。
続けて清水を投入した。
【投入素材:2/3】
《薬材》×1
《液体》×1
生成予測:《初級傷薬》
「ここも同じか」
なら。
もう一本、薬草を追加する。
【投入素材:3/3】
《薬材》×2
《液体》×1
生成予測:《初級傷薬》
よし。
完成品は変わらない。
でも。
俺が欲しいのは、そこじゃない。
薬草の表示を見る。
潜在性①:???
《薬効強化》。
俺は、この《???》の正体を知っている。
必要な草属性値は10。
もちろん、そんな条件は画面のどこにも表示されていない。
薬草一本なら草6。
二本なら12。
届く。
「……懐かしいな」
ゲームを始めたばかりの頃は、こんな数字すら分からなかった。
素材を入れて、作って、失敗する。
そして、また素材を取りに行く。
そうやってプレイヤーたちが一つずつ条件を調べていった。
サービス後期には、主要な素材の情報なんて攻略サイトを見ればほとんど載っていた。
俺も散々世話になった。
一度だけ。
三週間かけて手に入れたレア素材を《???》の検証に突っ込んで、そのまま消したことがある。
「…………」
思い出したくない。
十分くらい画面を眺めて。
その日はゲームを閉じた。
三十分後には、また同じダンジョンを周回していたけど。
「アーサー様?」
工房長が怪訝そうにこちらを見る。
「いえ。昔の嫌な記憶が」
「昔?」
「なんでもありません」
危ない。
俺は錬成釜へ向き直った。
薬草二本。
清水一本。
草属性は12。
生成物は《初級傷薬》。
条件は揃っている。
「《錬成》」
魔力を流す。
今度は、錬成釜の横に置かれた魔力分離器にも光が走った。
薬草から淡い緑色の光が引き出され、釜の中へ溶けていく。
さっきとは違う。
分かる。
これだ。
やがて光が消えた。
完成した傷薬を手に取る。
【ITEM:初級傷薬】
品質:40
属性:草/水
特性:《消耗品》《薬品》
効果:傷回復・小
潜在性:《薬効強化》
「よし!」
思わず声が出た。
《???》だった潜在性に、はっきりと名前が表示されている。
成功だ。
ゲームと同じ。
いや。
知っていたはずなのに。
自分の手で作ると、全然違う。
一本目と二本目を並べる。
同じ《初級傷薬》。
見た目もほとんど変わらない。
でも、片方には《薬効強化》がある。
こういうのだ。
こういうのがやりたかった。
十五歳で家を出ることになったのも。
父にあんな顔をされたのも。
まだ昨日のことだ。
それでも今は。
《錬金術師》でよかったと思えた。
◇ ◇ ◇
「アーサー様。こちらを」
一通り試し終えた頃。
工房長が奥から木箱を抱えてきた。
「旦那様から、使っていない錬金道具ならお譲りして構わないと伺っております」
「ありがとうございます」
待ってました。
箱を開ける。
【ITEM:錬成釜】
等級:初級
【ITEM:乳鉢】
等級:初級
【ITEM:精密天秤】
等級:初級
どれも初級。
今の俺には十分だ。
そして最後に。
魔力分離器を持ち上げる。
「……ん?」
一つだけ違った。
【ITEM:魔力分離器】
等級:中級
潜在継承数:2
取扱補正:投入素材ごとに+1
「中級!?」
思わず工房長を見る。
「ええ。先代の工房長が研究に使っていたものです」
「これ、もらっていいんですか?」
「もちろん。そのために出したものですから」
思わぬ当たりだ。
中級。
潜在継承数は二つ。
今まで借りていた初級品なら一つだった。
つまり、条件さえ整えれば、一つの完成品へ二つの潜在性を継承できる。
「ただ、少々扱いづらいですよ」
工房長が付け加えた。
「これを使うと、投入する素材が増えるほど制御の負担も増えます」
表示されている《取扱補正》のことだろう。
「今の工房では使わないんですか?」
「傷薬や農業薬を大量に作るなら、初級品で十分ですから。余計な負担を増やしてまで中級を使う意味がありません」
「なるほど」
「王都の研究所あたりなら、中級以上が普通でしょうけどね」
性能が悪いから使われていないわけじゃない。
目的が違うだけか。
「初級品もありますが、どうします?」
「こっちで」
即答した。
工房長が苦笑する。
「やはりそちらを選びますか」
「使えるものは使いたいので」
今すぐどこまで活かせるかは別として。
中級品が手に入るなら、わざわざ置いていく理由はない。
初級の《錬成釜》。
初級の《乳鉢》。
初級の《精密天秤》。
そして、中級の《魔力分離器》。
これで。
冒険に出る準備が一つ整った。
◇ ◇ ◇
三日後。
俺はレイヴェルト家を出た。
荷物は着替えと金。
錬金道具。
それから一本の剣。
《錬金術師》になったからといって、十年間振ってきた剣まで捨てるつもりはない。
使えるものは使う。
母とは昨夜、十分に話した。
問題はレオンだった。
「最低でも月に一度は手紙をください」
「分かった」
「絶対ですよ」
「分かったって」
レオンが疑わしそうに目を細める。
「……兄上の『分かった』は信用できません」
「なんでだよ」
「兄上はいつも、決めてから報告するでしょう」
「それと手紙に何の関係があるんだ」
「そういうところです」
十三歳に言い負かされた。
結局、月に一度は必ず手紙を書くと約束させられた。
屋敷を出る。
門の前には、父もいた。
父の視線が俺の荷物へ向かう。
腰の剣へ移る。
そして、最後に俺の顔を見た。
「死ぬな」
それだけ言った。
「はい」
俺も、それだけ答えた。
父が俺の選択を認めたわけじゃない。
たぶん今も、納得していない。
それでも。
見送りには来た。
今は、それでいい。
俺はレイヴェルト家を後にした。
◇ ◇ ◇
二日後。
城壁に囲まれた街へ到着した。
知っている。
ゲームでも、序盤の拠点になる街だ。
でも。
実際に歩くと、印象はまるで違った。
商人が声を張り上げる。
荷馬車が石畳を走る。
屋台から肉の焼ける匂いが漂ってくる。
ゲームでは背景だった人たちが。
普通に喋って。
食べて。
働いている。
「……そりゃそうか」
ここはゲームじゃない。
似ているだけだ。
分かっている。
分かっているんだけど。
やっぱり、不思議な感じだった。
大通りを進む。
やがて、剣と盾を組み合わせた大きな看板が見えてきた。
冒険者ギルド。
扉を開ける。
酒と革と、少し汗臭い空気。
思っていたより騒がしい。
俺はそのまま受付へ向かった。
「いらっしゃいませ。本日は?」
「冒険者登録をお願いします」
「新規登録ですね。では、こちらにご記入ください」
渡された紙を埋めていく。
名前。
年齢。
出身。
そして職業。
アーサー・レイヴェルト。
十五歳。
《錬金術師》。
受付嬢が紙を確認する。
職業欄で、手が止まった。
「……錬金術師の方なんですね」
「はい」
「採取を中心に活動される予定ですか?」
「討伐も受けます」
「討伐も?」
受付嬢がぱちりと瞬く。
その視線が、俺の腰へ向かった。
「剣も使われるんですか?」
「一応。五歳から習っています」
「五歳から……」
今度は年齢欄を見る。
十五歳。
それから俺の顔へ戻る。
「なるほど……」
何がなるほどなんだ。
「規則上、職業による制限はありません。ただし、最初はFランクからになります。ご自身のランクを超える依頼は原則受けられませんので、ご注意ください」
「分かりました」
しばらくして。
一枚の金属板が差し出された。
【冒険者証】
アーサー・レイヴェルト
職業:《錬金術師》
ランク:F
受け取る。
少し冷たい。
そして、少し重い。
ゲームでは画面に表示されるだけだった冒険者ランクが、今は手の中にある。
「……よし」
冒険者証をしまう。
そのまま依頼掲示板へ向かった。
薬草採取。
害獣駆除。
ゴブリン討伐。
街道警護。
知っている依頼もある。
知らない依頼もある。
だが、俺が真っ先に目を止めたのは――採取依頼だった。
薬草だけじゃない。
森へ行けば、他の素材も拾える。
今の俺に足りないのは、とにかく素材だ。
素材さえあれば、《自由調合》で試せることはいくらでもある。
「これだな」
俺は依頼票へ手を伸ばした。
冒険者としての最初の仕事。
前世では何千時間も繰り返したことなのに、今は妙に胸が躍る。
俺はもう一度、掲示板を見上げた。
さて。
最初は、何を作ろうか。




