第13話 錬金術師の休日
暇だ。
ものすごく暇だ。
昨日、ミレイユの工房から帰る途中で、アーサーに「明日は休め」と言われた。新しい装備のための素材集めなら私も手伝うと言ったけれど、それも却下された。
アーサーには、採取した素材の量と品質を上げるスキルがあるらしい。同じ場所で同じものを採るなら、私が混ざるより一人でやった方がいい。
理屈は分かる。
分かるけど。
「…………暇」
朝から何度目か分からない寝返りを打つ。
腕も脚も昨日よりずっと軽い。普通に歩くくらいなら何の問題もないのに、今日は一日休養。素材集めにもついてくるなと言われた。
仕方なく窓の外を眺めていると、ちょうど宿の前を見覚えのある後ろ姿が横切った。
肩には採取袋。
どう見ても、これから街の外へ向かう格好だ。
私はゆっくり身体を起こした。
「……休みって言ったくせに」
正確には。
休みなのは私だけだった。
◇ ◇ ◇
別についてきたわけじゃない。
少し外を歩きたくなって、たまたまアーサーと同じ門を出て、たまたま同じ道を進んでいるだけだ。
……姿を見失わないよう木の陰を選んで歩いているのは、まあ、そのついで。
街を出てしばらくすると、アーサーは街道を外れて林へ入った。私も少し距離を空けて後を追っていると、急にその足が止まる。
見つかったかと思って木の陰へ隠れたけれど、違った。
アーサーは道端にしゃがみ込み、小さな草を摘まんでいた。葉の裏を見て、茎を曲げ、葉先を擦って匂いまで確かめている。
それから。
「……いいな、これ」
にやぁ、と口元が緩んだ。
「…………」
笑ってる。
ちょっと嬉しそうとかじゃない。
普通にニヤニヤしてる。
何本か見比べた中から一本を選んで採取袋へ入れ、それでも頬が緩んだまま立ち上がる。数歩進んだ先で別の植物を見つけると、今度は目まで輝いた。
「お。こっちは品質いいな」
またニヤッとした。
私は木の陰から無言で眺める。
……この人、魔物と戦ってる時より楽しそうなんだけど。
その後もずっと同じだった。草を見つければしゃがみ込み、木の実を拾っては指先で転がし、木の皮を少し削って断面を眺める。何もなさそうな場所で突然地面を掘り始めた時には本当に何をしているのか分からなかったけれど、土の中から細い根を引き抜いた途端、
「おお……!」
と、明らかにテンションが上がった。
しかもまたニヤニヤしている。
「……何がそんなに楽しいの?」
思わず呟く。
私は素材なんて、必要だから集めるものだと思っていた。珍しい物を見つければもちろん嬉しいけれど、道端の草一本であそこまで幸せそうな顔はしない。
アーサーと知り合って、まだそんなに経っていない。
変な人だとは思っていた。
でも。
一人の時は、もっと変だった。
◇ ◇ ◇
しばらくして、茂みの向こうから低い唸り声が聞こえた。
獣型の魔物が四体。
散らばるようにして、アーサーを囲み始める。
「ちょっと……」
気づいてる?
私は反射的に木の陰から出かけた。今日の私は休養中だけど、危ないなら仕方ない。どうしてここにいるのか聞かれたら、その時考えればいい。
そう思ったところで、アーサーが立ち上がった。
慌てた様子はまったくない。
道具袋へ片手を入れ、そのまま一つ放る。
――バンッ!
地面で弾けた衝撃に、二体がまとめて吹き飛んだ。
すぐに次。
見覚えのある《火花玉》が飛び、起き上がろうとした一体へ直撃する。爆ぜた炎はそのまま身体へ張り付き、地面を転がっても消えない。
残った一体が逃げ腰になったところへ、もう一つ。
それで終わった。
「…………」
私は出しかけていた足を、そっと戻した。
早い。
というか。
「ちょっとくらい助けさせてくれてもいいのに……」
錬金術師なんだから、もう少し守ってあげる余地みたいなものがあってもいいと思う。
四体に囲まれたんだから、一瞬くらい困ってくれてもいい。
「可愛げないなぁ……」
しかも本人は魔物より、その直前まで採っていた素材の方が気になるらしい。周囲の安全を確認すると、何事もなかったように元の場所へ戻ってしゃがみ込んだ。
「そっちなんだ……」
ただ、離れたところから見ていると気づくこともあった。
さっきの《火花玉》は、道具屋で見た似たような品より明らかに火が長く残っていた。それに、前に使わせてもらった傷薬も、今思えば妙に効きがよかった気がする。
道具の使い方が上手いだけじゃない。
作っている物そのものが、普通よりいいんだ。
「……錬金術師としては優秀なんだろうな」
本人に言ったら、きっと嬉しそうに何か長い説明を始める。
それは今度でいい。
◇ ◇ ◇
それからしばらく、アーサーは林の中を歩き回った。
同じ種類に見える植物でも、採るものと採らないものがある。一度手に取って戻すこともあれば、少し離れたところに生えている一本を見つけた途端、急に歩く速度が上がることもあった。
そして、林の中でも少し湿った場所へ来た時だった。
アーサーがぴたりと止まる。
地面近くに生えていたのは、細長い灰緑色の葉だった。風を受けると大きくしなり、地面すれすれまで曲がっても、すぐに元の形へ戻っていく。
アーサーが一本摘む。
引っ張る。
大きく曲げる。
繊維を少し裂き、断面まで確かめる。
しばらく真剣な顔で眺めたあと。
にやぁぁぁ、と。
今日一番の笑顔になった。
「……これだ」
一本採っては眺め。
もう一本採ってはニヤニヤする。
光へ透かしてはニヤニヤ。
引っ張ってはニヤニヤ。
採取袋へ入れる時まで、まだニヤニヤしている。
「…………そんな嬉しい?」
見ているこっちがちょっと引くくらい嬉しそうだった。
でも。
そこで、昨日ミレイユの工房で話していたことを思い出した。
軽くて、柔らかくて、動きを邪魔せず、強い衝撃を逃がせる素材。
アーサーが今日探しに来たのは、そのためだ。
つまり。
朝からずっと探していたものは――私の装備を作るための素材だった。
「…………」
昨日のことが頭に浮かんだ。
《断界》のことも。
スキルのことも。
街へ戻ってから、私が結構な勢いでアーサーに文句を言ったことも。
もちろん、説明してくれなかったアーサーも悪い。
そこは今でもそう思う。
だけど。
「……私、結構怒ったよね」
その翌日には、こうして一人で林まで来ている。
機嫌を悪くするでもなく、私に何か言い返すでもなく、また私が戦えるようにするための素材を探して。
見つけたら、あんなに嬉しそうに笑っている。
「…………」
なんだか急に、昨日の自分が少し恥ずかしくなった。
木の幹へ額を軽くつける。
「……なんで、あんなに怒っちゃったんだろ」
いや。
怒る理由はあった。
あったんだけど。
もう少し言い方はあった気がする。
もう一度そっと覗くと、アーサーはまだ採った葉を眺めながらニヤニヤしていた。
「……変な人」
思わず少し笑ってしまう。
帰ったら、昨日のことをちょっとだけ謝ろうか。
そう考えて。
やめた。
「……それもなんか恥ずかしいな」
だったら、ご飯でも奢ろう。
昨日も今日も、私のために色々動いてくれている。そのお礼ということにすればいい。
「ちょっと高いやつにしよ」
それなら言いやすい。
そう決めて少し気が楽になった、その時だった。
ぱきっ。
「…………」
足元の枝が折れた。
アーサーの動きが止まる。
ゆっくりとこちらを向いた。
「…………」
「…………」
目が合った。
終わった。
◇ ◇ ◇
逃げる方がもっと怪しい。
私は諦めて木の陰から出た。
「アーサー!」
「……なんでいるの?」
第一声がそれだった。
「散歩」
「街から結構離れてるけど」
「長めの散歩」
アーサーの目が細くなる。
全然信じてない。
「休めって言ったよな?」
「戦ってないもん。それに採取もしてない!」
「ここまで歩いてきてる時点で休んでないだろ」
「…………」
それを言われると弱い。
アーサーはしばらく私を見て、小さくため息を吐いた。
「痛くなったらすぐ言えよ」
「うん」
結局、それだけだった。
私は誤魔化すように採取袋を見る。
「それ、いっぱい採れた?」
「必要な分はだいたいな。あと何種類か欲しいけど」
「じゃあ手伝う」
「採取は俺が――」
「分かってる!」
先に止める。
「採るのはアーサーの方がいいんでしょ? じゃあ、その後を手伝う」
「その後?」
「調合とか!」
アーサーが少し考える。
「素材の仕分けとか洗浄なら助かるな」
「やる!」
「即答だな」
「暇なんだもん」
「休めって言ったんだけどな……」
またため息を吐かれた。
でも。
今度は止められなかった。
◇ ◇ ◇
夕方。
私たちは貸し工房にいた。
今日集めた素材と、昨日持ち帰った《白蝕獣の白皮》が机いっぱいに並んでいる。
私は言われるまま素材を洗い、種類ごとに分け、空いた容器を並べていった。錬金そのものはできなくても雑用はいくらでもあるらしく、最初は簡単だと思っていたのに、気づけば次から次へと仕事が飛んでくる。
「シル、そっち終わった?」
「終わった!」
「じゃあ次これ」
「はい!」
「空いてる瓶三つ」
「はいはい!」
思ってたより忙しい。
それでも、不思議と嫌ではなかった。
アーサーは調合の準備をしている時もずっと楽しそうで、素材を並べ替えてはニヤニヤし、何か思いついてはニヤニヤしている。
今日だけで何回その顔するの。
本当に変な人だ。
そうしているうちに、気づけば窓の外は真っ暗になっていた。
「…………」
あれ。
ご飯、奢るつもりだったんだけど。
夕食の時間、とっくに過ぎてない?
「アーサー」
「ん?」
「これ、あとどれくらい?」
アーサーが机の上の素材を見回した。
私は待った。
一時間くらい。
長くても二時間。
そのくらいなら付き合ってあげてもいい。
「順調なら、朝には終わるかな」
「…………」
聞き間違えた?
「朝?」
「うん」
「明日の?」
「他にどの朝が――」
「えええええええええっ!?」
私の声が、夜の貸し工房いっぱいに響いた。
次話も更新予定です。
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