第12話 鍛冶屋
魔鋼洞窟から戻った翌日。
宿を出たところで、シルフィアが右脚を僅かに庇っているのが目に入った。《断界》を使った直後ほどではないが、まだ完全には抜けていないらしい。右腕も日常動作には問題なさそうだが、大曲剣を思い切り振れる状態ではないだろう。
「今日は戦闘なしだな」
「えー。もう普通に動けるよ?」
「歩けるのと、その剣を振り回せるのは別だろ」
背中の大曲剣を指すと、シルフィアは不満そうに口を尖らせたものの、それ以上は反論しなかった。
ちなみに昨日は、街へ戻ってからひとしきり怒られた。
《断界》の反動について説明が足りなかったこと。それから、本人すら知らなかった《狂戦士》のスキルを、なぜ俺が知っていたのか。
後者については、レイヴェルト家の後継者教育で主要な戦闘職や技能構成を学ばされた、と説明しておいた。本当の理由までは話せないが、シルフィアも最後には『貴族って変なことまで勉強するんだね……』と、一応は納得してくれた
今考えるべきなのは、そちらではない。
昨日の戦闘で分かったのは、シルフィアの身体そのものが《狂化》や《断界》の出力に耐え切れていないことだ。《鎮心薬》で精神面を補助できても、腕や脚へ掛かる負担までは消せない。
次は装備側から補う。
そう考えていると、シルフィアが何か思い出したように手を打った。
「あ。それならミレイユに聞いてみる?」
「ミレイユ?」
「この子を作ってくれた子」
そう言って、背中の大曲剣を指す。
「これ、特注だったのか」
「うん。前に使ってた大剣だと、振るたびに身体が持ってかれてたから、私に合わせて作り直してくれたの」
なるほど。
あの大曲剣は、ただ巨大なだけじゃない。刀身の重さを利用して回転し、その勢いを次の踏み込みへ繋げるシルフィアの戦い方に妙によく馴染んでいるとは思っていた。
「鍛冶師?」
「そう。ちょっと変わってるけど、腕はすごいよ」
「シルに言われると少し不安だな」
「どういう意味!?」
ともあれ、会ってみる価値はありそうだった。
◇ ◇ ◇
職人街の奥にある工房へ入ると、熱気と金属の匂いが一気に押し寄せてきた。
「ミレイユー」
返事はない。
シルフィアがもう一度呼ぼうとしたところで、炉の奥から響いていた槌の音が止まった。
「聞こえてる」
低めの声が返ってくる。
炉の前にいたのは、俺たちとそう歳の変わらなそうな少女だった。髪を邪魔にならないよう後ろでまとめ、革の前掛けを着けている。赤熱した金属を横へ置くと、ようやくこちらを向いた。
「勝手に入ってこないで」
「いつも入ってるじゃん」
「だから毎回言ってる」
どうやら、このやり取りもいつものことらしい。
シルフィアが俺を指した。
「あ、こっちはアーサー。錬金術師」
「アーサー・レイヴェルト。よろしく」
ミレイユは一度だけ俺を見る。
「ミレイユ。鍛冶師」
それだけ言うと、すぐにシルフィアへ視線を戻した。
「右脚」
「え?」
「あと右腕」
シルフィアが固まる。
「……なんで分かるの?」
「歩き方。それと剣の背負い方がいつもと違う」
ミレイユはシルフィアの大曲剣へ目を向けた。
「その剣作ったの、私だから」
武器そのものだけではなく、それを扱うシルフィアの動きまで見ているらしい。
「昨日、新しい技を使ったんだ」
俺が説明すると、ミレイユはこちらへ視線を移した。
「新しい技?」
「一撃だけ、普段以上の力を出す必殺技だ。使った後、腕と脚へかなり負担が残った」
「どのくらい?」
「しばらく大曲剣をまともに振れなくなるくらい」
それだけ聞くと、ミレイユは少し考え、大曲剣の柄へ手を置いた。
「この剣は、シルが振った時に勢いを殺さないように作ってる。重心も少し前に寄せて、振り抜いた力をそのまま次の動きへ繋げやすくしてある」
やはり意図的だった。
「でも、その技は剣の重さを利用してるだけじゃないんでしょ?」
「ああ。本人が普段出せる以上の力を、一撃だけ乗せる」
「なら剣より身体の方が先に負ける」
即答だった。
シルフィアが嫌そうな顔をする。
「それ、どうにかできる?」
「重くしていいなら」
「やだ」
「だと思った」
ミレイユも最初から分かっていたらしい。
重い防具で身体全体へ衝撃を散らせば、負担を減らすこと自体はできる。ただ、それではシルフィアの長所である機動力が死ぬ。大曲剣の勢いに乗りながら敵の間を動き続ける、今の戦い方を潰してしまっては意味がない。
「軽いまま、衝撃だけ逃がせないか?」
ミレイユはシルフィアの腕と脚を見て、近くにあった作りかけの籠手を手に取った。
「腕と脚を外から支える形ならできる。でも、今の材料じゃ難しい。軽くすれば弱いし、強くすれば重い」
「じゃあ、どんな素材が要る?」
「軽くて、柔らかくて、動きを邪魔しない。それで、強い衝撃だけ受け流せるもの」
「そんなのある?」
シルフィアが聞く。
「ない」
「ないんだ……」
「だから素材で止まってる」
なるほど。
形は作れる。足りないのは素材だけだ。
それなら話は早い。
「設計はできているのか?」
「大体は」
俺は採取袋から、昨日手に入れた《白蝕獣の白皮》を取り出した。
「これは使えそう?」
ミレイユの目が変わる。
「……白蝕獣?」
「知ってるんだ」
「素材としては。触るのは初めて」
受け取った白皮を曲げ、指で押し、何度か角度を変えて感触を確かめる。
「柔らかい。薬品にも強い。でも、これだけだと衝撃を逃がすには足りない」
「だろうな」
一つの素材に、欲しい性質が全部揃っている必要はない。
加工して、別の素材と繋いで、必要なら中間素材を挟む。
そうやって元の素材にはない性質まで持たせるのが錬金術だ。
「ミレイユ。欲しい条件、もう一回教えてくれ」
「軽い。柔らかい。動きを邪魔しない。それで、強い衝撃が入った時だけ受け流せる」
頭の中で、いくつかの素材と加工経路を組み始める。
その条件なら作れる。
今ここに必要な材料が全部あるわけじゃないが、方向性はもう見えた。
「分かった。その素材、俺が作る」
ミレイユが白皮から顔を上げる。
「……錬金術で?」
「ああ」
「作れるの?」
「作れる。追加で素材はいくつか必要になるけどな」
今までにも、潜在性を直接完成品へ運べないなら中間素材を作って経路を繋いできた。
今回も同じだ。
欲しいのは完成した防具じゃない。
鍛冶師が使える、新しい素材。
ゲーム時代、生産職同士が組むのは常識だった。
鍛冶師は優れた武器や防具を作れるが、素材そのものの性質まで自在に変えられるわけではない。逆に錬金術師は、素材を加工し、属性や潜在性を繋げることはできても、完成した武具を鍛冶師ほど上手く仕上げられるわけじゃない。
だから高難度になればなるほど、「素材を作る側」と「装備へ仕上げる側」が組んだ方がお互いの強みを活かせる。
ゲームでは当たり前だった話が、この世界でもそのまま通じる。
「俺が必要な素材を作る。それを使ってシルの装備を作ってくれ」
ミレイユは少し黙り、もう一度《白蝕獣の白皮》を曲げてから頷いた。
「いいよ」
「決まりだな」
そこからは早かった。
どの部位へ負担が集中するのか、どこまで装備を増やしてもシルフィアの動きを邪魔しないのか。俺が素材側の条件を聞き、ミレイユが装備側から必要な性質を返してくる。
「腕だけじゃなくて脚にも欲しい」
「踏み込みの負担が大きかったからな」
「ずっと硬い素材は駄目。関節が動かなくなる」
「なら柔軟性は残す。衝撃が入った時だけ負荷を散らせればいいんだろ?」
「そう。それなら使える」
話が早い。
必要な性能が分かれば、あとはそこへ繋がる素材を探せばいい。
採取で足りなければ買う。
それでも足りなければ、中間素材を作る。
頭の中で調合経路を組み立て始めたところで。
「ねえ」
シルフィアの声が割って入った。
二人で振り返る。
いつの間にかシルフィアは椅子へ座り、頬杖をついてこちらを見ていた。
「なに?」
「これ、私の装備の話だよね?」
「そうだけど」
「そう」
俺とミレイユがほぼ同時に答える。
シルフィアは机の上の白皮と、俺たちを交互に見た。
「……なんで二人の方が楽しそうなの?」
言われて、ミレイユと顔を見合わせる。
確かに。
少し楽しくなってきた。
俺はもう一度、机の上の《白蝕獣の白皮》を見る。
必要な性能は決まった。
使えそうな基材もある。
あとは不足している素材を集めて、実際に調合するだけだ。
存在しないなら、作ればいい。
そのための《自由調合》だ。
次話も更新予定です。
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