第14話 鍛冶
「よし。できた」
錬成釜の中を確認して、俺はようやく息を吐いた。
窓の外はすっかり明るい。貸し工房へ入った時には夕方だったはずなのに、本当に朝までかかってしまったらしい。
その声で目を覚ましたのか、作業台へ突っ伏していたシルがゆっくりと顔を上げた。
「……ほんとに朝までやったんだ」
「昨日言っただろ」
「言ってたけど、本当にやるとは思わないじゃん……」
眠そうに目を擦るシルを横目に、俺は錬成釜から完成した素材を取り出した。
使ったのは《白蝕獣の白皮》と、昨日の林で見つけた《弾葉草》。
《弾葉草》は、細長い葉が大きくしなってもすぐ元へ戻る植物だった。その繊維をいくつかの中間素材を経由して白皮へ馴染ませ、ミレイユが求めていた性能へ寄せてある。
出来上がったものは革に近い見た目をしているが、元の白皮より薄く、驚くほど軽い。引っ張れば伸びて手を離すと元へ戻り、強く押し込めば一点で力を受け止めず、周囲へ逃がすように全体が僅かに歪む。
これならいける。
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【ITEM:緩衝白革】
分類:《素材》
効果:《衝撃分散・小》
潜在性:
①《軽量》
②《柔軟》
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狙っていたところまでは持っていけた。
「それが昨日つくってたやつ?」
「ああ。《緩衝白革》。あとはミレイユが使えるかどうかだな」
シルが横から覗き込み、指先で何度か表面を押した。
「……ぷにぷにしてる」
「もう少し言い方ない?」
「でも、ぷにぷにしてるよ?」
間違ってはいない。
俺は《緩衝白革》を布で包んだ。
◇ ◇ ◇
午後。
俺たちは再びミレイユの工房を訪れていた。
差し出した《緩衝白革》を受け取るなり、ミレイユは表面を撫で、両手で引っ張り、端を折り曲げて感触を確かめ始めた。最後に指を強く押し込むと、力が周囲へ逃げる様子を何度か確認する。
そして一言。
「使える」
「じゃあ頼んだ」
「うん」
それだけでミレイユは作業台へ向かった。
その手が台へ触れた瞬間、俺の視界へ表示が浮かぶ。
――――――――――
【SMITH】
《下地》→《成形》→《組成》→《仕上げ》
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基本的な流れは前世のゲームと変わらない。
ミレイユは《緩衝白革》を必要な大きさへ切り分け、シルの右腕と両脚を採寸すると、薄い金属部材と合わせながら装具の形を作っていく。
「薄くない?」
シルが作業台を覗き込んだ。
「薄くていい。守る鎧じゃないから」
「あ、そっか」
昨日決めた通り、目的は敵の攻撃を防ぐことではない。《狂化》や《断界》で腕や脚へ掛かる負荷を逃がしながら、シルの動きを邪魔しないことが最優先だ。
そのため関節そのものは覆わず、その周囲だけを支える形になっている。
そこからは長かった。
シルは途中から工房の隅で大曲剣の手入れを始め、俺も一度外へ出て三人分の昼食を買ってきた。その後は持ってきた素材の残りを確認したり、次に作れそうな錬金アイテムを考えたりして時間を潰す。
それでもミレイユの作業は続いた。
やがて、形になった装具の部材が作業台へ並び始める。
第三工程、《組成》。
ミレイユは《緩衝白革》を中心に、薄い金属部材と柔らかな接続材を組み合わせていった。脚部は足首から膝へ向かって衝撃が抜けるように組まれ、その一方で、踏み込んだ時に足が横へ流れないよう支点が配置されている。
最後の部材が固定された瞬間。
表示が出た。
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【構造効果が発生しました】
《踏込安定・小》
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「お」
これは予定になかった。
《緩衝白革》へ持たせたのは、衝撃を散らす性質だ。《踏込安定》は、ミレイユが組んだ構造によって生まれた効果らしい。
「脚が流れないようにしたのか?」
「うん。逃がすだけだと踏ん張れないから」
なるほど。
シルの戦い方なら、かなり使える。
そう思ったところで、表示がもう一度変化した。
――――――――――
【RARE EFFECT】
《反動還流・小》
――――――――――
「……は?」
思わず声が出た。
《反動還流》。
装具へ掛かった力の一部を弾性として受け、それを次の動作へ返す効果だ。
《小》なので返ってくる力そのものは大きくない。けれど、大曲剣を振り抜いた勢いを殺さず、そのまま次の踏み込みへ繋げるシルとは、やたら相性がいい。
ミレイユも手を止めて表示を確認すると、完成途中の脚部を裏返し、部材の配置をじっと眺めた。
「これ、もう一回できるか?」
「正確な条件までは分からない。狙って再現するのは難しいな」
「じゃあ余った革、置いてって。調べる」
「いいぞ。分かったら俺にも教えてくれ」
「うん」
そのままミレイユは何事もなかったように作業へ戻ったが、さっきより少しだけ手が速くなった気がした。
◇ ◇ ◇
最後の《仕上げ》では、シルへ何度も仮装着させながら細かな位置を調整していった。
締めすぎれば関節の動きが鈍る。逆に緩すぎれば、肝心な時に身体を支えられない。
シルが腕を曲げ、膝を曲げ、軽く踏み込む。そのたびにミレイユが外して留め具の位置を変え、また装着する。
何度目かの調整を終えた頃には、工房へ差し込む光が赤く染まり始めていた。
ミレイユが最後の留め具を固定する。
「できた」
俺の前に表示が開いた。
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【ITEM:白衝装具・腕】
分類:《装備》《腕部》
《軽量》
《衝撃分散・小》
《反動軽減・小》
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続いて脚部。
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【ITEM:白衝装具・脚】
分類:《装備》《脚部》
《軽量》
《衝撃分散・小》
《踏込安定・小》
《反動軽減・小》
RARE:《反動還流・小》
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「……想像以上だな」
反動を軽減できれば十分だと思っていた。
そこへ《踏込安定》と《反動還流》まで付いた。
特に脚部はかなりの当たりだ。
「シル。つけてみて」
「うん!」
待ちくたびれていたのか、シルはすぐに立ち上がった。
まず右腕。前腕から肘の周辺を支えるように装着するが、関節そのものは自由に動く。
続いて両脚。
膝の上下から足首までを支える形で固定すると、シルはその場で何度か膝を曲げ、腕を回した。
「軽い」
「違和感は?」
「ない。むしろ動きやすいかも」
ミレイユはその言葉を聞いてもすぐには満足せず、脚部の留め具を一か所だけ調整した。
「もう一回」
シルが踏み込む。
今度はすぐに頷いた。
「うん。こっちの方がいい」
「じゃあ外で試す」
◇ ◇ ◇
工房の裏手へ出ると、シルが大曲剣を抜いた。
完成した《白衝装具》を右腕と両脚へ装着し、その場で何度か身体を捻る。工房の中でも動作確認はしていたが、実際に大曲剣を振るとなれば話は別だ。
「最初は普通に振ってみてくれ」
「うん」
シルが腰を落とし、地面を蹴った。
大曲剣が大きな弧を描く。重い刀身の勢いに合わせて身体を回転させ、そのまま振り抜いた瞬間、脚部の《緩衝白革》が僅かに沈み込んだ。
次の瞬間、その形が戻る。
「わっ」
受け止めた力の一部が返り、シルの身体が自然に次の一歩へ押し出された。
姿勢は崩れていない。それどころか、普段なら一度踏ん張って止めるはずの大曲剣の勢いが、ほとんど途切れず次の動きへ繋がっている。
シル自身もすぐに気づいたらしく、自分の脚を見てから俺を見る。
「今、勝手に前に出た」
「《反動還流》だな。もう一回やってみろ」
今度は最初から次の動きを意識して、シルが大曲剣を構える。
踏み込んで振り抜く。返ってきた力に合わせて身体を返し、そのまま次の一歩へ繋げると、大曲剣も止まることなく反対側へ回った。
一撃目から二撃目までが、明らかに速い。
「おお……」
さっき表示を見た時点で相性がいいとは思っていたが、実際に動かしてみると予想以上だった。
シルの戦い方は、もともと大曲剣の勢いを殺さず、振り抜いた力を次の踏み込みへ繋いでいく。その途中で身体へ掛かっていた負荷の一部が、今度は《白衝装具》によって次の動作を助ける力へ変わっている。
「なにこれ、楽しい!」
シルが笑いながら、もう一度踏み込んだ。
今度は一度で止めず、そのまま二度、三度と大曲剣を振る。重い刀身に引っ張られるのではなく、その勢いへ自分から乗っていくように動きが繋がり、以前より明らかに切り返しが滑らかになっていた。
「シル、それ当たりだぞ」
「ふふん。私、ラッキーだから」
「そこは否定できないな」
狙っていたのは身体への負担軽減で、《反動還流》まで付く予定ではなかった。しかも偶然発現した効果が、よりによってシルの戦い方へここまで綺麗に噛み合っている。
運がいいという言い方で間違っていない。
「もうちょっとやっていい?」
「身体に違和感がないならな」
「ない!」
即答して、また大曲剣を構える。
今度は速度を少しずつ上げながら、踏み込みと切り返しを何度か繰り返した。最後に大きく振り抜いて止まったシルは、息を弾ませながら自分の腕と脚を確かめる。
「全然重くない。それに、前より剣が振りやすいかも」
「なら成功だな」
身体を守るために作った装備が、結果的にはシルの長所まで少し伸ばしてくれた。
しかもレア効果付き。
初めて作った装備としては、文句なしの大当たりだ。
◇ ◇ ◇
工房へ戻って片付けをしていると、ミレイユが作業台の端に残っていた《緩衝白革》を手に取った。
曲げたり引っ張ったりした後、今度は薄い金属板の上へ重ね、位置を変えながら何かを考えている。《反動還流》が偶然発現してから、ずっと構造が気になっているらしい。
「それ、残りも置いていっていいぞ」
俺が声を掛けると、ミレイユが顔を上げた。
「いいの?」
「ああ、何か分かったら教えてくれ」
「うん。いくつか試したい」
それだけ答えると、もう視線は《緩衝白革》へ戻っていた。
さっそく金属板との重ね方を変え始めたミレイユを見ていると、横にいたシルが小さく息を吐く。
「……なんか似た人が増えた」
「誰と誰が?」
「アーサーとミレイユ」
俺とミレイユは一度だけ顔を見合わせた。
別に似ているつもりはない。
そう思っていると、シルが呆れたように眉を下げた。
「ほら。二人とも『何が似てるんだろう』って顔してる」
「いや、実際分からないし」
「そういうところだよ」
よく分からないまま、なぜか二人まとめて呆れられた。
◇ ◇ ◇
工房を出る頃には、空はすっかり夕暮れに染まっていた。
昨日から続いた素材集めと装備作りも、これでようやく一段落だ。
「アーサー」
隣を歩いていたシルに呼ばれる。
「ん?」
「ご飯行こ。今日は私が奢る」
「なんで?」
「昨日も今日も私の装備のために色々やってくれたでしょ。だから、そのお礼」
「なるほど、じゃあ遠慮なく奢ってもらう」
「うん。ちょっと高いやつでもいいよ」
「言ったな?」
「……ちょっとだからね?」
さっきまでより少しだけ警戒した顔になる。
「何食うかな」
「アーサー、絶対高いの探そうとしてるでしょ」
「奢っていいって言ったのシルだろ」
「ちょっと高いやつって言ったの!」
そんなことを言いながら、シルは俺より少し前を歩いていく。
新しい《白衝装具》が気に入ったのか、その足取りは妙に軽い。
「早く!」
「分かったって」
昨日のことも。
今日の装備作りも。
これでひとまず一段落だ。
俺は上機嫌なシルの後を追いながら、今夜は何を食おうか考え始めた。
俺は夕暮れの街を上機嫌に歩いていくシルの後を追った。




