5.星月夜の高鳴り
「――まだか」
でたな、妖怪「まだか」。
心の中で毒づく。
夜の庭園。
今日は月もなく、星明かりしかない。
カンテラの灯りを頼りに、宝石を探していたわたしに近づいてきた妖怪「まだか」――もとい旦那様。
「まだです」
この問答、何回、いや何百回目だろう。
出たら真っ先に持っていくわよ。だから、そう何度も(何百回も)「まだか」はやめてよ。出るものも出なくなって引っ込んじゃうわよ。心労から、便秘確実になっちゃうって。
「そうか」
落胆? それともいつものことだと平常心?
わからないまま、旦那様がわたしと同じように手にしたカンテラを置くと、ドサッと芝生の上に座り込んだ。
「ならば、捜してみるだけだな」
そして、芝生の上を手探りで捜し始める。芝生を撫でるように。生垣に潜るように。
「そんな、旦那様にお捜しいただくなんて!」
こんな夜更けに、紳士がやることじゃないでしょ!
服だって手だって汚れるし!
こういうのは、下々の者にやらせておけばいいじゃない!
「ここまで待って出てこないとなると、庭に落ちている可能性しかないからな」
いや、そうなんですけど!
「あの……そんなにアドリアーネ様とご結婚なさりたいのですか?」
ちょっと気分を落ち着けて。ズボッと、生垣に顔どころか体まで突っ込んだ旦那様に問いかける。
「ん? なんだ?」
「あ、いえ……。そんなにご執心なのかな、と」
ちょっと気になっただけですけど。
妖精からもらったという宝石(眉唾)。それを渡してプロポーズしたいと思うほど、そのアドリアーナ嬢にゾッコンなのかと。
「まあ、な」
ズボッと、生垣から生還(?)した旦那様が言った。
「執心とは、違う気がするが」
「違う?」
こんな夜遅くに捜しに来るほどなのに?
「求婚するのに宝石が必要と言うなら、別の物を用意してもよかったんだが……」
あ、それは考えたことあったんだ。
妖精の宝石を渡さなくても、別の物でも求婚はできる。というか、普通の宝石で求婚する方が一般的。
「彼女と結婚するのは、打算でしかないからな」
「打算……ですか?」
ケルヴィンの話だと、旦那様がアドリアーナ様にゾッコンってことだったけど? それが――打算?
「彼女と結婚するのは、彼女の親戚に名医がいると聞いたからだ」
「名医、ですか?」
「そうだ。外科の名医で、この国を離れて医術に邁進しているらしい。どんな瀕死の患者も、最期の告解に神父を呼ぶべき場になっても、その者の手にかかれば、一瞬で元の元気な姿に戻れるそうだ」
「それは、……素晴らしいですね」
告解聴く神父は、用無しで仕事上がったりだろうけど。
「外国で引く手あまたで、患者が途切れない。大人気すぎて、その国の王が手放さない。そんな医師だ。診てもらうにも数日、いや数か月はかかる。下手をしたら診てもらうことすら難しいと言われている」
なるほど。
「でも、そんな医師と令嬢とどんな関係が?」
「結婚して身内になることで、診察を融通してもらう」
「融通?」
というか、旦那様、そんな名医に診てもらわなきゃいけないお体してたっけ?
「妹を、シェリアを診てもらうんだ。僕はシェリアの足を治してほしい。そう思っている」
一旦捜すことをやめたのか。旦那様がフウッと息を吐いて、芝生に座り込んだ。
「シェリアの足は生まれつき悪い。おそらくこの先も、一生車椅子生活を余儀なくされるだろう」
それは、そう。
お嬢様の足は、一歩も大地を踏んだことがない。
ほっそりというか、筋肉がなくて、一人で立ち上がることも難しい。
聞いた話だけど、生まれつき歩けないらしく、お嬢様の足は生まれたての小鹿より細い。
「それを、治していただこうと?」
お嬢様の足を治す。それとアドリアーナ嬢との結婚、それも妖精の宝石を使っての求婚とイマイチつながらない。
「そうだ。名医の親戚にシェリアを診てもらうという、打算でしかない、こちらの欲しかない結婚だ。だから、せめて夫として誠実であろうと思って、あの宝石を彼女に渡すことを考えた」
なるほど。
旦那様は、お嬢様の足を治して差し上げたい。
けど、足を治せるだろう名医は、他国にいて、診察もままならない。
そこで、名医の親戚であるアドリアーナ嬢に目をつけた。アドリアーナ嬢と結婚して自身も親戚になれば。そうしたら親戚特権で、診察してもらう機会が訪れるかもしれないと。
そして、そんなワガママで結婚したアドリアーナ嬢に、少しでも誠実な夫であろうと、自身の宝物である「妖精の宝石」を贈ろうと考えた。
自分のワガママで令嬢の人生を左右することをするのだから。そのことへの罪滅ぼしを兼ねて、宝物を贈ろうとした――と。
(生真面目な方)
人にウンコを出せと言ってくるトンデモな人だけど、その根っこはとても優しくて、実直。
「じゃあ、なんとしても見つけ出さなきゃ――ですね」
見つかるかどうかわかんないけど、諦めちゃダメよね。
ただの婚約、ただの贈り物なら、「はあ? そんなの知らないわよ」だけど。お嬢様のためってのがあるのなら、そんな家族思いな理由があるのなら、頑張って捜すぐらいわけないわよ。
何日経ってもウンコで出てこないなら、この庭に落ちているはず! 早く見つけて差し上げなきゃね。この茂み、落ちてないかな――って。
ピシッ。
「あい゛だっ!」
ガサゴソ捜すわたしの額を直撃した枝。
茂みを捜すのに邪魔な枝を押しのけて。それが跳ね返って額を直撃。
「大丈夫かっ!?」
「だ、大丈夫……です」
アタタタと、茂みから身を戻すけど。
「血が出てるじゃないか!」
え? あ、ホントだ。
痛む額に触れたら、わずかだけど指に血がついた。
「――まったく。何をやってるんだ」
怒りながらなぜか近づいてきた旦那様の手。
「すみません……」
枝が当たったのが額でよかった。目だったら目も当てられない……って!
「だ、旦那様っ!」
「いいから黙ってジッとしてろ」
いや、黙ってもジッともしれられませんって!
俯きかけてたわたしの顎を、半ば強引に持ち上げた旦那様。
もう片方の手で、懐から真っ白なハンカチを出して、額の傷に当ててくださる。
「深く……は切れてないようだな」
「は、はい……」
ピシッと当たったけど、そこまでの傷じゃないと思います。
ジンジンヒリヒリしてた傷。持ち上げるために指を沿わされた顎。そこに、違う熱が生まれる。
星明りとカンテラの灯りに照らされた、真剣な顔の旦那様。白皙の整った顔立ちは、カンテラの灯りで赤く染まり、黒い髪は空の青白さに艶めく。
傷を診るために、神妙になった眼差し。
(キレイ……)
男の人にその形容が正しいのかどうかは知らないけど。
不覚にも、キレイと思ってしまった。
清潔な白いハンカチ。丁寧にアイロンもかけられたハンカチ。
こんな傷。わたしの不注意でできた怪我。メイドなんかにできた傷。
そんな真剣な顔で、手当てしてくださるようなものでもないのに。どっちかというと、「ハハハ、マヌケぇ」って笑われても仕方ない傷なのに。
「血は、止まったか」
どうしてそんなに真剣に手当てをしてくださるんですか? どうして、そんなホッとしたように笑ってくださるんですか?
「今日はもういい。誰かに手当てをしてもらって、早く休め」
「は、はいっ!」
弾かれるように立ち上がる。
「では、おやすみなさいませっ!」
メイドらしく。公爵家のメイドらしくって思うけど、胸がドキドキしてついバタバタと走り出してしまう。
なんだろう。
走ったからじゃないのに。走る前から胸がドキドキバクバクおかしな動きをする。




