4.運がいいのか悪いのか
最悪だ。サイアク。
災厄。変災。災禍。厄災。厄難。
不幸のどん底。この世の終わり。カタストロフィ。世紀末。
ああ、神様。わたし、どんな悪いことをしたというのでしょうか。どんな罪を犯したら、こんな罰を喰らうことになるのでしょうか。
寝る前のお祈りもかかしてなかったのに。休みの日には(時折サボったけど)教会に礼拝に出かけていたのに。
(やっぱり先週、礼拝に行かなかったせいかなあ……)
なんとなく、めんどくさくて「お腹痛い」と嘘ついて行かなかった礼拝。そのせいで、こんな目に遭ってる?
(これからは、心を入れ替えてちゃんと礼拝に行きますから)
だから助けて。
助けてくれたら、神様信じるから。
「よーお。お疲れ」
階下の台所。続きにある使用人の部屋で、机に潰れていたわたし。
そこに、ひときわ陽気な声がかかる。
「あ~、ケルヴィンかあ。お疲れ~」
顔を上げるのも面倒で。ベチョッと頬を机でつぶした状態で、挨拶だけする。
近づいてきたのは、従者のケルヴィン。
「元気ないなあ、お前」
「元気なんてでるわけないじゃん~」
グッタリ。
顔を持ち上げるのも大儀で、喋るのはもっと大儀。
「大丈夫?」
ケルヴィンに次いでやってきたのは、メイド仲間のサナンサ。ケルヴィンと違って、優しく気遣ってくれる。
「まあ、あれだけ旦那様に追いかけられてたら……ねえ」
そう言ったのは、同じくメイドのナタレット。ケルヴィン、サナンサ、そしてわたしより二つほど年上なせいか、歯に衣着せないズバッとした言い方をする。
「でもさ、旦那様に追いかけられるって、うれしいんじゃね?」
ケルヴィンが言う。
「そういう小説とか、あるじゃん?」
「ゔ~~」
「バカ! そういうのは小説だけよ!」
アホを言ったケルヴィンの頭を、パコンとサナンサが叩いた。
「まあ、三文小説ならそういうのもアリだけどねえ」
叩かれた頭をさするケルヴィンに、ナタレットが賛同する。
「好きで好きで追いかけられるならいいけど……ねえ」
そうなのだ。
今のわたしは、連日連夜、暇さえあれば旦那様に追いかけられている。
わたしを好きだから――ではない。
わたしが妖精の宝石を出したかどうか。それを確かめるために追いかけ回されている。
やっすい恋愛小説みたいに、お屋敷のお坊ちゃんが可憐な(自分で言うか)メイドに恋をして、絶賛追いかけ回し中ってのなら、わたしだって、「あら? 困ったわ」とかなんとか。全然困ってないのに困ってるフリぐらいするわよ。
けどねえ。
(会えば「出たか」、だもんねえ)
お嬢様といっしょにいるときは、旦那様は近づいてこない。
下手なことを言って、お嬢様に嫌われたくないんだろう。峻下剤を持ってきた時のようなことは起こらない。
けど、一人になれば。
――今日は出たか?
――まだ、出ないのか?
わざわざ、絶対わざとでしょうという、一人になった頃合いを見計らうようにバッタリ旦那様に(バッタリ)出会って、成果を訊かれる。
普通に廊下ですれ違う、「たまたま」って感じじゃないんだよね。この間も、人か階下に降りようとした時だったし。あれ、絶対お嬢様がいない時、わたしが一人になる頃を狙ってたよね?
こんなの。百年の恋も冷めるってもんよ。……恋してたわけじゃないけど。
「まあ、大変だろうけど。頑張って」
ポンッとナタレットがわたしの肩を叩いて慰める。
「そうだぜ。俺たちもさ、どっかに落ちてないか探してやるからさ」
飲み込んだわけじゃなく、どこかに落ちているんじゃないか。
そう思っての発言。
「ガラン爺さんもさ、花の手入れついでに探してくれてるし、パトリクスさんだって、仕事の合間に探してくれてるんだぜ?」
「パトリクスさんが?」
ケルヴィンの言葉に、サナンサが驚く。
庭師のガランさんはともかく、執事のパトリクスさんまで探してくれていることには、サナンサでなくても驚く。
年輪重ねた顔にモノクルをはめたパトリクスさん。いつも生真面目な表情を崩さない彼が、堅牢な老執事といった風情の彼が、庭であんな小さな玉を探している。想像がつかない。
(でも、ありがたいことだわ)
今の時間、ケルヴィンやサナンサたちもそうだけど。
仕事が一段落して、ちょっと休憩取れる時間。次の旦那様たちのお茶の時間までのわずかな休憩時間。
なのに、三人がここにやって来るのが遅かったのは、きっと彼らも庭で探してくれていたからだろう。
(ありがたいなあ……)
追いかけ回してまで、「出たか」訊いてくるだけの旦那様と違って、みんなのその優しさが身に染みる。
家族と離れてもう五年。いろいろな所を転々として、たどり着いたこの職場。
このまま結婚まで働くのか、それともまた別の場所で働くことになるのか。
わからないけど、今はこの環境、この仲間といっしょに働けて幸せだなあって思う。お嬢様はとってもお優しいし。――ウンコ出せ出せは勘弁だけど。
「けどさ。旦那様はどうしてそこまであの青い玉に固執なさるんだ?」
ケルヴィンが疑問を呈した。
「ご令嬢に贈るならさ、別にそれじゃなくてもいいじゃん? 失くしたなら失くしたで、宝石商かなんかによく似た新しいのを作らせてさ、『これを君に』ってすりゃいいじゃん」
なんであの青い玉に執着するんだ?
「嘘が苦手な質だから?」
サナンサが言う。
生真面目な方なのかしらと思ってる感じ。
「それとも、妖精の言うことを信じていらっしゃる――ってことなのかしら?」
ナタレットが言う。
「純朴ね」とわずかにバカにしてる感じがするけど。
妖精からもらった宝石。
わたしにはドロップに思えたその宝石は、旦那様がかつて助けた妖精にもらったといういわくあるもの。
なんでもそれを渡した相手と、「永遠に幸せな」「愛にあふれた人生」を過ごせるとかで。今、結婚を前提に交際なさっている男爵令嬢、アドリアーネ・フォルツァさまに、お渡しして、結婚を申し込むおつもりだったと。
そうお嬢様から伺っているけど。
(結婚を申し込むだけなら、他の宝石でもいいじゃない)
ダイヤモンドなら、「永遠の愛」。その堅固さから、絆の硬さなんてのもあって人気の宝石。
エメラルドなら、「夫婦の愛」。若い新緑を思わせる色から、新生活の円満、繁栄を願う石として人気。
ルビ―なら、「情熱」。燃えるような赤い色が、深い情愛を示しているとかなんとか。
青い石ってことなら、「誠実」って意味のサファイアもある。似た印象のってのなら、「真実の愛」のラピスラズリ。
どれも「妖精からもらった」ってのはついてないけど、贈ったら喜ばれるんじゃない?
それか、豪華にルビー、エメラルド、ガーネット、アメジスト、ルビー、ダイヤモンドをあしらったネックレスとか。リガードネックレス。その宝石の頭文字、R、E、G、A、R、Dを並べるとREGARD、「敬愛、心から想う」って意味になるってやつ。
他にも、ダイヤモンド、エメラルド、アメシスト、エメラルド、サファイア、トパーズでDEAREST、「最愛の人」ってのもある。
宝石いっぱい使ってお高そうだけど、伯爵家の財力なら、それぐらい大したことないでしょ?
人の、それもウンコといっしょに出てきたような宝石を渡さなくても。わたしなら、そんな宝石、どれだけキレイにしても臭いそうで、欲しくないなあ。経緯を知らなければ、単純に妖精からもらった石としか知らなければ、喜ばれるかもしれないけど。
でも、経緯知ったらゲンナリよ。妖精もうれしさも何もかも吹っ飛ぶわ。
よいせっ。
心の中で掛け声つけて、立ち上がる。
「どこ行くんだよ」
わたしの隣に座ってたケルヴィンが問う。お茶を用意してくれていたサナンサも、テーブルの上のクッキーに手を伸ばしかけてたナタレットも。一斉に、視線がわたしに集まる。
「――トイレよ」
出せるか出せないか。
出るか出ないか。
わかんないけど、頻繁にトイレで頑張ることにしている。
(一応、快腸なんだけどなあ)
いつものわたし。
便秘でもなければ、フン詰まりも起こしていない。
けど、なかなか出てこないあの宝石。
本当にお腹にあるのかどうかわかんないけど、出ないと出ないで旦那様がうるさくて仕方ない。
だから、暇があればトイレで踏ん張っている。
「頑張って」
あまりうれしくもない励ましを、サナンサが贈ってくれた。
「でもさあ、なんで旦那様は、あのご令嬢にご執心なのかねえ」
一番旦那様の近くで働いているケルヴィンが言う。
「そりゃあ、美人だからじゃない?」
ナタレットが答える。
「でもさ、あのお嬢、すっげえ気が強そうだぜ?」
「そこがいいんじゃない。バカね」
同じく気の強そうなナタレット。
「旦那様みたいなヒョロヒョロは、ああいうハッキリした気性の方に惚れるものなのよ」
そうなんだろうか。
疑問に首を傾げたくなる気もしたけど、反論できるほどの経験もなければ見識もない。
というか。「ヒョロヒョロ」って。
それ、自分の雇用主に言っていいこと?
まあ、確かに旦那様はヒョロヒョロだけど。
体つきがってことじゃない。体は貴族として背も高いし、ガッシリしている。ご両親、先代伯爵夫妻が亡くなられて、十八で伯爵位を継がれて、立派にやっていらっしゃる。けど中身が……。
妖精を信じるような乙女だし、妹に叱られるだけでシュンとなさるかただし。
覇気がないというか、男らしくないというか。そういう点がヒョロヒョロ。
――言わないけど。
「ま、ああいう組み合わせは上手くいかないものよ」
ズバリ。
ナタレット見識による予想。
「そうなの?」
訊いたサナンサと同じく、ヨロヨロトイレに向かうわたしも驚く。
そうなの? 会ったことないご令嬢とだけど、旦那様、上手くいかないの? そういうものなの?
(だったら、頑張って出す意味ない?)
一日何回もトイレで踏ん張って。出したところで要らないもの?
でも。
(とりあえず、頑張るかあ)
それで旦那様たちが上手くいこうがどうなろうが、一介のメイドには関係ありません。宝石が臭かろうがなんだろうが、出せば、旦那様が静かになるし。
助けてくれるみんなのためにも。心配してくれてるみんなのためにも。
出せ出せうるさい旦那様の恋のためにも。
無駄な努力かもだけど、一人トイレに行ってきます。はい。




