3.「出せ!」と言われて出るものでもなし
「――出たか」
翌朝早く。日も昇りはじめていないような朝未きの時間。
庭に出て、芝生の上に這いつくばっていたわたしに、声をかけてきた人。旦那様だ。
「ま、まだです」
そう言い返すのが精いっぱいだった。
何を出たのか。何を出したのか。
訊かれるのも答えるのも嫌だ。
「なら、早く出せ。というか、なぜ、こんなところにいる?」
「いや、この辺に落ちてないかなーって」
そう思って探しているんです。
わたしが飲み込んだ、わたしのお腹の中にあるって決まったわけじゃないし。あの時は暗くてよくわからなかったけど、もしかしてこの辺に落ちてないかなーって思って探しに来たんです。
そしたら、出たかどうかとか、関係なくなりますもん。
「それで? あったのか?」
ング。
「な、ないです……」
ずっと探してるけど、どこにもありません。
ずっと探してるんだけど、見つからない。見つかりそうにない。
となると、やっぱりあれはわたしのお腹の中? わたし、ゴックンしちゃったの?
「そうか」
わたしの答えに落胆したの?
旦那様が顔を逸らす。その横顔から吐き出される息は白い。
寝巻にガウンだけを羽織ってただけの旦那様。
そんな紳士としてあるまじき恰好なのは、もしかして、わたしと同じことを考えて、同じように探しに来たの?
もしかして、あれはわたしが飲み込んだんじゃなくて、その辺に落ちてるんじゃないかって思ったから、こうしてやって来たってこと?
よく見れば、旦那様の目の下、うっすら黒くなってる。クマだ。
自分の大切な宝石を失くして、眠れなかったとか? 気になって眠れなくて、それでこんな朝早くにここに来たってこと?
(だとしたら、早く見つけて差し上げなきゃ)
と思うんだけど。
「なら、早くトイレに行くべきだ」
――は?
なんですと?
聞こえた言葉に、芝生をまさぐる手が止まる。
トイレに……行け?
「ここにないということは、そういうことだろう?」
いや、そうかもですけどね?
トイレ行けってことは、ウンコしてこいってことで。
それを言う? 普通。
わたしは令嬢でもないし、ただのメイドだけどさ! レディじゃないかもだけどさ! だからって、トイレ行け、ウンコしてこいはないんじゃない?
驚きと驚きと怒りと呆れと。
いろんなことで頭混乱になったわたしの前で、旦那様がスルスルとガウンを脱いだ。って! なっ! なにをっ!
「そんなところに座り込んでいたら、風邪をひく」
脱いだガウンをフワッとわたしにかけてくださろうとした旦那様。
言ってることは酷いけど、案外お優しいところもある?
「いや」
ガウンが、わたしの体に触れる寸前で止まる。
「この場合、風邪をひいてくれたほうがいいのか?」
「――は?」
なんですと? その二。
風邪をひけ――とは?
「風邪をひいたら、お腹も壊す。そうしたら、あれも出しやすくなる」
「はぁああああっ⁉」
なんですかそれ!
わたしにウンコを出すために、風邪をひけと?
そりゃあ、こんなところに座り込んでたら、いつかは風邪ひいて、お腹壊すかもですけどねっ!
だからって、だからって、だからって……!
「風邪をひいて腹を壊せば、強力な峻下剤を用意しなくても済むし……」
顎に手を当て、勝手に考え込んだ旦那様。
「最っ低っ!」
バチコーン!
朝の澄んだ空気に、わたしが旦那様の面を引っぱたく音が響いた。
*
「それは、お兄様が悪いわ」
朝、しっかりと太陽が昇って。
いつもの時刻にお目ざめになったお嬢様が仰った。
いくらなんでも、「風邪をひいて腹壊せ」はひどいよね? お嬢様もひどいと思いますよね?
大切な宝物を取り戻すためであっても、最低な発言ですよね?
同意を得たくて、つい前のめり。
「ユエルが風邪をひいてしまったら、私、寂しいわ。つまらないもの」
え゛?
旦那様の発言を怒ってくださってると思ったけど、怒る理由はそっち?
「冗談よ」
わたし、どんな顔をしてたのだろう。お嬢様が驚くわたしを見て笑う。いたずら成功ってところかな。
というか。
「ヴヴン。それよりも。あの旦那様の宝物って、本当にそうなんでしょうか」
シッカリ咳払いして、話題変更。
「本当にって? あれを妖精からもらって話、信じてないの?」
「いえ、そちらではなく。あれが宝石だってことです」
妖精からもらったって話も、「嘘だあ」って思ってますけどね。
「あれを、わたしが飲み込んじゃってたとして。宝石だったとして、そんな簡単に飲み込めたりするものなのか、気になってるんです」
宝石であれ、ドロップであれ。
体の持ち主が全然気づかないほどの速さでゴクリといけるものなのだろうか。
宝石にしては喉を通った感触がない。ドロップにしては欠片も甘さを感じていない。
だから、庭に落ちたままになってるんじゃないか。そう思って、朝も早くから探していたのだけど。
「そうねえ。私、お兄様に見せていただいたことあるけど。あれはたしかに宝石よ?」
「そう……なんですか?」
「ええ。とても硬かったし、甘い匂いもしなかったし。なにより、お兄様が幼いころにもらったものよ? いくら大切にしていたって、ドロップなら何年も経てば、とっくに腐ってるものじゃない?」
それはそうだ。
あれがドロップなら。あれを旦那様が幼少のころ妖精(←ここは眉唾)にもらったものだとしたら。どれだけ大切にしていても、夏の暑さでドロッと溶けて、冬の寒さでそのまま固まっていそうだけど。あれは、そういうことをくり返してた結果のものには見えなかった。
キレイな、キレイなまんまるドロップだった。
(とすると、本当に宝石?)
そんなものが、わたしのお腹のなかに?
お仕着せ黒ドレス、その上、白い大きなエプロンに触れ、お腹をさすさす。
二階から落ちてくるのが、あんな暗闇でもハッキリ見えたぐらいだもん。結構大きな宝石だったってことになるよね?
(出て……くるのかな?)
わたしのお尻から。
ちゃんと産み出せるのかな?
詰まったりしない?
喉は大丈夫だったとしても、お尻も大丈夫の保証はないよ?
コンコン。
軽い叩扉の音。同時に入ってきたのは。
「お兄様!」
「あれを出してもらわなくては困るぞ」
言いながらズカズカ入ってきた旦那様。両手で抱えていた重そうな箱を、部屋の真ん中に設えてあったテーブルにドスンと置く。
「お兄様、それは?」
お嬢様が、自分で車椅子を動かして、箱と旦那様に近づく。その介助をしようと、わたしも動くけど。
「峻下剤だ」
「シュンゲザイ?」
お嬢様が軽く首を傾げた。
「腹下しの薬だ。早く出してもらわなくていけないからな」
「はっ、腹下っ……!」
その箱もしかして、もしかしなくても、箱いっぱいに、下剤が入ってるってことっ⁉
そんな重そう箱にっ⁉ わたし、それ、全部飲むのっ⁉
「お前」
ビビるわたしに、旦那様が向き直る。
「恋人とか、将来を考えている相手とか。その……」
勢いづいて話し始めたかと思ったら、なぜか言い淀む旦那様。
「――理ない仲、男女の関係にある相手はいるか?」
へ?
「おりません……けど?」
悲しいけど、生まれてこのかた十八年。そういう人は一瞬たりともいたことありませんが?
というか、なんの確認されてるの? 峻下剤とそれにどんな関係が?
「じゃあ、その腹に子が宿ってる可能性はないか?」
「はああああっ⁉」
なに、赤くなってるんですかっ!?
訊いたアンタが赤くなる必要ないでしょ! ここは、訊かれたわたしが赤くなるところでしょ!
淑女じゃないけど、未婚の娘に訊いていいことと悪いことがあるでしょーが!
「――そんなことをお尋ねになるなんて。お兄様、最低ですわ」
口をパクパクさせるだけで、怒りのあまり、出す言葉の順序が混乱したわたしに代わって、お嬢様が旦那様を詰った。
「いや、そうじゃない、そうじゃないんだ!」
大事な妹に詰られて。旦那様が弁明を始める。
「この薬は、強烈な効果があるらしくてな! 妊婦が飲むと流産する危険があると薬屋に言われたんだ! だから確認しておこうと……」
「どちらにせよ、最低です!」
ピシャン。
お嬢様、容赦ない。
「こんな薬、必要ないですから! お兄様! お持ち帰りください!」
それから、お嬢様が車椅子をわたしのほうに動かし、向き直る。
「ユエル。こんなお兄様のために、アナタが頑張る必要はないわ! せいぜいお兄様を困らせておやりなさい!」
「そっ、それは……」
わたしに便秘になれ!
そういうことですか?
妹に詰られ、うなだれた旦那様。お可愛らしい頬をプウッと膨らませたお嬢様。
便秘を命じられたわたしは、お嬢様と旦那様に挟まれて。どうしていいかわからず、オタオタするしかなかった。




