尽き果てた食料と餓死の危機、そして目覚めし謎の球体
クラインはゴブリンの焚き火の跡地の傍らに座り込み、布に包まれた肉をじっくりと観察していた。その肉の塊は小さなスイカほどの大きさだった。色は鮮やかな赤色で、大理石の模様のように白い脂肪の層が筋状に入り込んでいる。触ってみると、口に入れた瞬間に溶けてしまいそうなほど柔らかい。もしこれが牛肉だとしたら、間違いなく超高級のプレミアムランクだろう。
しかしその反面、奇妙な緑色をした皮の部分はガチガチに硬く、竹串サイズの鋭いトゲが無数に生え揃っていた。これでは到底、牛肉だと思い込んで自分を騙すことは不可能だ。とはいえ、これが一体何の肉かわからなかったとしても、少なくとも自分と同じ人類の肉ではなさそうだという事実は、クラインを大いに安心させた。
『ビヨ~ン、ビヨ~ン』
クラインが指でトゲを弾くと、バネを弾くような音がした。「この肉、実は食材じゃなくて武器として使われてたんじゃないか?」と疑いたくなるほどの硬さだ。
しかし、クラインがこの肉を食べるべきかどうか躊躇している最大の理由は、その『凶悪すぎる匂い』だった。肉自体からも、豚肉や鶏肉、牛肉とは全く違う未知の匂いが漂っていたが、それは彼にとって大した問題ではなかった。本当に忌まわしいのは、肉を包んでいた『布』の匂いだったのだ。
それはまるで、「汗だくのゴブリンの脇の下に何年間も挟まれていた布」を、そのまま肉の包装に使ったかのような悪臭だった。しかもその匂いは、見事に肉の内部にまで染み込んでいた。これがゴブリン流の肉の熟成方法だとしたら、だからこんなにも柔らかく美味しそうな見た目をしているのか? と考えると、クラインはゾッとした。
『クンクンッ』
クラインは試しに顔を近づけて匂いを嗅いでみたが、即座に顔を背けた。鼻の粘膜を焼くような悪臭に、鼻翼の筋肉が麻痺しそうになる。彼は鼻に皺を寄せながら手の中の肉塊を見つめ、これをどうすべきか必死に考えた。まるで脳内のリングで試合が始まったかのようだ。
青コーナー『最高級A5ランクの柔らか肉』
VS
赤コーナー『ゴブリンの汗だく脇の下熟成臭』
この試合のレフェリーを務めるのは至難の業だった。勝負の結末は2つに1つ。天に昇るほど美味いか、リングの脇で吐き気を催して死ぬかだ。
『ギュルルルル』
どうやら第3のレフェリーも判定に加わりたいらしい。
「胃袋レフェリー、本当にその判定でよろしいですね?」
『ギュル、キュルルル』
「あなたがそう仰るなら……勝者、『青コーナー』!!」
クラインは勝利を祝うかのように肉塊を天高く掲げた。そして肉をバッグにねじ込むと、ゴブリンのワキガ布を地面に叩きつけ、ありったけの怒りを込めて踏みつけまくった。それから、「おー肉ちゃーん、今帰るよー♪」と上機嫌で鼻歌を歌いながら、スキップをして研究所へと帰っていった。
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クラインはカプセルルームの前に立っていた。彼のバッグは裏返しにされ、中身のアイテムはすべてバルコニーに並べて干されている。どうやらあの悪臭は肉を貫通し、バッグの中身すべてに染み渡ってしまったようだ。現在のクラインは口呼吸しかできなかった。なぜなら、ゴブリンのワキガ臭が脳に直接突き刺さるのを防ぐため、両方の鼻の穴に公式通達の紙を丸めて突っ込んでいたからだ。
「よし、水は7本ある。このゴブリンのワキガ臭を洗い流すには、何本使えば足りるんだ?」
クラインは眉間に皺を寄せながら計算した。肉を食べるためには、貴重な水を犠牲にしなければならない。だが、これほど強烈な匂いとなると、7本すべて使い切ったとしても消える保証はどこにもなかった。
「やるしかねえ! お肉ちゃん、今いくよ!」
肉への渇望で盲目になった彼は、全財産を賭けて大勝負に出る覚悟を決めた。クラインは丁寧に1本目の水のキャップを開け、肉を洗い流す第1ラウンドを開始した……。
しかし、結果は絶望的だった。あの吐き気を催す腐臭は、全く同じ強さで漂い続けていたのだ。
「ふん、そう簡単には落ちないってか……ならこれでもくらえ! クライン大先生秘伝の『七つの墓場の聖水』!!」
クラインは2本目の水で肉を洗いながら、希望を込めて優しく肉をこすった……。しかし、憎き匂いは相変わらず頑固に居座り続けている。
「うおっ! こいつ相当しぶといな。だったら……天使も親指を立てて『最高!』と叫ぶ『第九天層のミネラルウォーター』だ!!」
クラインは3本目の水を使い、今度はゴシゴシと力を込めて肉をこすり洗いした……。
だが、匂いは消えない。それどころか、肉が水に触れたことで、悪臭はさらに凶悪さを増し、より広範囲に拡散しているようにさえ感じられた!
「なんでさらに臭くなってんだよぉぉぉぉ!! お前は本当は石鹸を弾く肉なのか、このタニシ野郎!!」クラインは惨めな様子で両拳を床に叩きつけた。
あるいは、クラインの勘違いだったのかもしれない。あの布が悪臭の元凶だと思っていたが、実はあの布こそが、この肉が放つ悪臭の感情的な「被害者」だった……という可能性もゼロではない。
「ぎゃああああ!!! じゃあ俺は、この腐った肉のために貴重な水を3本も無駄にしたってのかああああ!!!」
『ギュルルルル』
「てめえは今すぐ黙れ、このポンコツレフェリー!!」
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結局、クラインは洗い流すことを諦め、日光の力で匂いが消えることを祈って「天日干し」にすることにした。彼はそれを15階の屋上に干し、自分がそれをそこに干したこと自体を忘れてしまえるように神に祈った。
「結局、元の鞘に収まるってわけか。マジで最悪だ」
クラインは力なく呟き、いつものレーションを食べるために部屋へ戻った。
「えっ……は? ん?」
クラインは食料の保管箱に手を入れてまさぐったが、何も手に触れなかった。箱の中には、ズタズタに引き裂かれ、噛みちぎられたレーションの包装紙の残骸が散らばっているだけだった。
「おい嘘だろ!」
外に食べ物を放置しておけば、ネズミにとって最高の餌になるということに、彼はようやく気がついた。クラインの心臓が早鐘を打つ。なぜなら彼の残りの全財産は、部屋の前に干してある最後のレーション1本と、水4本だけになってしまったのだから。
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4日が過ぎた。
最後のペットボトルから落ちる水滴が、クラインの口へと吸い込まれていく。彼は唇を鳴らし、その一滴の味を少しでも長く、価値あるものとして味わおうとした。
この4日間、彼は緑色のモンスターたちの目を盗みながら、廃墟と化した都市の隅々まで探索し続けた。命を繋ぐ果実を実らせる木がどこかに一本でも生えていないかと、淡い期待を抱いて。しかし、結果は失望の連続だった。この都市で見つけた唯一の水源は、公園の中心にある池だったが……それは今や、得体の知れないドロドロとした黒い液体に変わっていた。
現在のクラインの姿は、直視できないほど悲惨だった。唇は乾ききってひび割れ、体は目に見えて痩せこけている。さらに、周囲に響き渡るほど大きな音で腹の虫が鳴り続けていた。それと同時に、サイボーグの機械部分からは「ウィィィン」という、油切れの古い機械のような低い唸り声が漏れていた。
「俺、もうすぐ死ぬのか? 餓死なんて全然かっこよくないぞ。どうせ死ぬなら、外に出てゴブリンに食われたほうがよっぽどストーリー性があるってもんだ」
クラインは部屋の壁際で、生きる希望を失い座り込んでいた。
実は昨日、クラインは屋上に干したあの肉の様子をこっそり見に行っていた。不思議なことに、あれだけ完全に露出した状態であるにもかかわらず、ハエ一匹たりとも近寄ろうとしていなかった。彼のレーションを盗んだネズミでさえ、あの肉に命を懸ける勇気はなかったのだ。しかし空腹に耐えかねたクラインは、試しに舌の先で肉を舐めてみた――その結果、屋上で盛大に胃液を吐き散らす羽目になった。
「あーあ、こんな風に餓死するのヤダなー、全然クールじゃない」
クラインは呟きながら立ち上がり、親切なネズミがおこぼれを残してくれていないかと、食料箱の中を漁り始めた。しかし、手には虚無感しか触れない。
彼は元の場所へ戻り、腰を下ろした。だがその時、何かの上に乗ったような感触があった。いや、自分のコートの上に座ったのだ。そして彼が踏んづけた「何か」は、そのコートのポケットの中に隠されていた。
クラインはポケットに手を突っ込み、それを取り出した。それは、あのサバイバルキットの中に入っていた「ピンポン玉」だった。
「はは……俺、なんでピンポン玉なんて取っておいたんだろうな。一度も遊んでないのに……」
クラインはそれを見つめながら、突飛な妄想を膨らませた。もしかしてこのピンポン玉、超ハイテクな非常食なんじゃないか? 試しに口に入れてみても損はないだろう。そう考えたクラインは、空腹のあまり、その丸い玉をそのまま口の中に放り込んだ。
「硬い……味がない……噛めない。これ、正真正銘のピンポン玉じゃねえか、馬鹿野郎……!」
次の瞬間、クラインは目をカッと見開いた。なぜなら、彼の口の中にあるピンポン玉が、まるで携帯電話のように振動し始めたからだ。
『ブーーーーン』
そうだ、間違いなく携帯のバイブレーションの感覚だ。だが、この世界に携帯電話が存在するのか? いや、もし携帯じゃないとしたら、これは……。
クラインはハッとして、慌ててその丸い玉を吐き出し、爆発する前に部屋の隅に向かって全力で投げ捨てた。
しかし、その謎の球体は空中でピタリと止まり、重力を完全に無視して浮遊し始めた。クラインはそれが「浮遊型の殺傷手榴弾」だと思い込み、声を発する前に慌てて床に伏せた。
『接続が完了しました』
『フルオペレーションモードを起動します』
『ピッ!』




