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逃走の果て。開かれた闘技場と、路地裏からの咆哮

遠くから響き渡るゴブリンのくぐもった戦太鼓の音が、脱獄した捕虜たちに死に物狂いで走るよう急かしていた。体はとうに限界を超え、肺が引き裂かれそうになっても、立ち止まることだけは許されなかった。背後に迫る「死」は、想像を絶するほど残酷なものだと分かっていたからだ。


「一体どこへ向かってるんだ!」クラインのすぐ背後を走るキリアンが叫んだ。

「南の研究所だ! あそこなら身を隠せる!」


クラインは東側のエリアを経由して南へ逃げるルートを選んだ。以前アルテミスが『東エリアにはゴブリンが恐れて近づかない何かがある』と言っていたからだ。それが何なのかは分からないが、今の絶望的な状況では、その『何か』に一縷の望みを託し、イチかバチかの賭けに出るしかなかった。


北から南への都市横断は、決して容易なミッションではない。クラインはサイボーグの肉体のおかげで常人よりも疲労を感じにくかった。キリアンに至っては、背中に兄を背負い、片手に巨大な斧を持っているというのに、少し息を切らす程度のバケモノじみた体力を見せている。しかし、ミアは違った。彼女のボロボロの体は、長距離走に耐えられる状態ではなかったのだ。徐々にペースが落ち、一行から遅れ始めているのにクラインが気づいた。


「待ってくれ!」クラインはキリアンを呼び止め、慌ててミアの元へ駆け寄った。

「ハァ……ハァ……私、平気だから……先に行って……」


滝のような汗と青ざめた顔を見れば、彼女が限界を迎えているのは火を見るより明らかだ。目的地まではまだ半分も来ていない。クラインは迷わず彼女の腕を肩に回し、抱えるようにして走り続けた。

しかし、彼らの足がわずかに止まったその一瞬の隙を突いて、暗闇から一本の槍が飛来した。


「危ないッ!!」キリアンの鋭い怒号と共に、二人の頭上スレスレをかすめた巨大な斧が、飛んできた槍を見事に叩き落とした。追っ手が、もうそこまで来ている……!


「路地裏へ急げ!!」

キリアンの指示で全員が開けた道を避け、狭い路地へと飛び込んだ。


その直後、屋根の上から剣を振りかざしたゴブリンが急降下してきた。ミアは瞬時に壁を蹴って三角跳びの要領で空中に舞い上がり、すれ違いざまに奴の喉元へ正確に槍を突き立てた。絶命した怪物がドサリと地面に落下する。


「走れ!!」

クラインを先頭に、どこへ繋がっているかも分からない深い路地をひた走る。前方に立ち塞がった別のゴブリンに対し、クラインが『クッキング』スキルの巨大な包丁で武器を弾き飛ばして隙を作り、すかさずミアが槍でトドメを刺した。息の合った連携で走り続けた彼らだったが、無情にもその先はコンクリートの壁がそびえ立つ『行き止まり』だった。


パニックがクラインの心を支配し、体が硬直する。その時、背後からキリアンの叫び声が轟いた。

「そこをどけェッ!!」

後方から猛烈な勢いで突進してきたキリアンが、その強靭な肉体ごと古いレンガの壁に激突した。凄まじい衝撃音と共に、壁がブロックごと粉々に崩れ落ちる。


「止まるな、行くぞ!!」

背後からはゴブリンの大群の足音が津波のように迫り、屋根の上からは雨あられと槍が降り注ぐ。逃げ場を失いかけた一行は、路地の中腹にあった大型のカフェの店舗へと逃げ込み、反対側へ突き抜けようと試みた。

しかし、キリアンは背中の兄をかばうため、飛んでくる槍の雨に正面から立ち向かいながら後ずさりで店内に入らざるを得なかった。その代償として、一本の槍が彼の腕を深く切り裂いた。


店内に足を踏み入れた瞬間、窓ガラスが派手に砕け散り、新たに3匹のゴブリンが強襲してきた。ミアが一瞬の躊躇もなく槍を投擲し、1匹目の眉間を撃ち抜く。キリアンは怪力を込めた斧の一撃で、防御ごと2匹目を店外へと吹き飛ばした。

クラインも刃の腕で最後の1匹に飛びかかったが、手痛いカウンターを受けて刃を弾かれ、二人は床に揉みくちゃになって転げ回る。それを見たミアがすかさず駆け寄り、ゴブリンの脳天に折れた槍を突き刺して息の根を止めた。一行は素早く体勢を立て直し、店の裏口を突き破って大通りへと飛び出した。


だが、外の大通りに出た彼らを待っていたのは、数メートル先まで迫り来る無数のゴブリンの軍勢だった。走りながら迫り来る敵を薙ぎ払い、文字通り血路を開き続けるしかない。しかし、絶望的な状況はさらに悪化していく。四方八方から押し寄せる敵によって、彼らは完全に包囲されてしまったのだ。


死力を尽くして抗うが、彼らの体力はとうに限界を超えていた。キリアンは腕に3本もの槍が突き刺さり、顔面から頬にかけて深くえぐられた傷から鮮血を流しながらも、一歩も退かずに斧を狂ったように振り回している。ミアはすでに武器を握る力すら残っていないはずなのに、歯を食いしばりながら魔物の群れに立ち向かっていた。


その時、1匹のゴブリンが彼女めがけて大剣を全力で振り下ろした。ミアは咄嗟に槍の柄で防御したが、凄まじい衝撃で槍は真っ二つにへし折られ、彼女の肩から鮮血が噴き出した。それでも彼女は倒れなかった。残された折れた槍の穂先を握り締め、ゴブリンの首元に深く突き刺し、道連れにするように地面へ叩き伏せたのだ。


「ミア!!」キリアンが叫び、彼女の元へ駆け寄ろうとしたが、無数のゴブリンの壁が彼を容赦なく阻む。


同時刻、クラインも3匹のゴブリンの同時攻撃を捌いていた。1匹目の槍を素早く弾き、そのまま胸ぐらに刃を突き立てる。しかしその瞬間、2匹目に両足を強く刈られ、彼は激しく地面に倒れ込んだ。すかさず3匹目が彼のみぞおちを踏みつけ、両腕を完全に封じ込めた。悪魔は止めとばかりに、凶悪な剣を天高く振り上げた。


ドゴォォォン!!!!


辺り一帯を揺るがす凄まじい轟音と共に、真紅の閃光が四方八方を照らし出した。獲物に群がっていたゴブリンたちは一斉に動きを止め、頭を低くして後退りする。そして、逃亡者たちを囲むように巨大な円形闘技場コロッセオのような陣形を整え始めた。まるで、これより行われる『血の決闘』の舞台を用意するかのように。


再び戦太鼓が打ち鳴らされる中、4匹の巨大なゴブリンが担ぐ豪奢な神輿みこしが現れた。その上に君臨しているのは、冷酷な瞳でこちらをねめつける、魔術師の老王だった。

静まり返る大通り。老王が手にした杖で神輿の床を「トン、トン」と2回叩くと、ゴブリンの包囲網がゆっくりと左右に割れた。そこに姿を現したのは……憎悪と殺意に満ちた瞳でクラインを睨みつける、あの『刃の腕を持つゴブリン』だった。


捕虜たちは絶望に満ちた顔を見合わせたが、クラインだけは敵の意図を正確に理解していた。彼は歯を食いしばり、震える足に鞭打って立ち上がると、一切の恐怖を見せることなく、宿敵である刃のゴブリンと真っ向から対峙した。


互いに次の一手で何が起きるかを悟り、殺気が最高潮に達した……まさにその瞬間だった。


突然、暗い路地の奥から、ホログラムのように淡く発光するゴブリンの幻影が飛び出してきたのだ! その幻影は、まるで実体を持たない幽霊のように、密集する魔物の包囲網をあっさりとすり抜けていく。ゴブリンたちも、突如現れたその光る幻影に完全に目を奪われ、ぽかんと口を開けていた。


クラインの視線が、その幻影が引きずっている淡い光の軌跡を追う。その光の線の先――路地の入り口に、見慣れた空飛ぶ『ピンポン玉』の姿があった。


「アルテミス!!!」クラインは歓喜の声を上げた。

「クラインさん……逃げてぇッ!!」相棒のドローンは、必死の形相(?)で叫んだ。


そのコンマ数秒後。

暗い路地の奥から、光る幻影のゴブリンを猛追する『路線バスほどもある超巨大なゾンビウルフ』が、地響きを立てて大通りへと飛び出してきたのだ!!


「グルォォォォォォォォォォッ!!!!!!」


鼓膜を突き破るような恐るべき獣の咆哮が、夜の街を激しく震わせた。

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