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ゴブリンの巨大コロニーと老長

西エリアにあるレストランの前。人間と怪物ゴブリンの死闘はすでに終わっていた。そこには1匹のゴブリンの死体と、そして……店の前で膝を抱え、完全に魂が抜け殻となって絶望のドン底に沈んでいるサイボーグ青年の姿があった。彼に寄り添う相棒のドローンは、まるで我が子を慰める母親のように、甲斐甲斐しく彼の腕の汚れを落としていた。


「よしよし、いい子ですね~。ほら、見てください。すっかり綺麗に落ちましたよ。ちょちょいのチョイです」


アルテミスは彼をなだめすかしながら、極小のロボットアームからピンセットを出し、青年の腕にこびりついたイモムシのミンチ肉を一つ一つ丁寧に摘み取っていた。そして、あの破滅的な悪臭をかき消すための消臭スプレーをシューッと吹きかける……ちなみに、スプレーを噴射するのはこれで3回目だ。


「……もうヤダ……もうヤダ……もうヤダ……」


肉体的なダメージは一切ない。しかし今、精神メンタルが粉々に崩壊したサイボーグの残骸は、まるでシステムエラーを起こしたプログラムのように、同じ言葉をブツブツと虚ろな目で繰り返し続けていた。

どうやらこの青年は、元々「虫」が大の苦手だったらしい。そんな彼が、人間の腕ほどもある巨大なイモムシを自分の拳でミンチ状に粉砕してしまったのだ。おまけに、死んだ象すら逃げ出すほどの強烈な腐臭を至近距離で浴びたのだから、若者の魂が肉体を置き去りにして彼方へ飛んでいってしまったのも無理はない。今回の事件は、彼の心に底知れぬブラックホール(トラウマ)として長らく刻み込まれることだろう。


「ほらほら、早く立ってください、お利口さん! 急いであのゴブリンを追わないと、仲間を呼ばれちゃいますよ!」


アルテミスは、いまだに体育座りでフリーズしている「大きな息子」を励まし続けた。しかし、正攻法では一向に立ち直る気配がない。そこで彼女は演算機能をフル稼働させ、彼をその気(・ ・ ・)にさせるための新しい「口実」を捻り出した。


「うーん……逃げたあのゴブリン、一体どこへ向かったんでしょうね? もしかして、自分たちの巣に帰ったのかも? あいつが走っていった方向は北でしたし……あの辺りには、きっと奴らの巨大なコロニーがあるはずです。ゴブリンの大集落ってどんな感じなんでしょうね? きっとすごく大規模で立派なんでしょうねぇ」


アルテミスは独り言のように宙に向かって呟きながら、チラチラと横目で青年の反応を窺った。


「それに……ゴブリンの生態データによると、奴らは『美人の女冒険者』を誘拐して、自分たちの巣で凌辱(ア~ン)するのを好むらしいですよ。もしかしたら今頃、その大きな巣の檻の中では、全裸の女の子たちが助けを待って震えているかもしれないですね……ああ、なんて可哀想なんでしょう……ねぇ!?」


天才ドローンが最後の言葉に力を込めて放ったその瞬間――クラインはバネ仕掛けのおもちゃのように、猛烈な勢いで立ち上がっていた!


「アルテミス! こんなところで油を売ってる場合じゃないぞ! 今すぐ奴の巨大な巣を追撃する! 罪なき被害者が、俺たちの助けを待っているかもしれないんだ!!」


青年は迷うことなく地面に落ちていた槍をひったくり、ゴブリンが逃げた痕跡を追って猛ダッシュで駆け出した。

極小ドローンに表情かおはないが、間違いなく今の彼女は、自分の完璧な誘導作戦の成功に「ニヤリ」と悪女のような笑みを浮かべていることだろう。


「クラインさん!」彼女は遠ざかっていく青年の背中に向かって叫んだ。

「どうしたアルテミス! 一刻を争う事態なんだぞ!」

「……走っていく方向、逆ですよ」

「……急ぐぞ!!」


盛大に赤っ恥をかいた青年は、照れ隠しのためにわざと大声で叫び、急ブレーキをかけてUターンすると、ドローンが示す正しい方角へと全速力で駆け出していった。


___________________


アルテミスの推測は当てずっぽうだったが、北の方角には確かにゴブリンの大規模な巣窟が存在していた。


その集落は、5つの道路が交差する巨大なロータリーの中心を占拠するように作られており、周囲を高層ビル群に囲まれた馬蹄形のエリアになっていた。広場には至る所で焚き火が燃え盛り、薄汚れた粗末な小屋が密集している。そして何より、100匹を超えるゴブリンたちが広場をうごめいているのだ。ここはもはや、邪悪な魔物たちの「小さな都市」と言っても過言ではない規模だった。


息を切らしながら巣へと逃げ帰ってきた短剣持ちのゴブリンの手は、無残にねじ曲がり、どす黒い血に染まっていた。奴は馬蹄形エリアの中心へと向かう。そこには高さ3メートルほどに積み上げられた土の丘があり、その周りには食料や奪い取った貢物(戦利品)が山のように並べられていた。

そしてその丘の頂上には、ゴブリンの手によって作られた小さな石の洞窟があり、そこには威圧感を放つ『玉座』が鎮座していた。


負傷したゴブリンは厳重な警備をすり抜け、己の主に報告するためにひれ伏した。奴は玉座の前に平伏し、へし折られた手を高く掲げて、無念の敗北を視覚的に証明した。

重苦しく息の詰まるような沈黙の中、洞窟の奥からイボだらけの醜い深緑色の足が歩み出てきた。


……それは、古びた深紅のローブを羽織った、どす黒い緑色のシワだらけの皮膚を持つ『ゴブリンの老長エルダー』だった。その手には、自身の背丈よりも長い枯れ木の杖が握られており、杖の先端には人間の拳ほどもある巨大な真紅の宝石が禍々しく輝いている。


老ゴブリンは、平伏する部下の砕かれた手をジロリと見下ろした。そして、護衛のゴブリン2匹に顎で合図を送る。護衛たちは即座に動き、負傷したゴブリンを地面に強く押さえつけ、逃げられないように固定した。


恐怖でパニックになり、絶叫して暴れ回る部下をよそに、老ゴブリンはゆっくりと階段を降りてきた。そして、懐から一振りの短剣を抜き放つと――ためらうことなく、部下のねじ曲がった手首に向かって勢いよく刃を振り下ろした! ザシュッ!!

運の尽きたゴブリンの手首から先が、瞬時に切り落とされて宙を舞う。死ぬほどの痛みに絶叫が響き渡る。


しかし主は冷酷な表情を崩さず、真っ黒な血が噴き出す切断面に、先ほど切り落とした刃の柄の部分をグッと押し当てた。そして、真紅の宝石が埋め込まれた杖をかざし、ブツブツと不気味な呪文を詠唱し始めた……。


その瞬間。傷口と短剣の柄が眩く発光し、まるで炎で熱された鉄のように赤熱し、溶け合い始めたのだ! 激痛に狂ったような絶叫が広場全体に響き渡る。

やがて光が収まり、すべてが元の静寂を取り戻すと、護衛のゴブリンたちはゆっくりと手を離した。隻腕のゴブリンはフラフラと立ち上がり、自分の「新しい手」を見下ろした。……なんとそこには、鋭利な刃の短剣が、肉体と完全に融合して一体化した異形の腕があった!


老ゴブリンは目の前の『完成品』を見て満足そうに頷くと、周囲にいた十数匹のゴブリンに向かって怒号を飛ばした。瞬く間に、刃と一体化したゴブリンを筆頭とする、12匹のゴブリン討伐部隊が編成された。


「グゥォォッ! グロォォッ! ギャアアッ!!」


老ゴブリンの低く力強い咆哮が玉座の丘から響き渡る。自らの部下を傷つけ、コケにした人間を地の果てまで追いつめ、必ず殺せという命令だ。そして、その討伐部隊の指揮は『刃の腕を持つゴブリン』に任された。


すべての魔物たちが一斉に主の命令に服従し、各々の武器を掴み取ると、狂気に満ちた復讐の追跡劇を始めるべく、猛烈な勢いで広場を飛び出していった!


……しかし、この一連の出来事の一部始終を、老ゴブリンの玉座の背後にそびえ立つ、廃病院の3階の鉄格子の奥から、ジッと見つめている『3対の瞳』があることに、奴らは気づいていなかった。

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