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並行世界の真実、シーツお化け

クラインの荒い息遣いは、ドアの裏に隠れているアルテミスにまで漏れ聞こえていた。彼は手でサインを送り、大丈夫だと彼女に伝えた。この反応はゴブリンに対する恐怖から来るものではない。あの『謎の棍棒』に関するトラウマが脳裏をよぎり、強烈な吐き気を催しているだけだ。


「アルテミス……あいつらが何を引きずってるか分かるか?」

「私のセンサーの解析結果によると、あの物体は『生命体』であると断定できます」


やっぱりか! 奴らが引きずっているのはトゲの生えた丸太なんかじゃない。あの吐き気を催すほどプニプニした肉塊と同じ生物……しかも今回は、ピチピチの生きた『丸ごと一匹』だ!


その薄緑色の生物は、人間の腕ほどの太さがある巨大なイモムシだった。背中には見覚えのある鋭いトゲがびっしりと生え揃い、腹部にかけては白に近い淡い緑色のグラデーションになっている。さらに、5、6対の短く太い足がモゾモゾと不気味に動いていた。


クラインはようやく悟った。なぜあの肉塊が、あんなにも絶妙なプニプニ感だったのかを……。あれは、この巨大イモムシの肉だったからだ! 何も知らずにあの肉塊を素手でペタペタと触りまくっていた過去の自分を思い出し、彼は全身に鳥肌を立てて戦慄した。


「クラインさん!」


アルテミスの声で、クラインはハッと我に返った。そうだ……今は過去のトラウマに浸っている場合ではない。己の戦闘スキルを磨くために、目の前のゴブリンをどうやって始末するかを考えるべきなのだ。青年は肺の奥まで深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出すと、再びその瞳に強い決意の光を宿した。


「ギャアッ、ゲァゲァ」


通りの向こう側から、2匹のゴブリンの話し声が聞こえてきた。まるでこのイモムシを使ってどんなフルコースを作ろうかと相談しているかのようだ。槍を持ったゴブリンがイモムシを触ろうと手を伸ばし、もう1匹がそれを鬱陶しそうに避けるというやり取りを繰り返しながら、ついにクラインが身を潜めているレストランの真ん前までやって来た。


ガッシャーーーーン!!!


古いステンレス製のスプーンやフォークが詰まったカトラリーボックスが床に叩きつけられ、凄まじい音を店内に響かせた。

その音に反応し、ゴブリンたちは即座に武器を構えて臨戦態勢をとった。奴らの視線は、通りを挟んだ向かい側の建物――音の発生源へと釘付けになる。短剣を持ったゴブリンが相棒に顎でしゃくり、喉の奥で「グルルゥ……」と唸り声を上げ、様子を見てこいと合図を送った。槍持ちのゴブリンは明らかに嫌がっていたが、短剣持ちがさらにドスを効かせて威嚇したため、渋々通りを渡り始めた。


そしてレストランの入り口で立ち止まると、ヒキガエルのようにギョロリと飛び出た目を動かし、異常がないか店内を窺った。


「ギャアッ!」


短剣持ちのゴブリンが再び命令を下し、自身も通りの真ん中あたりまで歩み出た。槍持ちのゴブリンは選択の余地なく、警戒しながらゆっくりと店の中へと足を踏み入れる。だが、ドアの敷居を跨いだ瞬間、散乱したカトラリーの山と、古く汚れた一枚の布切れをうっかり踏みつけてしまった。

奴は不審そうに首を傾げ、槍の石突きでその布切れやスプーンをチョンチョンとつつき回して安全を確認すると、後ろを振り返って相棒に声をかけた。


「ギャアアッ、ギャアアア!!」


短剣持ちのゴブリンがパニックに陥ったように金切り声を上げ、手にした短剣で激しく背後を指差した。すぐ後ろを見ろ! という合図だ。槍持ちのゴブリンが慌てて振り返ると……なんと、ついさっきまで床に落ちていたはずの汚い布切れが、ふわりと宙に浮かび上がり、自分の頭上を見下ろしているではないか!


「お前の首をへし折ってやる……ゲァアッ!!」


その布切れ(お化け)は、心臓の凍りつくような冷たい声でそう言い放った。


完全にビビり散らした槍持ちのゴブリンは悲鳴を上げ、パニックのまま布のど真ん中めがけて槍を突き刺した! しかし、刃はまるで空気を突くかのように、スッと布をすり抜けてしまった。


シーツのお化けはその隙を見逃さず、逆襲とばかりにゴブリンの頭からすっぽりと覆い被さった。槍持ちのゴブリンは視界を奪われ、パニック状態で必死に暴れ回りながら助けを呼んだ。しかし、相棒のゴブリンは恐怖でその場に立ちすくみ、助けに入ろうと一歩も動けずにいた。


「う~ら~め~し~や~!」


クラインがカウンターの裏から猛然と飛び出した! 彼は腕を後ろに限界まで引き絞り、渾身の一撃を叩き込む構えをとる!


「発動!『洗濯』スキル! モード『超高速・脱水パーフェクト・スピン』!!」


その瞬間、クラインの機械の腕が超高回転モーターのような凄まじい轟音を立て、ドリルさながらの猛スピードで回転し始めた。青年は必殺の拳を『布の塊』に向かって正確にブチ込む! 哀れなゴブリンの体はレストランのドアを突き破って一直線に吹っ飛び、短剣持ちのゴブリンの足元にドサリと落ちて、無惨に息絶えた。


『最優秀シーツお化け主演女優賞』を獲得したアルテミスは、すかさずピクリとも動かなくなった敵の体をレーザーでスキャンし、興奮気味に相棒へ報告した。

「生命反応ゼロです。残るはあと1匹ですよ、クラインさん!!」


目の前で相棒を瞬殺された短剣持ちのゴブリンは、明らかにパニックを起こしていた。クラインはその隙を逃さず、左手で槍をしっかりと握り直し、残った敵と対峙するために表へと飛び出した。


「これで1対1だな、ヒキガエル野郎……」


両者はピタリと動きを止め、互いを鋭く睨み合った。周囲の空気は、まるで西部劇の決闘シーンのようにヒリヒリと張り詰めている。クラインは槍の柄を指で滑らせながら構えをとる。その間も、右腕のエンジン音は止まることなく唸り続けている。一方のゴブリンも決死の覚悟で短剣を構え直した。――が、なんと奴のもう片方の腕は、いまだに食糧への執着を捨てきれず、あの巨大な緑のイモムシを大事そうにガッチリと抱きかかえたままだったのだ!


「ギャアアアッ!!」

「うおおおおッ!!」


互いの命を奪うべく、二人は同時に突進した。武器のリーチはクラインの方が有利だ。彼は躊躇うことなくゴブリンの急所をめがけて槍を突き出す! しかし、怪物は身をよじってそれを軽々と躱し、すれ違いざまに青年の脚へ短剣を力強く振り下ろした!


ガキィン!!


クラインは咄嗟に後方へ飛び退いた。斬られたのが機械の義足だったのは、まさに不幸中の幸いだった。もし生身の脚だったら、残りの人生を車椅子で過ごすハメになっていただろう。


「ケッケッケッ……」


ゴブリンが喉の奥で嘲笑うかのような声を漏らした。

クラインはその声に聞き覚えがあった。……強者の余裕を見せつける、勝利宣言の笑い声だ。どうやらこいつはかなり骨のある相手らしい。槍持ちのゴブリンがこいつを恐れて顔色を窺っていたのも頷ける。だが、だからといってここで引き下がる理由にはならない!!


クラインは再び奴に向かって飛び込んだ。今度は槍を大きく振りかぶり、全力で薙ぎ払う! しかしゴブリンは小柄な体格を活かし、頭を下げてその軌道をいとも簡単に回避した。そして地面すれすれから、下から突き上げるように短剣でカウンターを放ってきた! だが、青年はその小細工をすでに読んでいた。彼はあらかじめ仕込んでおいた『洗濯パンチ』を、奴に向かって全力で叩き込む!


ドゴォォォン!!


邪悪なゴブリンは間一髪で後方へ跳び退いた。しかし、ダメージを完全に逃れたわけではない。奴の短剣は、青年の放った強力な拳と激突し、木っ端微塵に砕け散って鉄屑と化した。そればかりか、怪物の歪にねじ曲がった手は真っ黒な血に染まっている。どうやらこの決闘は、ついに勝敗が決したようだ……。


クラインは勝利を誇示するように、右腕のエンジンをリズミカルに唸らせ続けた。青年は負傷した小鬼に向かって、余裕の足取りでゆっくりと歩み寄る。

しかしその時、彼の鼻腔を『ある強烈な匂い』が突いた。嗅ぎ覚えはあるが、絶対に思い出したくない最悪の悪臭。彼は思わず自分の機械の腕を見下ろした。


ああっ……なんという悪夢だ……。

あの巨大なイモムシが、クラインの超高速パンチに巻き込まれてミンチ状に粉砕され、彼の腕の隙間という隙間に、ドロドロのグチャグチャになってべっとりとへばりついているではないか!


「おぇえええええええっ!!!」


クラインは耐えきれず、激しく胃液を込み上げさせた。そして、この大惨事こそがゴブリンに与えられた千載一遇のチャンスとなった。奴は慌てて立ち上がると、一目散にその場から全力で逃げ出したのだ。


「おい、待て……オボァッ!!……逃げ、るな……ウップ!!……オロロロロロロォォッ!!」

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