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別れ道、幻影の囮、孤独な逃走

同じ日の午後。アルテミスは先行して空を飛びながら、センサーの光を照射して刃の腕を持つゴブリンの血痕を辿っていた。もし奴をこのまま逃がし、仲間の群れに自分たちの情報が伝われば、取り返しのつかない大惨事になることは明らかだった。


[エネルギー残量:52%]


クラインのシステム画面に、エネルギーの低下を知らせる通知が表示された。どうやら『洗濯』スキルを連続で使用したせいで、かなりのエネルギーを消費してしまったらしい。青年は急いで画面を閉じると、ポケットからチョコレートバーを取り出してかじりながら、相棒のドローンを小走りで追いかけた。


「なぁアルテミス、そろそろ着きそうか?」

「まだ私のセンサーには何のシグナルも捉えられていません、クラインさん。どうやら奴らの巣は、私たちが想定していたよりもずっと遠くにあるようです」


アルテミスは血痕の追跡を諦めなかったが、彼女の心の中には次第に迷いが生じていた。深追いすればするほど、自分たちが全く情報を持っていない未知の北エリアへと足を踏み入れることになるからだ。


「クラインさん。安全を第一に考えるなら、追跡はここで打ち切るべきだと思います。現在のあなたのコンディションでは、激戦を乗り切ることはできません。ひとまず研究所へ帰還し、改めてパトロールに出直すのが最善の策です」


天才ドローンの演算システムは、最もリスクの低い選択肢を弾き出した。彼女は飛行スピードを落とし、クラインに振り返った。


「でも、せっかくここまで来たんだぜ? ほんの少し、遠くからあの巨大な巣とやらを覗いてみるだけでもいいじゃないか」クラインは食い下がった。以前アルテミスが吹聴した『巨大な巣』に対する好奇心が、彼を突き動かしていたのだ。


天才ドローンは少しの間沈黙し、ステータスランプを猛烈に点滅させて状況の再評価を行った。しかし、結論が出るよりも先に、彼女の長距離センサーが、こちらへ猛スピードで接近してくる『異常な反応』を捉えた。


「クラインさん! 早くそこのビルに隠れてください!」


アルテミスは道端にあった古い雑居ビルへと飛び込み、音もなく3階へと上がった。クラインも慌てて彼女の後に続く。


「1…2…4……8……12。合計12体の生命反応がこちらに向かっています!」彼女は即座に報告した。


クラインは身を低くし、窓の隙間からそっと外を覗き込んだ。すると、角を曲がって12匹以上のゴブリンの群れが姿を現したではないか! その先頭を走っているのは、見覚えのあるあの『刃の腕を持つゴブリン』だった。


「あいつだ! あのクソ野郎、あんな所にいやがった!」クラインは声を潜めて言った。仕留め損ねた標的が、わざわざ向こうからやって来たのだ。


アルテミスは静かに状況を観察していた。どうやら彼女の懸念は最悪の形で現実のものとなったらしい。あの刃のゴブリンは巣へ逃げ帰り、復讐のための討伐隊を編成して戻ってきたのだ。


「あいつ、折れた腕の代わりに、新しい剣をくっつけてやがるぞ……どうやってあんなことしたんだ?」青年は驚きを隠せなかった。ほんの数時間前に逃げ帰ったばかりなのに、今や奴の手首には不気味で巨大な刃が完全に癒着しているのだから。


「私にもデータがありません。ですが、今は討伐計画を完全に放棄し、奴らが通り過ぎるまで身を潜めてから、研究所へ帰還するのが最善です」


今この瞬間において、『隠れる』という選択は最も賢明だった。あの刃のゴブリン1匹だけでも十分に手強いというのに、12匹の群れを相手に真っ向勝負を挑めば、間違いなくこのゴーストタウンの肥料にされるだけだ。


二人は息を殺し、ビルの下を次々と走り抜けていくゴブリンの軍勢を静かに見送った。……やがて、群れの最後尾を走る『鼻の大きな太ったゴブリン』だけが残った。奴は走っている間中、「ゼェ、ハァ」と苦しそうな息を漏らしていたが、クラインたちが潜んでいるビルを通り過ぎて数歩進んだところで、突然ピタリと立ち止まった。そして、その大きな鼻をヒクヒクとさせ、周囲の空気を嗅ぎ始めたのだ。


「ギャアアッ!!」


鼻デカゴブリンが叫び声を上げると、群れ全体がUターンして戻ってきた。しかし、刃のゴブリンは不機嫌そうに鼻を鳴らした。どうせこのデブがサボるための口実を作ったのだろうと思い、苛立った様子で刃の腕を鼻デカの喉元に突きつけ、威嚇するように低く唸った。


「ギ、ギィィッ……ギィィ!」


鼻デカゴブリンは恐怖でガタガタと震えながら、必死に状況を説明した。それを聞いた刃のゴブリンは刃を下ろし、自分も鼻をヒクヒクさせて周囲の匂いを嗅ぎ始めた。……そして、驚愕に目を見開いた。間違いない……奴が骨の髄まで憎んでいる、あの『サイボーグの人間』の匂いだ!


「ギャラァアッ!!」


刃のゴブリンが鋭い咆哮を上げると、12匹のゴブリンたちは即座に散開し、周辺の建物の捜索を始めた。しかし、鼻デカゴブリンだけは迷うことなく、クラインたちが潜伏している廃ビルへと一直線に向かっていった。


鼻デカゴブリンは姿勢を低くし、まるで猟犬のように左右に鼻を揺らしながら、匂いの痕跡を正確に辿っていく。そしてついに、目標が潜んでいる3階へと足を踏み入れた。奴は獲物がすぐ手の届く場所にいることを確信していた。その狡猾な視線は、人間の匂いが最も強烈に漂ってくる一点――目の前にある『ボロボロの木製クローゼット』へと向けられた!


奴は立ち上がり、手に持った槍をしっかりと構え直した。


「ケッケッケッ……」


勝利を確信したような、邪悪な笑い声が喉の奥から漏れる。次の瞬間、奴は全身の体重を乗せてクローゼットめがけて猛烈な刺突を放った!

バキィィッ! という音と共に、木の破片が宙に舞う。しかし、鼻デカゴブリンは目を白黒させた。クローゼットの中には、人間が着ていた古いロングコートがポツンと残されているだけだったのだ……。


「ハッピー・マンデー(月曜からお疲れさん)!」


クラインは相手に思考する隙を与えなかった。ドアの裏側から勢いよく飛び出し、右腕を限界まで後ろに引き絞る。


「発動!『洗濯』スキル! モード『超高速・脱水(パーフェクト・スピン)』!!」


青年の必殺の拳が、完璧な軌道で目標の顔面を捉えた! 超高速のドリル回転が鼻デカゴブリンの顔面にあるすべてのパーツを一瞬で粉砕する。怪物の巨体は錐揉み回転しながら窓ガラスを突き破り、ビルから放り出された。

ドシャァァン!!

遥か下のコンクリートの地面に激突した鼻デカゴブリンは、下で捜索していた仲間たちの目の前で、ピクリとも動かなくなった。


「ギャアアアアアアッ!!!」


刃のゴブリンの脳髄が怒りで沸騰した。奴は狂ったように叫び、全軍に対してあの忌々しい人間を直ちに抹殺するよう命じた!


「上等だ、かかってこい!」


クラインは悪態をつきながら、急いで上の階へと全力で駆け上がった。1階の入り口を突破し、階段を駆け上がってくる悪魔たちの足音が響き渡る。階段の吹き抜けから下を覗き込むと、緑色の影が狂ったように殺到してくるのが見えた。


現在、彼は4階まで逃げてきていた。青年は深く集中し、鋼鉄の拳を固く握りしめると、『洗濯スキル』のパンチを階段のコンクリートの床に向かって立て続けに3発叩き込んだ! ドゴォォォン!!

凄まじい衝撃によりコンクリートの床が崩落し、大量の瓦礫となって下の階へ降り注ぐ。その瓦礫は、ちょうど先頭を走っていたゴブリンの頭上に完璧なタイミングで直撃した。


「少しは時間稼ぎになるだろ!」


クラインは振り返ることなく、屋上を目指して駆け上がった。屋上に出ると、錆びついた鉄の扉を全力で閉めて施錠し、すかさずエネルギー残量を確認する。


[エネルギー残量:34%]


彼のパンチは敵を一撃で粉砕するほどの威力があるが、同時に膨大なエネルギーを消費する。現在の残量では、この大群をすべて相手にするのは到底不可能だ。


一方、3階の状況は刻一刻と悪化していた。瓦礫をどかす音が聞こえてくる。ゴブリンたちが崩落した階段をよじ登り、4階へ到達しようとしているのだ。このままでは、あの鉄の扉が突破されるのも時間の問題だろう。


「どうする!? どうするどうする!?」


クラインとアルテミスは互いに顔を見合わせ、打開策を必死に考えた。その時、天才ドローンがふわりと舞い降り、クラインの全身に向かって謎の液体をプシューッと大量に噴射した。


「ゲホッ、ゴホッ……! 何すんだよお前!」クラインは咽せながら抗議した。

「超強力な無臭化コーティングスプレーです! 私が奴らを別の方向へ誘導しますから、クラインさんはその隙に屋上を伝って反対側へ逃げて下さい!」


この辺りの雑居ビルは、屋上が隣の建物と密接して連なっており、通りの反対側まで続いている。サイボーグの身体能力があれば、ビルからビルへと飛び移って逃走することは決して難しくない。


「お前はどうするんだよ! 大丈夫なのか!?」クラインは心配そうに尋ねた。

「クラインさん、私が『天才ドローン』だということをお忘れですか?」


「ギャァァッ!! ギャアッ!!」


醜悪な鳴き声がすぐそこまで迫り、奴らがすでに4階に到達したことを知らせていた。もはや躊躇している暇はない。二人は頷き合い、それぞれ別の方向へと走り出した。


ガァァァン!!


錆びついた鉄の扉がいとも簡単に蹴り破られ、ゴブリンの軍勢が屋上になだれ込んできた。その頃には、クラインはすでに3つ隣のビルの陰に身を隠していた。悪魔たちは血走った目で周囲を見回し、標的を探し求める。


「こっちよ!」


反対側のビルの屋上から、アルテミスの声が響き渡った。彼女は空中に『必死に逃げ惑うクラインの3Dホログラム映像』を投影し、奴らの注意を見事に引きつけたのだ。


それを見た刃のゴブリンは怒り狂った咆哮を上げ、幻影のクラインめがけて猛然と襲いかかった。アルテミスはその幻影を巧みに操作し、本物と見紛うほどのリアルな動きでゴブリンたちを遠くへと誘い出していくのだった。

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