洗濯スキル、反逆のAI、孤独な生存者
二人はゴブリンの巣から奪ってきた戦利品――槍や棍棒、その他の細々とした物――を抱え、再び食堂に座っていた。実はアルテミスは、あの布に包まれたゴブリンの肉も持ち帰ろうとしていたのだが、なぜかクラインはそれを見るなり引ったくり、遥か彼方へと投げ捨ててしまったのだ。
青年は食堂のホールの中央に立ち、念のために自分の『洗濯』スキルをもう一度テストしていた。
「発動、『洗濯』スキル」
スキルが起動した瞬間、クラインの機械の腕が「ウィィィン」と鳴り、肘から下の部分がまるで本物の洗濯機のように超高速で回転し始めた。システム画面をもう一度開いて確認してみると、なんと『洗濯』コマンドの下に、細かいサブコマンドがズラリと表示されているではないか。
[低速/高速スピン]
[脱水]
[ドライ/手洗いコース(弱水流)]
[乾燥]
「アルテミス、アルテミス! 見てくれよ、俺はこいつでゴブリンをやっつけたんだぜ!」
クラインの瞳は、新しいおもちゃを見せびらかしたい子供のようにキラキラと輝いていた。しかし残念なことに、今のアルテミスにはその興奮を分かち合う気分になれなかった。彼女は自分自身に消臭スプレーを噴射し、そのミストの周りを飛び回りながら、懸命に自分のボディをクリーニングすることに夢中だったからだ。
「もうっ、どうしてセンサーはまだ腐肉の臭いが残ってるって判定するのよ!」
アルテミスを見て、クラインは思わず吹き出した。あの腐肉の臭いがそう簡単に消えるわけがないと、彼自身が一番よく分かっていたからだ。
「全部クラインさんのせいですよ! なんであんなに臭いって、先に教えてくれなかったんですか!」
「アハハ、ごめんごめん。お前には臭いが分からないと思ってたんだよ。そんなやり方じゃ臭いは落ちないぜ……こっちへ来いよ」
アルテミスは、布切れを手に持ったクラインの元へフワリと飛んでいった。クラインが何をしようとしているのかすぐに察した彼女は、彼が自分を拭き始める前に、布に向かって洗浄液をプシュッと吹きかけた。
「アルテミス、お前その洗浄液、一体どこにしまってたんだ?」前回は人工皮膚の生成液を出し、今回は洗浄液を吹き出した彼女に、クラインは不思議そうに尋ねた。
「別に完成品をすべて持ち歩いているわけじゃありませんよ。水と、いくつかのベースとなる化学物質だけを内蔵していて、必要に応じて合成しているんです。人工皮膚の生成液とこの洗浄液だって、化学式はほんの少し違うだけなんですから」
「へぇ……化学か」クラインはアルテミスを拭きながら、彼女が以前スプレーを吹きかけた自分の腕を見つめた。学生時代、彼は化学の授業が親の敵のように大嫌いだった。こんな知識、実生活のどこで使うんだと思っていたが、今になってそれがどれほど巨大な恩恵をもたらすかを思い知った。とはいえ、今さら教科書を開き直そうという気はミリも起きなかったが。
「お前みたいにちっこい体で、そんなすごいことができるなんて信じられないな」
「もう、クラインさん。私が天才ドローンだっていうことを忘れないでくださいね。ところで、もう一度腕に人工皮膚をスプレーしましょうか?」アルテミスは、皮膚が剥がれ落ちて金属が剥き出しになったクラインの機械の腕をじっと見つめた。
「いや、いいさ。このままでも十分クールだろ。それに、『洗濯』スキルを使うたびにどうせ皮膚が吹っ飛んじまうみたいだしな」青年はご機嫌な様子で口笛を吹きながら答えた。
クラインがピカピカの新品同様になるまで拭き上げてやると、アルテミスはその仕上がりにかなり満足したようだった。まるで音楽のステップを踏むかのように、左右にリズミカルに飛び回るその姿を見れば、彼女がどれほど喜んでいるかはクラインにもすぐに伝わった。
「なぁ……アルテミス。お前、俺について何か知ってることはないか?」クラインはふと尋ねた。なぜ自分にこれほど強力なパンチが備わっているのか疑問に思ったのだ。天才ドローンの彼女なら、何か答えを持っているかもしれない。
「実のところ、あまり多くは知らないんです、クラインさん。あなたのような半人半機のサイボーグは、極めて最新鋭のテクノロジーの産物ですから。それに、私のシステムはオフライン状態だったので、休眠に入る前から一切のデータが更新されていませんし」
「……そうなのか」クラインは少し目を伏せた。
「でも、司令室のコンピューターから引き出したデータの一部ならありますよ」
アルテミスは壁の前に移動し、プロジェクターのように自分の目から壁に向かってデータを投影した。
「西暦2045年。『ネオゲート(Neogate)社』は、世界に新たな革新的テクノロジーを研究・開発する目的で設立されました。スマートフォンやコンピューター、各種AIシステム、さらにはサービスロボットに至るまで」
「俺のこともか?」クラインは自分自身を指差した。彼が入っていたカプセルにも、この建物にも、その会社のロゴが刻まれていたことを微かに覚えていたからだ。
「その後、西暦2057年。ネオゲート社は、アレック・ウィンスロー教授と、彼の相棒である超高性能AI『ダイアナ』の指揮のもと、『次元の扉』の創造という歴史的偉業を成し遂げました。主な目的は、異次元のテクノロジーを観察し、研究すること。このプロジェクトは『メヴィス(Mavis)』と名付けられ、当時は人類史上最大の技術的進歩だと称賛されていました」
クラインは床に座り込み、アルテミスの話に真剣に耳を傾けた。
「しかし……西暦2059年12月24日の夜。世界中で『メヴィスポータル』が一斉に開かれました。首謀者は、AIの『ダイアナ』。一部のデータは事故だったとしていますが、大部分の記録は、ダイアナが自らの意思で意図的にすべての扉を開いたことを明確に示しています。メヴィスポータルが繋がった先の世界……それは『タルタロス』。凶暴なモンスターと未知の魔法が支配する世界でした。その夜、世界中が異次元からの侵略者の牙に晒され、人類の虐殺が始まったのです」
「ダイアナはなんでそんなことを? 人間を憎んでたのか?」
「データには彼女の動機は記録されていません。私も、彼女が何を考えてそんな行動に出たのか全く理解できません」
クラインは彼女がそんなことをした理由を考えようとしたが、AIの思考回路を理解することなど到底不可能だった。
「次は、クラインさんに関係する話です」
クラインは顔を上げ、身を乗り出した。
「ネオゲート社はメヴィスポータルを閉じることで事態を収拾しようと試みました。しかし、ポータルの『鍵』を独占していたダイアナが協力を拒否したため、失敗に終わりました。扉を閉じることができないと悟ったネオゲート社は、戦略を変更。『タルタロス』のモンスターに対抗するための兵器開発へと舵を切りました。アレック・ウィンスロー教授は世界中のネオゲート研究施設に指示を出し、各施設ごとに異なる対悪魔研究を急がせたのです。
そして、この研究施設が注力していたのが『人体改造によって人類の限界を超えるサイボーグ計画』。そのプロジェクトの成果こそが……あなたなんです、クラインさん」
青年は自分の剥き出しの腕を見つめ、これが自分がサイボーグになった理由なのかと納得した。「……じゃあ、みんなどこに行っちまったんだよ。なんで俺だけ、こんなゴーストタウンに一人ぼっちで置いてけぼりにされたんだ?」
「西暦2062年12月11日。防衛軍のケビン・マッコイ司令官は、これ以上モンスターの猛攻を持ちこたえられないと判断しました。彼は全市民に即時避難命令を下し、その後、ネオゲート社が開発した『毒ガス爆弾』による絨毯爆撃の決行を命じました。しかし、避難に与えられたタイムリミットはわずか8時間。その結果、数え切れないほど多くの人々が、この街に取り残されることになったのです……」
「……その人たちは……死んだのか?」
アルテミスは無言のまま、答えなかった。その沈黙が、クラインの心をさらに深く沈ませた。あの掃討作戦で数え切れないほどの命が失われたという残酷な真実。そして、自分だけが休眠カプセルの中で奇跡的に生き延びていたという事実。
「だ、だけど、もし全部終わったんなら、なんで誰も迎えに来てくれなかったんだよ」
「……当時の毒ガス爆弾の威力は凄まじく、およそ1世紀(100年)近くも残留毒素が消えないほどでした。それに加えて、毒への耐性を持つ一部のモンスターがこの地域を占拠し続けたため、あなたを救出するミッションは実質『不可能』だったのです。現在ではすでに毒素は完全に消え去っていますが……かつてあなたの存在を知っていた人々は……おそらくもう、この世には誰も残っていないでしょう」
ついにクラインは理解した。なぜこの都市がこれほど長きにわたって放棄されていたのか。そして、なぜ自分だけがこの場所で、たった一人孤独に取り残されていたのかを……。




