砕け散った希望と、怒りの『パーフェクト・ランドリー』!
クラインは再びゴブリンの巣窟へと戻ってきた。前回自分が槍で刺したゴブリンが追ってこなかったことを彼は覚えていた。つまり、今は手負いの奴が1匹だけ巣の中に残っているはずだ。これは絶好のチャンスである。彼は出口の扉の前に身を潜め、先ほどゴブリンの死体から奪った刃こぼれした剣を手に構えた。
「アルテミス、作戦開始だ!」
クラインはドアの反対側に浮かんでいるアルテミスに小声で合図を送った。しかし現在の彼女は、直視に堪えないほど悲惨な姿をしていた。かつて屋上で天日干しにされていた「ゴブリンのワキガ臭漂う腐肉」が、彼女の頭頂部に雑に縛り付けられていたのだ。その姿はまるで『空飛ぶ腐肉お化け』である。
アルテミスは今、自分がとてつもなくマヌケに見えることを自覚していた。ここへ来るまでの道中、彼女はひたすら『私は天才ドローン……私は天才ドローン……』と、呪文のように何度も自分を慰め続けていたのだ。
「クラインさん、本当に……」アルテミスは念のため、もう一度クラインと目を合わせた。
「いけるいける! 頑張れ!」クラインは親指を立て(サムズアップ)、もう片方の手で腐肉の悪臭を防ぐために自分の鼻をギュッと摘まんだ。
「……もう、やるしかないですね」
アルテミスは諦めたように首(?)を振り、全く気乗りしない様子でゆっくりと部屋の中へと浮遊していった。
「アルテミス! 歌うんだ!」クラインが外から叫んだ。
アルテミスは部屋の中央でピタリと止まった。彼女はありったけの勇気と気力を振り絞り、震える合成音声で、スピーカーの音量MAXで叫んだ。
「わ、私ぃ〜は、とぉっても美味しいお肉ちゃん〜♪ 柔らかくて超キュートぉ〜♪ 魅惑の香りで、君も思わずギャアギャア鳴きたくなぁ〜る♪ 君も思わずギャアギャア鳴きたくなぁ〜るぅ〜♪」
この狂気に満ちた歌詞は、クライン本人が直々に作詞したものだ。彼は外で一人、その歌声に深く感動しながら静かに拍手を送っていた。一方のアルテミスはというと、『今すぐ自爆ボタンの場所を検索して! このゴブリンもろとも爆発して消え去りたい!』と、システムに切実に祈り続けていた。
しかし、この命懸けの「客引き」は効果絶大だった。ターゲットのゴブリンが、2階の階段の隙間から顔を覗かせたのだ。それを見たアルテミスは、すかさず前後左右に飛び回り、奴を誘惑し始めた。
どうやら「空飛ぶ美味しそうなお肉」は、見事に奴を1階へと誘い出すことに成功した。そのゴブリンの姿はかなり弱り切っていた。肩の傷口には黒い泥のようなものが雑に詰め込まれて止血されており、片腕しか動かせない状態だ。奴は残った腕で肉を掴もうとしたが、アルテミスはそう簡単に捕まるわけにはいかない。彼女は奴がスタミナ切れになるまで、ヒラリヒラリと飛び回って翻弄し続けた。
そして最後、彼女は奴を建物の外へと誘い出した。もちろん、クラインはその瞬間を待ち構えていた。
「アーメン、同志よ」
両者の視線が交錯した瞬間。クラインは無慈悲かつ正確に、奴の首の後ろへ剣を振り下ろした。ゴブリンの体はドサリと地面に崩れ落ち、大量の黒い血が床一面に広がっていく。
「よっしゃああっ!!」クラインは天に向かって拳を突き上げ、歓喜の雄叫びを上げた。ついに彼の手で、初めてモンスターを狩ることに成功したのだ。
「画面オープン! 経験値、経験値カモーン!」クラインは即座にシステム画面を呼び出し、食い入るように見つめた。
「早く上がれ! 早く早く!」
彼は経験値バーが「ポンッ」と現れるのを期待して立ち尽くしていた。しかし……しばらく待っても、画面には何の変化も起きなかった。
興奮と歓喜は、一瞬にして深い絶望へと変わった。彼はようやく「自分自身が何者なのか」という現実を悟ったのだ。
「クラインさん……」アルテミスはふんわりと近づき、彼を慰めようとしたが、今の彼にかけるべき適切な言葉が一つも思い浮かばなかった。
「……前の世界でも、この世界でも。俺は俺のままってことか。ただの……『役立たずの負け犬』なんだ」
クラインが持っていたあの底抜けの明るさは完全に砕け散り、跡形もなく消え去っていた。そこにはただ、深い悲しみに沈み、自分の残酷な運命を受け入れるしかない一人の青年の姿があった。そのあまりの悲壮感に、アルテミスも思わず胸が締め付けられ、悲しい気持ちになった。
『カラカラッ』
その時、上から小さな小石が落ちてくる音がした。ちょうどアルテミスの視界の端で小石が弾けたため、彼女はハッとして上を見上げた。
「クラインさん、危ない!!」
アルテミスは猛スピードでクラインに体当たりし、彼をその場から弾き飛ばした。クラインには何が起きたのか全く理解できなかった。しかし次の瞬間、彼の目に飛び込んできたのは――群れの最後の生き残りであるゴブリンが、彼がさっきまで立っていた場所に上から飛び降りてきた姿だった。そして奴は、手に持っていた棍棒でアルテミスをフルスイングで打ち据え、彼女をはるか遠くまで殴り飛ばしたのだ。
「アルテミスぅぅぅっ!!!」
クラインの絶叫が響き渡る。恐怖は瞬く間に激しい怒りへと変わり、彼の心の中で大爆発を起こした。自分の身がどうなろうと知ったことか。今すぐ、このゴブリンをぶっ殺してやる!!
ゴブリンは間髪入れずクラインに突進し、棍棒を力任せに振り下ろしてきた。クラインは剣で受け止めようとしたが、凄まじい衝撃により、刃こぼれした剣は一瞬で粉々に砕け散ってしまった。
クラインは咄嗟に剣を捨て、拳を握りしめて奴の顔面に渾身のパンチを叩き込んだ。しかし、大したダメージは与えられなかった。ゴブリンが再び棍棒を振り回し、クラインは機械の腕でガードしたが、その圧力に耐えきれず、激しく吹き飛ばされてしまった。
クラインは慌てて立ち上がった。武器なしでこの化け物に勝つ方法など、全く思いつかない。考える時間はなかった。ゴブリンは彼の息の根を止めるべく、狂ったように再び突進してくる。
『どうする!? どうする!? 考えろ、早く!!』
距離が残り3歩まで縮まったその時。彼の脳裏に、ある『狂気に満ちたアイデア』が閃いた。クラインは機械の腕を大きく後ろに振りかぶり、構えをとる。そして、全身の力を込めて拳を前方に突き出しながら、周囲に響き渡るほどの大声で叫んだ。
「発動!! スキル『パーフェクト・ランドリー(洗濯)』!!!」
その瞬間。肘から先の機械の腕が、最高回転数に達した洗濯機の脱水槽のごとく、凄まじい超高速で回転し始めた! その強烈な遠心力で腕の人工皮膚はすべて剥がれ飛び、銀色に輝く金属骨格が完全に剥き出しになる。
超高速回転する金属の腕が、突進してきたゴブリンの顔面の中央にクリーンヒットした! 猛烈な遠心力が立ち塞がるすべてを粉砕し、ゴブリンの頭蓋骨を木端微塵に砕き割る。怪物の巨体は吹き飛び、壁に激突して黒い血を広範囲にぶち撒けた!
やった! ついに倒した! クラインは奴を仕留めたのだ!
「ハァ……ハァ……」彼は荒い息を吐きながら、自分が今しがたやってのけたことが信じられない様子だった。
しかし、今はそれよりも大事なことがある。アルテミスだ! 彼は道の真ん中に転がっている彼女の元へ全力で駆け寄った。
「アルテミス!!」クラインは頭に縛り付けられた腐肉ごと、彼女を両手で掬い上げた。
彼女のステータスランプはまだ点滅している。つまり、彼女は死んでいない!
「あ、クラインさん……。どうやら私、衝撃で少しの間シャットダウンしていたようです」
クラインは安堵の涙を流しながら彼女を強く抱きしめた。どうやら、ゴブリンの棍棒が直撃したのが偶然にも柔らかい「腐肉」のクッションだったため、彼女の本体には深刻なダメージが及ばなかったらしい。ただ、その衝撃があまりにも強すぎたため、システムが一時的に気絶していただけなのだ。
「それで……ゴブリンはどうなりましたか、クラインさん?」
クラインは顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら、彼女に向けてニッコリと笑った。正直に言って、今のクラインの顔は全く「クール」ではなかった。
「アルテミス……ヒック……うぅっ……今の君、めちゃくちゃクッサイよぉ」クラインはしゃくり上げながら言った。
「……死にたいんですか?」




