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第4話 『マッチングアプリで経営者と出会う』

ポリクリ7週間目、消化器内科研修中。


「今日はマチアプの『セレブリティ』で約束した人とデートする」

「なんなんですか、その仰々しい名前は」

即座に結衣(ゆい)がツッコむ。


『セレブリティ』は最近流行りのマッチングアプリの中でも

ハイクラス向け、と謳っているサービスだ。


登録すればすぐ利用できるサービスとは違って

『セレブリティ』は年収、容姿、年齢、婚活への意気込みなどで入会希望者が審査される。

その通過率は公式サイトによるとなんと10%とのことだ。


私は盛りに盛った写真を使って、3回目でようやくその審査を通過し、

先週からいそいそとハイクラス男性とのマッチングにいそしんでいた。


「まあ学内でも引き続き探してみるけど、外にも目を向けてみようと思ってさ」


私はアプリのプロフィール画像を二人に見せる。

写真は少し日に焼けた男性が、バーベキューの串をもって笑っている。

ナチュラルな他撮り写真、コミュ力も高そうだ。


「へえ……写真もいい感じ。いいじゃない」

「そうですか? ちょっとチャラそうですが……」


珍しく朝倉(あさくら)さんが同意してくれる。

結衣は派手な男性が苦手なので、少しけげんな顔をしている。

でも初回デートから終電は逃すな、という点についてはしっかりと釘を刺された。


「うん!

ちなみに今日会うのは慶王(けいおう)大卒、目黒と六本木に飲食店2店舗もってる27歳経営者!」


今日のデートは向こうが予約してくれた六本木のメキシコ料理屋。

大通りから1本入った隠れ家的なお店で、

一応大手飲食店サイトや地図アプリの口コミも見たけど、お店自体は怪しくなさそうだった。


彼は六本木の店舗から仕事を終えて、直接来るとのことだったが

トラブルがあったとのことで、10分ほど遅れると連絡が来たので先に店に入る。

経営者は忙しい。これくらいは大目に見よう。


「初めまして、えーと、リンさん?」

彼は私をアプリに登録しているハンドルネームで呼んだ。

写真の通り、彫りの深いハーフ顔、笑顔が爽やかで私のテンションはがぜん急上昇。


「初めまして、お会いできてうれしいです!」

私は若さをアピールすべく、元気にあいさつした。

すると彼はふふっと笑って、「元気で可愛い~」と言った。

さらっと褒め言葉が出てくる。さすが大人だ。


「リンちゃんは医学部なんだよね? 頭いいんだ」

「そんなことないですよ♡ そちらこそ、慶王大学(けいおうだいがく)ってプロフィールで見ました。

あ、本名、叶梨(かりん)っていいます。一ノ瀬 叶梨(いちのせ かりん)です」


「俺は宇曽田 巧(うそだ たくみ)。本名教えてくれるなんて嬉しいな。

そうそう、慶王の経営学部なんだよね」


自己紹介を終えると、宇曽田さんは適当に「オススメ」と書かれている料理を注文した。


「宇曽田さんこそ、飲食店経営されてるんですよね?すごいなあ」


「そうそう、今度良かったら友達と来てよ」


宇曽田さんはそう言って、財布から名刺を取り出した。

裏面にはお店の名前と連絡先が掲載されている。


「えー!すごーい!行ってみたーい!」


「え?じゃあ2件目俺の店行く?」


「行くいく!行ってみたいです!あ、その前にお手洗い行ってもいいですか?」


そう言って、彼と店を出た。

食事を店から5分ほど歩いて、大通りから少し奥に入ると彼の店に到着する。

彼の店は、最近の流行を取り入れた写真映えしそうなメニューが多い、

ハワイアン料理店だった。

彼が到着すると、店員さんたちは「お疲れ様です!」と元気に挨拶し、彼は「うす」とか軽い返事をして一番奥の個室席に通してくれた。

「何でも好きなもの頼んで」

彼はメニューを渡した。


「へえ、サイミンって初めて聞きました」

私は「オススメ」と書いてある写真付きのメニューを指さす。

見た目はラーメンや、ベトナムのフォーと似ている。


「ハワイっていうのは移民が多かったから、いろんな国の料理が混ざってて面白いんだよね。

店出すとき視察に行ってさ。面白いなって。

サイミンは出汁にエビや昆布を使った料理なんだけど、

昆布漁をしている漁師に出資してビジネスにしようかなって考えてる」


彼はうんうん、と目を輝かせながらうなずいた。

飲食店を経営するだけではなく、実業家としてもっと事業を広げていきたいようだ。

そのうえでこれから価値が上がりそうなものを見極め、投資することは確かに重要ではある。


「そうなんですね。昆布の市場規模ってどれくらいなんですか?」


「市場規模? わからないけど、料理とかで結構使われるじゃん? 需要ありそうじゃない?」


「……たしかに、よく入ってますよね!

経営者さんてやっぱりすごいなって♡ なんでお店始めようって思ったんですか?」


「さしすせそ」を駆使しながら会話。


「友達に誘われてさ。そいつと共同経営って形で2店舗やってる」


宇曽田さんはソファに深く座り、得意げに足を組んでいる。


「すごーい、共同経営ってそれぞれ出資して……みたいなやつ?」


「いや手出しは全部友達に任せた。俺はアドバイスしたりとか」


「さすが。友達と一緒に経営なんて、楽しそう」


「お医者さんはつまらなさそうだもんね」


その瞬間、私の堪忍袋の緒が切れた。


「お待たせしました~。

カシスオレンジと、レモンサワーです」


バイトの子が飲み物を持ってきてくれるタイミングで私は始める。


「共同経営とおっしゃりますが、アドバイスするだけなら、経営者とは言わないのかも……

それはただの雇われ店長では?」


私はあくまで可愛い子ぶったトーンのママ、刺す。

その温度差に、宇曽田さんは一瞬鳩が豆鉄砲を食ったような表情で

「え?」と苦笑いしながら顔を上げる。


「それに、飲食店を経営しているのに

一件目のメキシコ料理店のチョイス、ありえません。

リサーチというには『おすすめ』から適当に注文していて、こだわって料理を頼んでいるようにも見えなかったし、


それに事業を広げていきたいようですが

たしかに注目の食材に目を付けて出資するというのは商売を広げるうえで重要だと思います。

ですがその市場規模すら調べていないのは実業家として甘すぎるかななんて思いました」


「え、ちょっと待ってよ、急にどうしたの」


「そもそもですが、慶王大学に経営学部はありません。

今までそんなわかりやすい嘘を誰も指摘してくれなかったなんて、皆さん優しいですね」


私はそこまで言うと、自分の分の飲み代を机の上に置いて店を出た。

自分を大きく見せようとする発言から、プライドは高そうなのと

あの店で働いているというのは本当らしいので

逆上して追いかけてくることはしないだろう、と踏んだ。


ただ、心臓はバクバクと大きくはねていた。

六本木の駅から都営大江戸線に乗ると、ようやく心臓が落ち着いてきたので

アプリから速やかに「経歴詐称」で通報する。


名刺をもらった時にトイレで彼が経営しているという店について調べていたので

なんとなく彼が経営者ではないことは察しがついていた。

本来なら適当にやりすごして速やかに去るところだが、

人の職業をバカにするものなので、腹が立って、部下の目の前で恥をかかせてやろうという気持ちになったのだ。



「そんなわけで今度の相手は詐欺師でした」


「その話聞かされて、俺どんなリアクション取ればいい?」


「何よ、退屈な夜にぴったりでしょう」


ポリクリ消化器内科研修中。

橘くんと当直が一緒になった。

当直と言っても、実習生は内視鏡の処置を見学するだけだ。


そのため二人きりで雑談に興じる時間もおのずと出てくる。

今は学生控室で一緒にコンビニで買ってきた夕食を食べている。


前回、橘くんに私の「玉の輿計画」の一部がバレてしまったため

私はもう開き直って彼に反省会に付き合ってもらっていた。


「マッチングアプリで、『医者』を騙るやつはよく聞くけど、

経営者って確かにどう見抜いたらいいのかわからないかも。よくわかったな」


「今回は相手が馬鹿だったから、自爆しただけだけどね…」


「あと、試しに『医者』とも会ってみたんだけど

整形外科の安田(やすだ)先生とマッチングしちゃってさ……。めちゃ気まずかったからもうマチアプはやめておくわ……」


「え、あの先生、婚活してるの? 結構堅物のイメージなんだけど」


「してるしてる、プロフィール見る?」


橘くんは話してみれば、なかなか気さくで冗談も通じるやつだった。


「そういえば、今日は眠らないの?

橘くんって睡眠重視の人のイメージなんだけど」


当直の待機時間は学生も当直室で休んでもいいことになっている。

私の反省会に付き合わせて、仮眠をとる機会を逸していないかと思い、尋ねてみる。


「あー……たしかにそうなんだけど、

なんか今日の夜は眠くならないんだよね」


「ふーん? じゃあ夜ふかしついでに私が出会ったヤバすぎる男たちの話でも聞いてもらおうかな」


「まだあるの?」

橘くんは眉を寄せて、くしゃっとした顔で笑った。

笑うとぐっと幼くなるその顔に、私の胸は少しだけ跳ねる。


叶梨の婚活はまだまだ続く。



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