第3話 『高校の同級生と再会ラブを狙う』
ポリクリ4週間目、腎臓内科研修中。
今日の実習が終わり、更衣室で着替えていると
別の研修医の先生について回っていた結衣と朝倉さんも入ってきた。
「お疲れさま~」
「お疲れ様です」
「今日、金川くんとご飯いってくるんだー」
結衣と朝倉さんが顔を見合わせる。
「あなた、先週 舘先輩で痛い目見たばかりじゃなかった?」
「金の卵獲得のためには、一分一秒も無駄にできないよ!」
心配してくれる朝倉さんに向かって、私はピースして見せる。
「どうやって呼び出したんですか?」
「金川君とは高校の同級生なんだよね。でも一学年10クラスある学校だったから全然話したことなくて。これを機会に親睦深めましょーって言って呼び出した」
二人は私の行動力に感心しているのか呆れているのか、適当にうなずいた。
「舘先輩は確かにヤバイやつだった。
でも金川くんはいい人じゃん? ご両親もお医者さんだし身元もバッチリ」
「たしかに、私、2年生の時に同じ担任でしたけど、優しい方でした」
「でしょ!?そんなわけで行ってきまーす!」
私が元気に更衣室を出ると
結衣と朝倉さんは嵐が去った、とでもいうように、息をついた。
「ねえ、一ノ瀬さんって、玉の輿狙えそうな男子を探してるのよね?」
「そうです。1年生の時からずっと言ってますよ」
「じゃあ金川くんって……」
朝倉さんは心配そうに、私の出て行ったドアを見つめる。
「いや、何でもないわ」
朝倉さんの懸念を知る由もなく、私はいそいそと金川君と待ち合わせている駅に向かうのだった。
西武新宿駅に到着すると、すでに金川君は到着していて私は「おーい」と声をかけると、
金川くんは読んでいた文庫本を閉じて、顔を上げた。
金川くんは量販店で売っていそうなTシャツに、ジーンズを着ており、手には大きな雨傘を持っている。
今日の降水確率は30%だというのに、かなりの慎重派らしいことが伺える。
「やあ、一ノ瀬さん」
育ちのよさそうな挨拶。待ち時間のつぶし方がスマホではなく文庫本なのも古風でいい。
結局結婚するならこういう人がいいのかもしれない。
私たちは予約していた池袋のチェーンの居酒屋に入った。
金川くんは医者の息子の割に着ているものも、性格もかなり堅実であることが伺えたので
あえてオシャレな店ではなく、普通の大学生が行くような居酒屋をチョイスしてみた。
中に入ると、個室ではあるがなかなか小さいので自然と距離が近くなる。これはこれでよい。
「ちゃんと喋るの久しぶりだね。実習でも一回も同じグループにならなかったし」
「でも一ノ瀬さんは目立つから、活躍はよく見てたよ」
「え!? 目立つって……」
嫌な目立ち方をしていただろうか、と心配になると
「成績良いから、いつも誰かに頼られてるでしょう。
医学部でもトップなんて本当にすごいよ」
私はほっと息をついた。悪い噂ではなかったようだ。
私達は高校時代の話で盛り上がった。
やはり地元が同じ、というのは共通項があって話しやすい。
高校の同級生が今なにしてる、という私のゴシップネタに
金川くんはいちいち良いリアクションをしてくれていた。
「そういえば、来年からマッチング始まるじゃん? 夏休みに見学とか行く?」
マッチングとは医学生が初期研修を行うための病院を決める、医学部版就職活動の総称のことだ。
臨床研修を受けようとする医学生と、臨床研修を行う病院の研修プログラムを、お互いの希望に基づいて組み合わせていくため「マッチング」と言われている。
ここで自分の希望通りの病院に行くには、
進級試験やCBTの成績で高い評価をもらうことはもちろんのこと、病院見学の回数などで「第一志望」であることをアピールすることも重要になってくる。
「いや、僕はいかないよ」
「え!? なんで?」
金川くんは学年でもかなり真面目な部類なので、この答えは意外だった。
「僕、北海道から奨学金もらってるんだよね。
だから卒業したら9年間北海道で働かなきゃいけないんだ」
「ホッカイドウ……」
地域医療の崩壊が問題視されている昨今、慢性的な医師不足に悩む県は、地域医療に従事する臨床医を確保するために「緊急医師確保対策」として「奨学金制度」を設けた。
これは地方自治体が医学生に資金面をサポートする代わりに、
卒業後、その自治体で一定期間医師として勤務するという義務が生じる奨学金だ。
金川くんはその制度を利用し、北海道から奨学金を借りているということだ。
やられた。卒業後、9年も北海道に赴任するのは
遠距離恋愛するにしても付いていくにしても遠すぎる。
「いいね、食べ物美味しいし……」
「稚内に行くか、根室に行かされるかわからないけどね」
「じゃあ戻ってきたら、実家の病院継ぐの?」
「いや、両親は二人とも勤務医だから、戻ってくるならまた就職先を探さなきゃ。
北海道居心地よかったら、そのままいるかもしれないし」
金川くんはどこを見たらいいのかわからないのか
お酒に刺さっているマドラーを所在なさげにくるくると混ぜる。
「だから実家はそんなに裕福ってわけじゃないんだよね。
一ノ瀬さん、北海道は好き?」
「旅行に行くのはいいけど、ずっと東京育ちだから住むってイメージはないかも……」
正直に言う。
「そっか。僕は好き。
母方の祖父母が北海道の北見にいるんだけど、食べ物美味しくて人も優しくて、のんびりしてるから人間本来の生き方をしてるような土地なんだ。
でも冬は雪も深くて病院行くのも大変で、そういう人を助けられるの、良いなって思ってさ。
両親の金銭的負担も軽くなるし、一石二鳥だったんだ」
それから話は微妙に盛り上がらず、私たちは2時間で解散した。
金川くんはいい人で、地に足をつけた考え方をしている人だった。
彼が何かを尋ねるたびに、人としての浅さがバレない様に、私は必死で取り繕って喋ったが、おそらく彼には見抜かれていただろう。
なんだか自分とは不釣り合いな気がした。
「そんなわけで、金川くんと私は奨学金仲間でした……」
次の日、例によってポリクリ実習班の女子たちとのランチタイム中に、私は昨日の出来事を報告する。
「奨学金もらってるもらってないは気にしないけど、
卒業後の進路は気になるところよね」
金川くんは間違いなく金の卵だった。
だが向こうにも選ぶ権利はある。
彼は真剣に交際するなら、北海道まで付いてきてくれる女性を探していたのだ。
「私は挙手できなかったなあ……」
「奨学金の有無って恋人探しに関係あるの?」
「橘くん!?」
男子たちは食堂で食べることが多いので、
女子しかいないと思って気を抜いて話していたら、突然橘くんが会話に入ってきた。
「いや……奨学金自体は関係ないけど、家の事情とかは気になるじゃん」
私がねえ、と女子二人に同意を求めると、二人とも「まあ」と煮え切らない返事をした。
「ふうん、なんか、条件で恋愛してるみたいで嫌だね」
それだけ言い残して、橘くんは「じゃあ」と言って
愛用のデスク用うつぶせ寝枕をロッカーから取り出し、机に突っ伏して寝始めた。
橘くんは昼休みや僅かな時間でもいつも目を閉じている。
私は開いた口が塞がらない。
―ーたしかに、人柄だけで好きになれたらそれが一番だけど!!!
――でも人生という長い道のりで考えた時、条件だって重要では!?
――じゃあそっちは容姿も気にせず、ハートだけで恋してるのかよ!?
言い返したかったけど、時すでに遅し。
橘くんはポリクリ実習班の中で最有力候補だったのだが、
思わぬところで思惑がバレてしまった。
叶梨の婚活はまだまだ続く。
次は本日19〜20時に更新予定。




