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第31話 『初デートは善光寺』


和真(かずま)くんとの待ち合わせ場所である長野駅に向かった。

広場には1998年に行われた長野オリンピックの看板があり、

そこが待ち合わせスポットになっているらしい。



久しぶりの温泉を堪能するために朝風呂もしていたら時間ギリギリになってしまった。


今日は彼と善光寺(ぜんこうじ)を観光する予定だ。

よく考えたら初めてのデートかもしれない。

デートも初めてなのに実家に挨拶に来ているってなんだかすごいことだ。


彼の姿が見えたとき、心臓が大きく跳ねた。



「和真くん、おはよう!」


叶梨(かりん)……」


彼が顔を上げると、少し顔色が悪い。


「ごめん、話し合い、うまくいかなかった」


彼はそういって頭を下げた。

はっきりとした声だったが、その言葉にはいつもよりもどこか弱弱しい。



「そっか、家の大事なことだし

そんなすぐにはオッケー出ないよね」


だからそんなに気にしないで、と私はつづけた。


「いや、俺が悪いんだ。話し方がうまくなかった」


その様子を見て彼がどれだけ真剣に父親に話してくれたかが伝わった。

許可がもらえなかった残念さよりも、その嬉しさのほうが少しだけ勝る。


「とりあえず、予定通り善光寺行こうよ。

ここからバスに乗ればいいの?」



彼がうなずくと、私は自分から彼と手をつないだ。

少しだけ目を大きく見開いて、少しだけ笑った。



善光寺の表参道でバスを降りると、朝10時前にも関わらずすでに観光客でにぎわっていた。

年末年始の休みを利用して来ている人が多いのだろう。


「雪が少し残ってるから、気を付けて」


そう言ってバスを降りるときに手を貸してくれて、

そしてそのまま、もう一度手をつないだ。


鼻の奥がツンとなるような、ひりつく寒さの中、手だけが温かかった。



善光寺は本堂に行くまでに高村光雲(たかむらこううん)の彫刻が安置されている仁王門、登楼参拝ができる山門など見どころがたくさんあり、まるでテーマパークのようだ。



「善光寺に一度でも参拝すると、極楽浄土のご利益があるらしいよ」


私がガイドを読みながらそう言うと

「すごすぎる」と彼が楽しそうに笑うのでほっとする。


本堂でお参りすると「お戒壇巡り」という文字が目に入った。


「あれ、なに?」


「暗闇の中で本堂の下を歩くんだ。

善光寺の御本尊の下に「極楽の錠前」があってそれを触るとご利益がある」


「なにそれ、やってみたい」


「結構並ぶぞ」


たしかに入り口までにはずらっと人が50mほど並んでいる。。

彼は眉を寄せたが、まだ時間もあるので私たちはその待機列に並んだ。



「俺もこれ、初めて」


「長野出身なのに」


「地元民は近すぎて逆に来ないってやつ。

あと母親死んじゃってから父親とはあんまり外出しなくて」



家族の話になると、彼の口は重くなる。

それがわかっているので、私はいつもその話題に触れそうになるとそっと離れた。

だけど今日は話したいのかもしれないと思って、少し踏み込んで聞いてみる。


「そっか、忙しいもんね」


「今の病院は俺が中3のときに開院したからその準備もあったんだろうな。

あ、夕飯は毎日一緒に食べたけど」


「二人でいるときはどういう話するの?」


そういうと和真くんは少し困った顔をした。


「うーん……父親と話すの苦手なんだ。何考えてるのか、わからない。

台風の夜に無茶して大けがして、

中学生の時にナルコレプシーも発症しちゃってさ。

子供の頃はこんな出来損ない、嫌われてるんじゃないかって怯えてたな」


少しだけ列が進んだ。

握っている彼の手に少しだけ力を籠める。


「だからいつも顔色を窺って

『父親はきっとこれを望んでるだろう』っていう選択肢をずっと選んでた」




30分ほど並んでようやく、階段を下りてお戒壇のなかへ入っていく。



「わあ……本当に何も見えないね」



一筋の光も差さない暗闇。

想像以上に何も見えない。昼間なのに不思議な気持ちだ。


暗闇の中を歩くのは少しは怖いかと思いきや

参拝客が一列になって歩くので、前後の人の会話や気配を感じられて怖さは全くない。



列の前方の状況に応じて止まったり進んだりするため時々 和真くんの背中にぶつかったので

むしろ怖さよりもドキドキのほうが勝った。

たまにわざと強くぶつかってみたりもする。


お戒壇を出ると太陽の光が一層眩しく感じる。



「最後に、山門登ってみたい」


私がそう言うと、彼は快くOKをしてくれたので二人で登った。

階段を上ると善光寺が一望できる。


清々しい空気が体の中をめぐっていくのを感じた。



「さっきの話なんだけどさ、一つだけ引っかかっていて」


私がゆっくりと言葉を紡ぐ。


彼は眩しそうな眼をしながら、こちらを振り向いた。


「『嫌われてるんじゃないか』って言ってたけど、

本当にそうだったら

あんなに忙しい人が、毎日一緒にご飯を食べたり、

大学生の息子をわざわざ駅まで車で迎えに来たりしないんじゃないかなって」


戸倉駅(とぐらえき)から、昼ご飯を食べた蕎麦処までは車で5分くらいだった。

車で5分ならば頑張れば歩ける距離だし、駅にはタクシーも止まっていた。


それに突然やってきた息子の彼女にも優しかった。



「診療所を総合病院にしたのも、橘くんの怪我がきっかけなんでしょ?

息子を守るためなのかなって思った」



「……その視点は……なかったな……」


「ね?親のことって客観的になれないんだよ。

だから嫌われてるって思わずに、ちょっと肩の力抜いてみてもいいかも。

むしろ俺、超愛されてるくらいの気持ちで」


「超愛されてる」


私の言葉を繰り返して、和真くんは笑った。


「あの父親が『超愛してる』って言ってるところ想像したら笑える」



風が強くなってきたので、私たちは山門から地上に降りることにした。


最初は指先だけもつような控えめな繋ぎ方だったが

いつの間にか指を深く絡ませて、恋人つなぎになっていた。


彼と彼の父親はこれからどんな話をするだろう。

少しでも誤解が解けるといいなと願った。



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