第27話 『医学部生のクリスマス』
「なんで24歳のクリスマスを過ごすのが、相沢のワンルームなのよ」
愛理沙が文句を言いながらスーパーマーケットの袋をローテーブルの上に置いた。
今日はポリクリ第5班のメンバーでクリスマス会だ
駅前のスーパーマーケットで買い物をしてから相沢くんの家に寄せさせてもらった。
メインディッシュのたこ焼きの材料、チキン、クリスマスケーキ、飲み物とかなりの大荷物だ。
普通だったら恋人と過ごすところだが、現在の第5班は全員がフリー。
恋多き女である愛理沙も珍しく予定がないとのことだったので悲しいことに全員が集まった。
「逆になんで俺んちなんだよ。みんなの家のほうが絶対我が家より広いだろ」
相沢くんの住んでいるのは神楽坂の学生マンションで、
立地はいいものの学生相応の10畳のユニットバス付きのワンルームだ。
結衣の実家の超豪邸や、谷口くんの家の六本木1丁目にあるタワマンに訪問するという案も出たが
「一番学校から行きやすいから」という理由で相沢くんの家になった。
「医学生だぞ、12月24日も勉強しろ!」
相沢くんはぶつくさ言っているが、頭にはトナカイのカチューシャを付けて
着々とホットプレートや飲み物を準備している。
「まだ5年やぞ。6年になってから焦ればええやろ」
「そんな余裕ぶってるから留年したんじゃないですか」
結衣が谷口くんに釘を刺す。
「クリスマスに勉強はしてないけど、俺と一ノ瀬は明日当直だし」
「しかも産婦人科の当直とか不安だよなあ」
橘くんと相沢くんが話している。
私はキャベツを刻みながら、ふと視線を上げる。
ちょうど橘くんが冷蔵庫から炭酸を取り出しているところだった。
ふいに彼がこちらを振り向き、自然に視線が合った。
だけどすぐ逸らした。
――だめだ、最近ほんとにだめ。
橘くんとは、彼がナルコレプシーを告白してくれた、あの朝以来だ。
言いたいことを一方的に言ってしまった。
恥ずかしくてまともに顔が見れない。
たこ焼きの生地の用意ができ、焼く準備が整う。
ワンルームの中心にあるローテーブルを全員で囲った。
「谷口、焼ける?」
愛理沙が100均で買ってきたたこ焼き用のピックを彼に渡す。
「任せろ。俺は関西出身やで」
谷口くんが得意げにピックを受け取ると、
生地の入れ方や、揚げ玉の量などを細かく班員に指示していく。
生地は穴に入れるのではなく、プレート全面に入れると丸いたこ焼きができる、という豆知識を聞いたときは歓声が上がった。
しかし数分後――プレートの上では惨事が繰り広げられていた。
「これ、何?」
愛理沙がスプーンで崩れた小麦粉の塊を持ち上げる。
「壊死組織」
結衣もドロドロの物体がのったプレートをすごく嫌そうな顔をしながら見る。
「しゃあないやん、よく考えたら家ではもっぱら食う専門だったからな」
「橘、やってみる?」
「……やる」
愛理沙に指名され、今度は橘くんがピックを持つ。
メスを持ったかのような、妙に真剣な横顔。
くるりと綺麗に生地が回転し、こんがりとした丸い表面が現れた。
「え、うま」
思わず声が出る。
「普通だろ」
「普通じゃない」
「器用ですね」
みんなに口々に褒められて、照れたのか橘くんが少しだけこちらを見る。
「一ノ瀬、次お前な」
「え?」
「回してみろ」
テーブルの向かい側に座っていた橘くんがわざわざ立って、
ピックを渡してくるので思わず受け取ってしまった。
おそるおそる生地を回してみる。
すると橘くんがそのまま私の隣に座って、至近距離で手元を覗き込まれる。
――ち、近い。
「ちょ、見ないで」
「なんで」
「集中できない」
「言い訳だろ」
指が震えて、生地が崩れる。
いかんせん、人生初たこ焼きパーティなのだ。
「違うよ。こうだって」
すると手の上から、橘くんの手が添えられて動かされる。
たこ焼きはくるり、と丸くなる。
「……できた」
「コツつかんだ?」
橘くんは優しく微笑んだ。
耳まで熱くなるのを感じる。
斜め前に座っている愛理沙がニヤニヤしているのが目の端から見えた。
1回で50個ほど焼ける業者みたいなホットプレートだったのに、
私たちはそれを6周した。
医学生はフィジカルも大事。
食べることは身体づくりの基本なので、皆 普段からよく食べる。
「落ち着いたところでプレゼント交換しよか」
予算1000円と言われ、みんな持ち寄ってきたものだ。
谷口くんが音頭を取って、くじを引く。
このくじに班のメンバーの名前が書いてあって、その人に自分の持ってきたプレゼントを渡すという段取りだ。
私はくじを引いた瞬間目を見張った。
「じゃあ一ノ瀬から!」
「私!?」
不意を突かれて大きな声を出してしまう。
「なんでそんな驚いてるの?」
「い、いや……私は橘くん」
こんな微妙な距離感の時によりによって。
発表するのが、なんだか公開告白のようで恥ずかしかった。
「はい」
私は用意してきたプレゼントを彼に渡す。
「ありがとう」
欲目かもしれないけど、彼は嬉しそうに微笑んだ。
まあ、でもプレゼントは誰からもらっても嬉しいか、と自分に言い聞かせる。
「橘、開けてみたら?」
「待って、それは家で……」
私が止めるのも聞かず、橘くんはプレゼントの包み紙を開け始める。
「これは……マフラー?」
出てきたのは赤いマフラーだ。
「……似合うと思って」
恥ずかしすぎて私は頭を抱えた。
「誰に当たるのか分からなかったのに?」
相沢くんがきょとんと尋ねる。
私は顔から火が出そうになる。プレゼントの相手を無意識に橘くんを想像してしまっていたことに気づく。
「じゃあその流れで橘」
「俺も、一ノ瀬」
周りの班のメンバーがどよめく。
谷口くんはヒューヒューと口笛を吹く。
橘くんのプレゼントがもらえるのは嬉しい。嬉しいけどこの状況は心底恥ずかしい。
橘くんは顔色を変えずに、私にプレゼントを渡してきた。
ピンクの不織布のラッピングペーパーにつつまれた、手のひらサイズの包み紙。
中身はーー。
「ハンドクリーム?」
「そう、実習で手荒れるでしょ?」
塗ってみなよ、と愛理沙に促され手に塗ると、花の香りがした。
「この匂い……金木犀?」
「そう、俺の好きなにおい」
「うん、いい匂い……」
甘くて、優しい香り。
私のために選んでもらったようで嬉しかった。
「ちょっと、二人の世界に入らないでくださーい」
谷口くんが手をたたいて、時を動かす。
私はハッとして我に返ると、他の4人がニヤニヤして見守っていた。
◆
「そろそろケーキ食べようよ」
相沢くんがケーキナイフを持ってくる。
ケーキに刃を入れた、その時――。
「え?」
「誰かブレーカー触った?」
部屋の電気がパッと消えて真っ暗になった。
ベランダに続く窓のカーテンを開けると、周囲の家も真っ暗になっている。
どうやら停電のようだ。
「ケーキに蝋燭ついてるやろ。チャッカマン、誰か知らん?」
「あ、ここにーー」
私は谷口くんに渡そうと立ち上がると
自分の脇に置いてあったカバンに躓いてバランスを崩し
ぐら、と体が傾く。
「きゃっ」
「危な」
誰かに腕を掴まれ、引き寄せられる。
そして2人して床に倒れこんだ。
だが、痛くない。
誰かの腕がクッションになったのだ。
恐る恐る目を開けると、眼前には橘くんの顔。
しかもドアップ。
暗闇の中、息が触れそうな距離。
床に直撃しないように腕でかばってくれたのだろう、私の頭の下には彼の腕が挟まっている。
腕枕をしてもらっているポーズで向き合う形になっていた。
心臓の音が、自分でも分かる。
「……一ノ瀬」
低く小さい声。
「最近、避けてただろ」
「避けてない」
思わず即答。
たしかに、環奈ちゃんにかかりっきりで最近話していなかった。
――ちょっと言い訳だけど……。
「嘘」
橘くんの腕は離れない。
暗闇だから、顔がよく見えない。
「関わりたいって言ってくれて、嬉しかった」
そして橘くんがもう片方の手で私の手をとり、そして強く握った。
思わぬ熱に、私の身体は緊張で固くなる。
心臓が破裂しそう。
「一ノ瀬……」
彼の口元が動く気配がするとーー
パッと明かりがついた。
その瞬間、私は急いで距離を取る、が。
「お前ら人の家でいちゃつくなよ!」
間に合わず相沢くんに見られてしまった。
「今年一番のイベント来た!」
谷口くんが使いどころを失っていたクラッカーを鳴らした。
全員が手をたたいて笑った。恥ずかしいけど、私もつられて笑った。
この班での実習も、あと少し。
窓の外には、小さな雪が降り始めていた。




