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第24話 『叶梨の精神科実習 ―女子高校生の患者―』

精神科ローテーション3日目の午後、

(たちばな)くんの前で大演説をしてしまった私も我に返る。


――なんかすごく偉そうにしちゃったかも……。


一ノ瀬(いちのせ)さん」

津田(つだ)先生」


昼休み、恥ずかしくなって橘くんと顔を合わすことができず

ひとり医局の隅っこで悶えていると

先ほど橘くんと立ち話していた指導担当の津田先生に声をかけられた。


津田先生はテレビ出演や本も何冊も出版している有名な先生だ。

最近では「情報過多時代の考えない力」という本がヒットしているらしく、あちこちの書店で宣伝を見かける。

なのに物腰がとても柔らかくて、教え方も丁寧ないい先生だと学生の間でも評判だった。



「先ほどは失礼しました。

機密事項を廊下で話すのはタブーといつも教えているのに」

「いえ、私のほうも聞き耳を立ててしまってすみませんでした」


彼は学生の私に深々と頭を下げるので、

私も慌てて頭を下げる。


「それで乃木環奈(のぎかんな)さんのほうはどうですか」


乃木さんというのは、この精神科ローテーション中に私の担当になった

高校生の患者さんだ。


学校でいじめに遭い鬱病になってしまったのだが

希死念慮が出てきてしまい、先週から入院している。


担当と言っても、津田先生と受け持っているのだが

彼女の話し相手として毎日患者さんと私の二人だけで面談する時間を任されていた。


「なかなか核心は付けなくて」


「でも結構話はしてくれているみたいじゃない」


「いえ、雑談ばかりです」


私は苦笑いする。

そう、本当に褒められたものではないのだ。



「こんにちは、環奈ちゃん」

ノックをして個室の病室に入る。


「……こんにちは」

小さくささやくような声で、挨拶が返ってくる。

ベッドに座っているのは

黒髪のサラサラストレートでぱっちりとした瞳が可愛らしい女の子が座っているが、

目の下にクマができ、ストレスでかなり痩せてしまっており、手の骨が浮いている。


「あっ今日の昼ごはん、麻婆豆腐だったんだ。おいしそうだね!」


私は机の上に載っている入院食を見て、そういった。

半分くらいは手を付けている。

先週は全く喉を通らなかったらしいので進歩だ。


「……残してごめんなさい」


「ううん、全然いいんだよ。

今日の体調はどう?」


「少しだけ……胸のざわざわが落ち着いているような気がします」

彼女がこちらに気遣って頑張って微笑もうとするが、顔が引きつってうまく笑えないようだった。


机の上に置いてある彼女のスマホには透明なケースがはまっており、そこにはバンドのステッカーや友達と撮ったらしいプリクラや猫の写真などが挟まっている。

今はやりのキャラクターのキーホルダーも付いていて可愛らしい。

普段は今時の明るい子なのだろうな、というのが予想された。


「その猫は環奈ちゃんの家の猫?かわいいね」


私はスマホケースに挟んである写真を指さす。

可愛い三毛猫だ。


「そうです。家で飼ってて…」


「何歳?」


「6歳です」


彼女がようやく少しだけ微笑んだので、私はほっとする。


先週の段階で津田先生が基本的な家族構成や趣味の話などを聞き出しており、

私の手元の資料にはその内容が共有されている。



雑談からだんだん話を広げていき、患者さんの心の負担にならずに

鬱病になってしまった原因を掘り出していくのが精神科の技術なのだが

私は雑談をして彼女を微笑ませるのがやっとで

彼女の普段の生活がどんなものか、何が彼女の心を蝕んでしまったのか

掘り出すことができていなかった。


「それじゃあ学校で何があったのか聞きたいんだけど……」

「……」


――しまった、直接的過ぎたか。


彼女の目が一気に暗くなり光が消えた。

急に彼女から敵認定されたような気分だ。


「学校の話はしたくないです」


彼女はまた下を見てうつむいた。


「そっか、薬が先週から始まったけど、何か変わった感じはある?」


「わかりません」


「入院した日と比べて、今日の体調はどう?」


「もう覚えてないです」


そこから先の彼女の返事はもう会話に繋がらないものばかりで

その日の1時間の面談のなかで、彼女が顔を上げることはもうなかった。



「苦戦してますか」


医局で精神科の教科書と資料を読んでいた私に、

津田先生が温かいコーヒーを差し出した。


「ありがとうございます」

紙コップのコーヒーはまだ熱くて、冷えてしまった指先をじんわりと温めた。


「難しいです、原因を探るような質問はシャットアウトされてしまって」


私はもう一度、環奈ちゃんの資料を見る。


彼女は高校1年生ではクラス委員長も務めていた真面目な生徒だったそうだ。

いじめに遭ったのは高校2年生の時、彼女と同じグループだった子からの、「いじり」だった。


最初は「その私服似合ってない」「環奈は顔が可愛いのに服がダサい」などのつっかかりだったのだが

だんだんと、「犬の真似をしろ」「一発芸をしろ」などと言われ

グループ内のお笑いキャラ的な立ち位置を求められるようになった。

笑いもの的な立ち位置、でもそれよりも仲間外れのほうが嫌だったのだという。


その動画がグループ内だけではなくクラス全体のラインやSNSで共有されるようになり

クラス全体から「いじられキャラ」として扱われるようになったのだそうだ。



だが、これは彼女の保護者からの見え方も含めた、表面的な情報。

彼女がこれに対してどういう感情になったかが分からなければ、

根本的な治療をしていくのは難しい。


「私が頼りないからでしょうか……」

八方ふさがりの私はぽつりとつぶやいた。


「頼りがいがあるかどうかなんて、今は考えなくていいよ。

学生の皆を患者さんに割り振るのは、若い患者さんは年の近いポリクリの学生のほうが話しやすいこともあるからさ」


「立場の近い人間のほうが話しやすい……」


その言葉が私の考えを変えた。



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