第21話 『縁談の白百合』
デートを盗み見てしまった日から、私はどんな顔で橘くんに会えばいいのかわからず
私は少しだけ彼を避けた。
いつもだったら学生控室に立ち寄り、ポリクリ班のメンバーと一緒に昼食を取るところだが
実習場所から直接 外食へ向かう。
帰りも更衣室からそのまま帰宅する。
橘くんと顔を合わせなければ、気持ちは少しでも落ち着くのではないかと思った。
今週は耳鼻咽喉科ローテ中。
「じゃあ今日は手術を見学してもらうけど
副鼻腔炎の手術と真珠腫の手術どっちが見たい?
3人ずつで分かれて」
各々が希望を言っていく流れ。
橘くんが「真珠腫」を選んだのを見て、私はとっさに「副鼻腔炎」を希望した。
「もう副鼻腔炎は3人希望がいるから、叶梨は真珠腫にしたら?」
「え?」
私が動揺している間に
もうすでに3人手が挙がっていたらしい。
「あ、えっと……」
私が言い淀んでいるのを見て、
何かを察知してくれた愛理沙が
「私、やっぱり真珠腫にします。これで3人ずつですね」
と指導医の先生に言った。
「あ、ありがとう」
愛理沙はウインクして見せる。
あからさまに避けている感じが出てしまったけど、ありがたい。
橘くんは少しだけこちらを見たけど、すぐに指導医の話に集中していた。
翌日は外来見学。
「今日は専門外来の見学をするよ。
補聴器外来と眩暈外来、腫瘍外来にわかれようか。じゃあ二人一組になってくれる?」
「二階堂さん、組もうや」
すぐに谷口くんが結衣に声をかけた。
「またですか? いいですよ」
最近、谷口くんは結衣ちょっかいをかけているのだが、なんだか結衣もまんざらでもない様子だ。
――これは、なんとなく男女で組む流れ。
橘くんがこちらを見た瞬間――。
「愛理沙!組もう!」
やたら大声になってしまった。
私は橘くんには気づかないふりをして、ただ真っすぐ指導医のほうに注目して
集中しているふりをした。
自分はさばさばした性格だと思っていた。
実習班のメンバーの中で出来たカップルが別れて、気まずかったなんて話を聞くたびに
「私はそんなことしないな」とちょっと偉そうな目線で見ていた。
でも実際、自分がその立場になってみたらーー。
周りを気にしていられないくらい、橘くんと話すのが怖い。
今日も一人で学内のコーヒーショップで昼食を取っていた。
しかし。
「最近、なんかあった?」
「ごほっ……た、橘くん」
むせた。
橘くん張本人に見つかった。
そしてーー
「こんにちは」
橘くんの後ろから柊琴音が顔を出す。
今一番出会いたくなかった組み合わせだ。
「……こんにちは」
顔が引きつっているのが、鏡を見ずともわかる。
「今日は病院見学に来たんです。
この間のセミナーで、誘われて」
「俺はそこでたまたま会った」
せっかく彼氏の病院に来たから、一緒にランチでも食べようというわけだ。
柊さんも白衣を着ており、
二人並ぶと医学生カップルという感じでお似合いだ。
「一ノ瀬、最近避けてるでしょ」
橘くんが問いかける。
ほんの少しのつもりが、思ったより露骨だったらしい。
「別にぃ」
「別に、じゃないだろ」
私は冗談っぽく、口をとがらせてふざけた調子で返事をすると
橘くんはそれに流されてくれず、
真っすぐ再び問いかけた。
「何かあっただろ」
私を橘くんと柊さんが真っすぐ見つめてくる。
そんなこと、柊さんの前で聞かないでほしい。
その暴力的なまでのストレート球に耐えきれなくなって、私は言った。
「なんにもないよ。
二人は順調そうだね。よかったね!」
そう言うと、橘くんの眉が少しだけ歪んだ。
「どこかで見た?」
「……銀座と丸の内で」
そこは正直に言う。
「言っとくけど、1回目はたまたまだからね」
私は焦って取り繕う。
「2回目は?」
「…………」
待ち伏せしたとはいえず言い訳も思いうかばず黙る。
その間抜けな私を見て、橘くんは笑った。
「3回目は渋谷のイタリアンいってきたよ。あの予約取れないところ。
親父に伝手があってさ」
「おいしかったよね」
二人でなぜか楽しそうにデート報告をしてくる。
「そう、よかったね!」
思わず強く言い返す。
そして。
「でもそれで終わりだよ」
「……え?」
言葉の意味が分からず、もう一度聞きなおす。
橘くんの隣で、柊さんもうなずいている。
「親に3回は会えって言われてただけだから。縁談は終わりだ」
「お互いに確認作業だったかな」
ぽかんとしている私に、柊さんは優しそうに笑った。
「ねえ橘くん、一ノ瀬さんと二人で話してもいい?」
◆
コーヒーショップで、柊さんはブラックコーヒーのホットを注文した。
商品をカウンターに受け取って席に着くと、
私は緊張で身体が固くなる。
柊さんは耳に髪をかき上げて、ふうーっとコーヒーを冷ましてから一口、口に含んだ。
「寒くなってきましたね」
「そうですね……」
盛り上がらない会話を察したのか、柊さんはすぐに本題に入った。
「もともと、橘くんと恋愛するつもりはなかったんです。
お互い実家が病院だから、中学の時から仲間意識はあったけど
私は病理医志望で、病理やるなら症例の多い東京でやりたいと思ってて」
橘くんの父親は、長野に嫁ぐ相手を探している。
柊さんもその希望に沿えなかったということだ。
彼女は続けた。
「誤解させたら申し訳ないと思って、一ノ瀬さんに説明したかったんです。
時間もらっちゃってごめんね」
「いえ、わざわざありがとうございます……」
その声は優しくて、本当に私を気遣ってくれているようだった。
一度しかあったことない私にここまで気を使える人。
負けた、と思った。恋ではなく、人として。
「彼も、最初からその気はなかったみたいだよ」
「そうなんですか…?」
「うん、好きな人がいるって」
柊さんは微笑んだ。
「頑張ってね」
そう言って、席を立つ。
その背中は凛としていた。
白百合みたいだ。
華やかな見た目、近づくと甘い香りがするが、
誰にも曲げられない強さがある。
私にはない。
でも。
逃げない。
その決意だけが、静かに胸に根を張っていた。




