第19話 『勉強会という名の婚活パーティー』
昼休み、実習が終わって昼食を取りに学生控室に行く。
私を担当してくれている指導医の片岡先生が厳しくて、終わるのが少し長引いてしまい腹ペコだ。
「お疲れ様~……」
声をかけながら扉を開けると、そこには橘くんしかいなかった。
私が入ったのに驚いたのか昼食にとっていたらしい
卵サンドを手に持ちながらゴホゴホとむせている。
「おっ…お疲れ…」
「1人? みんなは?」
「食堂行った」
どうやら先に行ってしまったらしい。
昼休みは短いのでしょうがない。
橘くんだけコンビニで買ってきていたので取り残されてしまったらしかった。
私も今日は母がお弁当を作ってくれたので、一緒に食べることにする。
正面の席に座って、お弁当を広げる。
「縁談、どう!? 進んでる!?」
「……ゴホッ」
率直に聞くと、橘くんは飲んでいたお茶で再びむせていた。
デリカシーないやつと思われたくないので、一応、言いたくなかったらいいよ、とも添える。
「……今度、親父の知り合いの会合に顔出してくる」
「会合?」
「医学生向けの合同セミナー」
「それが縁談とどう関係あるの?」
「……そこに、親父が薦めてる相手が来るから、交流して来いって」
「……へぇ」
話を聞いてみるとそれは桜友館大学医学部と城南医科大学医学部の学生と研修医を対象に合同で行われる勉強会で、今年のテーマは「地域医療と専門医制度改革」らしい。
真面目な勉強会じゃないか、と思うが 実際は、医師家庭同士の顔合わせの場となっているらしい。
そんなものがあるのか、と私は目を丸くした。
「……それって私も行けるのかな」
「……申し込めば行けると思うけど」
橘くんは少し驚いていたが、そう言って申し込みサイトのリンクを送ってくれる。
「私も行く!」
私は参加を決めた。
嫌な予感がしていたからだ。
________________________________________
セミナー当日。
会場は高級ホテルのセミナールーム。
勉強会を粛々と終えると、この後は懇親会だ。
司会者に移動を促され向かった先は同じホテルのパーティルームだ。
立食形式で、様々な料理が用意されている。想像以上に「社交場」の側面が強いように思った。
「なんで俺まで来なあかんねん」
谷口くんがブツブツ言いながら、食事をどんどんさらに載せていく。
「1人じゃ参加しづらかったんだもん」
さすがに一人で橘くんの縁談相手を見に来る勇気はなかったので
私は同じポリクリ班の谷口くんを誘った。
「なんで俺? 二階堂さんか朝倉さん誘えばいいやん」
「一番暇そ……フットワークが軽そうだったから」
「今 暇そうって言った?」
彼は眉をひそめながら、お洒落なシャンパンを何杯も仰いで、なんだかんだ楽しんでいる。
一方で橘くんは父親の知り合いだという、城南医科大学の教授に挨拶をしていた。
今回の主催の一人らしい。
誘いやすかったというのもあるが、彼が一番、この情けない私を理解してくれそうだったからだ。
元カレの縁談相手を見に行くなんて、趣味が悪いなんてことは重々承知だ。
わかっているうえで「人としてやばい」と正論を言われたらさすがの私も心が折れる。
「何の話?」
橘くんが挨拶を終えて私たちの元にやってきた。
「二次会は一ノ瀬に奢ってもらおうって話」
「ボンボンが苦学生にたかるな!」
いつもの実習班の空気に、緊張が和らいだ、その時。
「橘くん」
静かだが、よく通る声だった。
橘くんの目が揺れて、ほんの僅かに動揺したのがわかった。
長い絹のような黒髪に白い肌。
淡い水色のワンピースを着こなしている。
少女漫画のヒロインのようだ。
名札には「城南医科大学 柊琴音」とあった。
間違いない、彼女が、橘くんの父親が縁談を組もうとしている相手だ。
彼女を始めてみた感想はライバルが出てきた嫌悪とか、焦りとかではない。
――綺麗。
嫌になるくらい、素直な感想。
「こちら、お友達?」
彼女が私のほうを見る。
その目は、好奇でも敵意でもなく、純粋な礼儀だった。
「はじめまして。柊琴音です。中学のとき橘くんと同級生で」
彼女の微笑みは清楚で、明るくて、可愛い。つまり無敵。
結衣も愛理沙も美人だが、系統が違う。
こんなに純度の高い人を初めて見た、かも。ある意味人間らしさがない。
「一ノ瀬叶梨です。桜友館の五年です」
私も頭を下げる。
心臓はバクバクと大きく脈を打っているのを感じた。
「話している途中にごめんね。佐藤先生、あっちにいたから一緒に挨拶に行かない?」
柊さんはそう言って、橘くんとともに
輪の中を抜けていった。
すごく感じのいい人だった。
「あれは……強敵ですな」
「……ですね……」
その日は社交的な谷口くんにつられてパーティでは私も城南医科大学の子たちと交流した。
柊さんの情報を深堀したく、私は話題に出してみる。
「あの水色のワンピースの子…」
「ああ、柊さん?」
「すっごく美人ですよね」
「美人なだけじゃなくて性格も抜群にいいよ」
「困ってる人を放っておけない子で」
「しかも頭のほうもトップクラス」
と、口々に、彼女の聖女のようなエピソードトークが出てきて
弱みを掴んでやろうと思っていた私は逆にくらくらしてくる。
最初の挨拶以降 柊さんとは話すことはなかった。
ただ、会場のあちこちで、橘くんと柊さんが並ぶ場面が視界に入った。
一緒に行動しているようだった。
自然な距離感。
長年の知り合いの空気。
私は、その光景を見ないふりをした。
――私、あの人に勝てる?




