表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/39

第15話 『彼氏と恋愛観ですれ違う』

混浴事件(?)の夜、私はなかなか寝付けなかった。


眠れない原因は混浴で(たちばな)くんにつかまれた腕の熱が、忘れられないからだった。

寝ようとしても、彼のことをずっと考えてしまう。


――このまま二人で結婚したらどんな未来になるんだろう。

――二人で開業するとしたら、何科がいいんだろう。

――橘くんは、今の関係をどう思ってるんだろう。


寝ようとしても喉の渇きがやたら気になってしまうので、

何か飲み物でも買おうと一人部屋を抜け出し自販機コーナーに向かう。


深夜、塩原観光荘(しおばらかんこうそう)の廊下は静まり返っていた。


照明が落とされ、

非常灯だけがやけに明るく光っている。

昼間の賑やかさが嘘みたいな静けさで私はビビりながら廊下を進む。


階段で一つ下の階におりて

ようやく自販機コーナーにたどり着くと、自販機の明かりに、ぼうっとした影が照らし出される。


「ギャッ!!」

私は驚いて飛び上がる。


「あれ、一ノ瀬(いちのせ)?」

よく見たら、その人影は橘くんだった。

自販機横の古いソファで一人スマホをいじっているようだった。


下ろした前髪、

Tシャツに、ハーフパンツといういつもより、ラフな格好にドキドキする。


「幽霊かと思ったら橘くんかあ……」


なんだよ、と言いつつ、頭を悩ます張本人が出てきてしまい

正直ドギマギしている。


「それであんなにびびってたの?

消灯後の病棟は堂々と歩ける人が?」


「あれはほら、仕事モード入ってるっていうか……」


そんな他愛無い話をしながら私は自販機でお茶を購入する。

橘くんが「座ったら?」というので、私はお言葉に甘えて隣に座る。

触れるくらい、肩が近い。


「今日、楽しかったな」

橘くんが、かみしめるように言う。


「……何よ、結衣(ゆい)愛理沙(ありさ)の水着が見れてよかったって?」

私は少し冗談めかして返す。


「いや、そうじゃなくて久しぶりに何も考えずに笑ったなって」

「……うん」


医学部5年生。

将来を考える時期。

私も久しぶりに、あんなに大声で笑った。


「一ノ瀬といると楽しい」


――RRRRRRRR……


するとその時、着信音が鳴った。

音の長さからして、おそらく電話だ。

橘くんがスマホを取り出す。


「……父さんだ」

橘くんの声のトーンが変わった。

低く、重い。


彼は通話ボタンを押す。

「……はい」

それは、私が家族と話すときのような気安さはなかった。

むしろ、今まで見た橘くんの中で一番張りつめているようにさえ見えた。


「……いや、今は那須塩原に地域実習に来てて」

どうやら夏休み、いつ帰ってくるかを聞かれているらしい。

いつまで那須にいるか、どんなことをしているのか、を説明している。


「……はい。話し合いの日までには戻ります」

あんまり聞き耳を立てても悪いなと思い、私は自分のスマホを触りながら座っている。

しかし。


「え、縁談?」


その一言で、私の手が止まった。

顔を上げて、彼のほうを思わず見てしまう。


「学生の僕にはまだ早いと思います」


橘くんは父親の機嫌を損ねないように言葉を選びながら、そう伝えるも

電話の向こうの音声はまくしたてるように、何か言っている。

何を言っているかまでは聞き取れなかった。



しばらく言葉を交わした後、橘くんは観念するように。

「……わかりました、20日空けておきます」

と言った。


電話が切れる。

沈黙。


胸の奥が熱く、そしてじんわりと痛い。

唇が、震える。


橘くんが力尽きたように、スマホを握りしめたまま首を垂れる。

そして小さな声で、ごめん、と言った。


「縁談って何?」

言葉選びを間違えられない、と思いつつ、私はストレートに彼に聞いてしまった。


「なんで彼女いるって言ってくれなかったの?」

彼の返事を待たずに、続けてしまう。


「それは……」

橘くんが顔を上げる。

そして長い沈黙。私はもう口を挟まない、と心に決めて返事を待つ。


だが、彼の眼はゆっくりと閉ざされ、

そして電池が切れたように、カクッと彼の身体は壁にもたれかかった。


そしてそのまま、ゆっくりと穏やかな寝息を立てる。


――寝てる……?

――この状況でーー?


穏やかな彼の寝顔。

背筋に冷たい水が流れる感覚。サーっと体が冷えるのを感じた。


「もういい!」

私が大声を出すと、彼は肩をビクッと震わせた。


立ち上がって去ろうとすると、右手の手首を彼の手がつかんだ。


「一ノ瀬、ごめん。話聞いて」


私はその手を振りはらい、部屋に戻った。

橘くんは追いかけてこなかった。



長かった地域実習が終わった。

城戸(きど)院長は忙しいのに、わざわざ最終日は飲み会を開いてくれた。


「専門の科の選択に、マッチング……将来に悩む時期だな。ゆっくり考えればいい。

君たちの一生を左右することだからな」


そう言われたのがやけに心に残った。



そして翌日、土曜日。

今日は一日、ポリクリ班一同で観光に繰り出す予定だ。

やってきたのは塩原温泉郷の街の中心にある老舗和菓子店「相沢菓子舗(あいざわかしほ)」だ。

ここはその名の通り、相沢(あいざわ)くんの実家である。


大きな木造和風建築の建物の入り口には

毛筆で書かれた大きな木の看板が掲げられており、「創業1856年」と書かれている。

土日は温泉まんじゅうやお土産を買い求める観光客で店内は賑わっていた。



「よく来たな、未来のドクターたち!」

店に入ると、相沢くんの父親が厨房から顔を出して挨拶をしてくれた。

日焼けした肌と人のよさそうな笑顔がよく似ている。



「みんな、来てくれてありがとうな」

相沢くんはいつもより少しだけ誇らしげだ。


「地元に愛されとる感じやな」

坂口(さかぐち)くんは店内を見渡しながらそう言った。

その口にはすでに温泉まんじゅうが運ばれていた。


「だろ? 俺、ここ継ぐか悩んでるんだ」

「医学部入る前に結論だしとけや! 学費もったいないやろ!」

坂口くんが関西人らしいするどいツッコミ。


「いやまあ、冗談だけど」

相沢くんがそう言って、笑いが起きる。


だが、橘くんは笑っていなかった。

いつもと違う彼に気づいたのか、谷口くんが橘くんに近づき何かを話しかけている。


何を話しているのか気になるが、

あまり班の空気を悪くしてもいけない。



「なあ、昨日の夜、一ノ瀬ともめてへんかった?」

「……」

「盗み聞きしてすまん、声が聞こえたから。お前、まだ一ノ瀬に言ってないんやろ」

「みんなして急かすなよ……」

「急かしてへん。俺はただ——後悔してほしくないだけや」

真っ直ぐな声。


「卒業したら離れるかもしれへんなら、今 話さないとあかんやろ」


橘くんは谷口くんの言葉に返事をせず、ただ唇をかみしめた。


一方。

「おいしい!」

甘いもの好きの結衣と愛理沙は、相沢くんの父にこの店の名物である「相沢焼き」を食べさせてもらっていた。


「みんな今日 暇ならこれに行って来たら?」


そう指をさしたのは、「塩原花火大会」と書かれたポスター。

日付は今日の夜だ。


「東京ほど混んでないし、結構きれいだよ」


「今日なんですか!? これは運命、行くしかないて!」

夏らしいことをまだ一つもしていない医学生たちは大盛り上がり。


甘い和菓子の匂いの中、それぞれの覚悟が静かに形を持ち始めた。

今夜、花火が上がる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ